頂上決戦の始まり
とてつもなく険悪な雰囲気が流れます。
カエルの親玉さんとわたしは互いに無言であり、カエルの親玉さんの視線が突き刺さります。
何でしょうこの空気。何か話した方がいいのでしょうか、でももし地雷を踏んだら…?
恐らく命はないでしょう、恐怖でなおさら話を切り出しにくくなります。
ぶふぉー、ぶふぉーとカエルの親玉さんの鼻息で風が起こります。
あぁ…気まずい、とてつもなく気まずい。
どうするのが正解なのでしょうか、検討もつきません。
困ったわたしは魔女さんに救済の視線を向けます。
この空気を打破することが出来るのは、もはや彼女しかいないでしょう。
アイコンタクトを感じ取ったのか、魔女さんはこくりと頷いてこう言いました。
「…なんかぬるぬるしてて気持ち悪いそうです。どうにかなりませんか?」
(ま、魔女さん…!何てことをおっしゃるのですかああ!)
確かにぬるぬるボディは気持ち悪いです、一度食べられているわたしはよく知っています。
ですがそれとこれとは話が別なのです。
社会には言わない優しさと言うものもあります。これがその典型でしょう。
個人的にコンプレックスとして思っているかもしれないですからね、配慮は必須です。
わたしは死を覚悟して、下げていた頭を上げます。
するとカエルの親玉さんは、泉の水で体を流していました。
(き、気を使わせてしまった…!)
ドクンドクンと心臓の鼓動が早まります。
これはやばい、これはヤバイですよ。いつ逆鱗に触れるか分からないです。
もう一度だけ、もう一度だけ魔女さんに視線を向けます。
ふんふん、と頷いた魔女さんは今度はこう言いました。お願い魔女さん。
「分かりましたよ!して、親玉さん」
「な、何であろうか」
カエルの親玉さんは体をタオルで拭いています。
ぬるぬるが無くなったと思ったのも矢先、ぬるぬるが分泌されて体を覆いました。
(結局ぬるぬるでるんかいっ……!)
思わず心の中で突っ込んでしまいました。
そんなことよりもいまは魔女さんです。彼女の発言に運命がかかっているのです。
「口臭がキツイみたいなのですが…」
(なんてことを………!!)
わたしは全力で首を横に振ります。
それは違うんです、違うんですよ。確かに少しきつめですけど…違うんです!
途中でわたしに気付いた魔女さんが少し考え込んだあとこう言います。
「すみません違うみたいです」
「ち、違うのであろうか」
カエルの親玉さんはどこから取り出したのか歯ブラシを口に入れていました。
それにしても行動が早いですね、PCだったらかなりのスペックでしょう。
「本当は、カエルが嫌いだからどっか行ってほしい。みたいですね」
「は、ははは…魔女さん?何をおっしゃっているので…?」
あっけにとられたわたしは口を開きます。
今の目はまるで深淵を映す鏡のように闇に染まっていることでしょう。
「だから、カエルが嫌いなんですよね。伝わってきますよ、ええ。伝わってきますとも」
「ち、ちがう…ちがいますよカエルさん。わたしカエルは…」
「す、好きで生まれてきたわけではないのであぁる!よーいよいよい…」
そういってカエルの親玉さんは膝を抱えてしまいました。
カエルの体育座りはみてて不思議な気持ちになりますね、それだけ。
その時、何匹かのカエルが駆け寄ってきました。
「親分!スライムの軍勢が攻めこんできました!」
「数はおよそ40ほどであります」
最悪の結末になりました。
どうやらカエルの親玉さんとのやり取りの間に戦いが勃発しました。
仲介をするつもりで協力したのはなんとやら、戦いは始まってしまったのです。
「戦闘開始である!応戦するのであーる!!」
泣き止んだカエルの親玉さんは先程の姿とはうってかわり、怒鳴るようにいい放ちました。
向こうに目をやると沢山のスライムとカエルが一対になって殴りあいをしています。
あるものは壁に飛ばされ、またあるものは地面に叩きつけられる。
そんな血で血を洗うような戦闘が続いていました。
やがて戦況は段々と一方に傾いてきます。カエル陣営です。
もともとカエル側が捕食者でありますから、戦況がこうなるのも当然の理と言うものでしょう。
スライムたちは段々とその数を減らしていきます。
そのあとには、幾つものカラフルな水溜まりが出来ていました。
いよいよバトルも終盤。
最後に残った一匹のスライムをカエルが10匹ほどの軍勢で囲みます。
この世は正に、弱肉強食なのです。
さようならスライムさん。あなたは弱者が故に狩られたのです。
一匹のカエルさんが腕を振り上げます。
その時でした。
スライムの水溜まりがうにょうにょ移動して最後の一匹のところへ向かいます。
その水溜まりは段々と一つに融合していきます。
一匹分、二匹分、三匹分…。
やがて全ての融合が終えた頃、最後のスライムはその中へ飛び込みました。
すると、ごごごごごご…とどこからか地鳴りが聞こえきます。
先程のラストスライムがいた場所には、見上げんばかりに成長したスライムが生成されていました。
そのスライ…仮にスライム大王と呼称することにします。
それはとてつもなく強大な力で、カエルを凪ぎ払いました。
「魔女さん、あれやばくないですか」
「やばいですね……」
「どうしますか、」
「逃げるしかないでしょう。」
「ええ……逃げましょううううう!!!!」
今度は二人で全力で逃げ出します。
あのカエルの親玉さんなら、彼なら対等に戦えるやもしれません。
わたしたちは彼のもとへ駆け出しました。
「はぁ、はぁ親玉さん…」
親玉さんは泉の中で顔を洗っていました。
「ど、どうしたのだそんなに急いで」
スライムの襲撃は子分のカエルで解決できると思っていたのでしょう。
すっかり油断しきっているのが見て取れます。
「スライムが、スライムが合体したんですよ!それも凄く大きく!」
ありのままを伝えます。
これ以上伝えることはないといったほど的確な情報伝達でした。
「それはまことであるか!いよいよきよったなあやつめ!!」
カエルの親玉は全速力で駆け出します。
向かっている先はスライム大王のもと、頂上決戦の始まりです。
その顔つきは一転して真剣なものになっていました。
やがて巡りあった二人は一斉につかみかかります。
腕の無いスライムは必死に体当たりをして、カエルの親玉はそれを押さえました。
激しい水飛沫が広間に飛び散ります。
もはや人間の…彼ら以外に入り込む隙は無いでしょう。
スライムは虹色の体をしています。
およそ全属性を兼ね備えていると言うことでしょうか。
正しくスライム大王、カエルの親玉でも弱点は突けなそうです。
これは長期戦になるでしょう。
どうにか巻き添えだけはさけたい。
わたしは飛び散るスライムの欠片と、カエルのぬるぬる粘液を被りながらそう思います。
さっそく避けられてないですけどね…。一体これからどうなるやら。
そうして頂上決戦が始まり、わたしたちは巻き込まれたのです。




