第二章エピローグ;カエルとわたし
その夜のうちに、調査隊は遺跡を離れることになりました。
わたしたちが最下層まで落ちて数日間消息不明だったのが原因です。
本来なら最下層までの調査を二回に分けて行うはずだったのですが、25階層までで切り上げ。
調査隊の片や学者さんたちの視線が痛く突き刺さります。
調査隊に出たときの皆さんの目は期待と興奮でキラキラ輝いていましたが、いまとなってはわたしたちへの怒りと失念で影を落としています。
あんなに優しかった調査隊の隊長さんでさえも、向ける視線は痛烈なものでした。
帰りの馬車では視線から逃げるように隅っこに座ります。
「………視線が痛い…!」
馬車のなかは、生きた心地がしませんでした。
となりに座る魔女さんも身を縮めて堪え忍んでいます。小人さんは変わらず寝ていました。
町につくと、わたしたちはおじ様に呼び止められます。
「…魔女交流センターの建物までついてきたまえ」
「…はい」
最早激しい叱責を受けるのは目に見えていますが、抵抗することもできません。
着いていくしかわたしたちに選択肢は無いのです。
そして歩き続けると、懐かしの看板が目に留まりまし。
"魔女交流センター"
ここからこんな生活が始まったんですよね…。まさかこうなるとは思いませんでした。
わたしたちはセンターの中に入り階段を昇ります。
そして懐かしの客間に座らされます。始まりの部屋とでもいいましょうか。
「…君たちには失望したよ」
「はぁ」
「すみません」
死に物狂いで脱出した遺跡の後には、厳しい叱責が待っていました
費用対効果が一切あっていません。費用過剰で赤字です。
「ひさしぶりの遺跡調査だと思ったらこんな終わりかただとは思わなかったよ。
まさか途中で打ち切られるとは。調査隊も我々も大変失望している」
「はぁ」
「すみません」
「もうこれで遺跡調査が禁止されたらどうする!君たちの責任だぞ!」
「はぁ」
「すみません」
「はぁ!すみません!はぁ!すみません!君たちはそれしか言えないのか!
適当に相づちをうっていれば乗りきれると思っているのかね?そんなことだから軽薄なのだ。
軽薄もいいところだ、レバーを下げたら落ちましたなんてお子さま以下の言い訳だ!!」
「……」
「…うっ……」
とうとうわたしと魔女さんの目からは涙がこぼれ落ちます。
我慢も限界でした。拭いても拭いても次から次へと涙がでてきました。
「……泣けばいいと思っているの。そこがお子さまだといっているのだ!」
尚もおじ様は厳しい口調で叱責を重ねていきます。
「……いい加減何か言わないかね!まさか本当に泣けば許されると思っているのか?」
「…すびばぜん」
「…ごめんな”ざい”」
わたしたちは涙による嗚咽を抑えて必死に声をひねり出します。
「ふん。ここは多目に見てやろう。だが、報告書は提出してもらう。
適当な文章は一切認めんぞ。せいぜい誠意をこめて文章を書くんだな!」
そう言い捨てたおじ様は奥へ去っていきました。
優しかった人ほど、豹変したときは怖いのです。
やがてわたしたちは涙を拭うのをやめました。拭いても拭いてもきりがなかったから。
暗くなりつつある町の広場で散々泣いて、涙が空っぽになってから帰って寝ました。
それから2日が立ち、わたしたちはすっかり平穏を取り戻しました。
始末書や報告書の始末で丸々消し飛びましたが、無事に受け取っていただけました。
それからは調査隊の方や学者さんに謝罪回りをしたのです。
皆さんとても優しくて、優しくなだめてくださいました。そのたびに泣きそうになったものです。
魔女さんは相変わらずゲームと読書と趣味三昧。
わたしに始末書と報告書をすり付けて遊んでいました。
いつか返しますからね、この恩は……。
そうして、一週間が立ちました。
紅茶に温かいミルクを注ぎ込んでミルクティーの完成。
対面には小人さんが座って一緒にティータイムを楽しんでいます。
ねこさんもわたしの膝の上でおねむりになって、ぐるぐると喉を鳴らしていました。
何日も家を空けてしまったのですから、猫さんたちの苦労はスゴいものだったようですね。
「ふふ、喋らないと案外可愛ですねあなた」
猫さんの頭を撫でて小人さんとお話をします。
色々なことがありましたけど丸く収まって良かったです。
もう二度とあんな冒険はしたくないものですが、決して悪い経験ではありませんでした。
そう言えばカエルの親玉さんはあれからどうなったのでしょうか。
…かたんっとカップを置きます。
涼しい風がわたしのことを通りすぎていきました。
同時に、ピョコンと一匹の黒光りしたカエルがテラスに顔を出します。
「…あら」
「カエル!カエル!」
黒光りしたカエルはぴょんぴょんと身軽にテラスを移動して、机にぴょこんと乗りました。
わたしのことを見つめたカエルは、何かを置きました。
「これは、お礼のつもりですか?」
こくりと頷くと、カエルさんは一礼をして去っていきました。
そうして去ったカエルさんが居たところには、一個の綺麗な石がおいてありました。
「ーーーお久しぶりです。皆さんの様子はどうですか?」
暖かな昼下がりのテラス。
透き通るその水色の石は昼下がりの暖かな日を浴びて輝きます。
それは日の光を反射して、机に泉のような模様を描き出していました。