遺跡調査と再開と
長い悪夢でした。
カエルはわたしを口に含んだまま長い距離を移動していました。
どこへ向かっているのか、まよいなく進んでいきます。
その口の中にいるわたしは正しく悪夢の中です。
生臭い爬虫類の臭いにぬたぬたした唾液が体をまんべんなく包み込みます。
「うう……」
生きていることは嬉しいですが、これはまさに生き地獄。
こんなぬるぬるぬたぬたした湿っぽい空間にいるくらいなら死んだほうがましです。
カエルに食べられたまま歩くこと約10分、カエルの速度が若干落ちました。
どこからか水音が聞こえます。
小川のせせらぎのようなその音。この地下空間には存在しうる川というもの。
これが幻聴でないとするなら、着実に何かしらの水源に近づいていることになります。
突然、カエルが突然急ブレーキをかけました。
「わっ」
勢いよく舌の上を転がります。
ぬたぬたした唾液がさらに体にまとわりついて吐き気を催した。
何か障害物でしょうか…?それとも行き止まり…?カエルはしばらくそこを動きません。
その時でした。
「ご苦労です。カエルさん」
聞き覚えのある女性の声ーー魔女さんの声がしました。
「…もう開放して上げてください、そこの湖にでも吐いてくださいね」
「げこっ」
そう命令されたカエルは先程までの4足歩行のまま何歩か進んで口を開きました。
手で目を覆って、容赦の無い光線を堪え忍びます。
光が痛い…。
目が光に適応するまでの数秒間ののち、カエルはわたしを湖に吐き出しました。
「ごほっ溺れる!溺れる!」
勢いよく吐き出されてしどろもどろします。
「大丈夫ですよ、その湖浅いですから」
「おぼれ!おぼれる…あ、ほんとですね」
「ね、言ったでしょう?」
根っからのカナヅチなので水の中に落とされるだけで焦ります。
わたしは辺りを見渡します。
この泉の部屋は大変大きいようで、広さはおおよそ検討もつきません。
至るところから水やスライムのようなものが溢れでていています。
壁面にまとわる蔦草に、泉の中央に浮かぶ小島に自生している一本の木。
どこから電気を取り入れているのか沢山の照明が確認できます。
人口のもの…カエルのものといった方がいいでしょうか。
一体なんのためにここに泉を掘り木を植えたのか、それが何を意味するかは分かりません。
それに、魔女さんのあのセリフ、どこか気がかりです。
食べられたあと一体何があったのでしょうか。
「魔女さん、どうしてこんなところにいるんですか?」
「ああ、いろいろありまして、カエルに協力することになりました」
魔女さんは素っ気なく答えます。
やけになつかれているようで、小さなカエルを方に乗せていました。
「カエルに協力、ですか」
「そうです。食べられたあと、したっぱのカエルが泣きついてきたんですよ」
憶測するに、したっぱのカエルが泣きついてきて見過ごせなかった。といううことでしょう。
親玉が病気とか食料危機とかそんな理由だったのでしょうか。
体に付着するカエル臭とぬるぬるの何かを泉で洗い流しながら話を進めます。
「カエルさんにどんな事情があったのですか?」
「どうやらカエルとスライムの親玉で話し合いが行われたそうでーー」
「うーん、話し合いが縺れて喧嘩になっているということですか」
「そう言うことです。それで仲介人になろうかと」
魔女さんが話していた内容を簡潔にまとめます。
スライムの幹部の一人がカエルの親玉に食べられた。
それによってカエルの親玉の息子が病気になり、
その責任を巡った話し合いの末縺れて冷戦状態にあるということでした。
どうしましょう、すごくどうでもいい…。
でもこれが脱出の糸口になる可能性もゼロではありません。
「しょうがないですね。協力しましょう」
仲直りをさせればいいだけなのです。みんな仲良し、みんなハッピー。
「本当ですか!ありがとうございます」
「で、具体的に何をすればいいのでしょう」
「そうですね。一先ずは戦闘に発展させない、ということでしょうか」
なるほど。合理的なアイデアです。
交戦に発展していない状態であるいまこそ、冷静に動く必要があるのです。
「で、カエルの親玉とやらはどこにいるんですか?」
見る限りどこにも姿はみえません。
いまは奥でひっそりと身を忍ばせているのでしょうか。
「あそこにいますよ、泉の真ん中」
「へ、真ん中?」
真ん中には木の生えた小島いがい見当たりません。
おおよそカエルのようなものはどこにもいませんでした。
その時です
ごごごごごととてつもない轟音がなり響きました。
広いといっても遺跡の地下です、反響に反響して鼓膜を揺らします。
「う、うるさい……なんですかこれ!」
「そんなことより、見てください。あれがカエルの親玉です」
「あ、あわ、あわわわ……」
わたしは声を失いました。
動き出した小島は立ち上がりわたしの前に立ちはだかります。
黒光りした体色、ぬたぬたした粘液が表面をカバーしています。
大きさは10メートルを優に越えているでしょう。まるで山のようでした。
「魔女さん…これ……」
「はい、親玉さんですよ!」
「あー、いかにも。私がここにすむカエルを統べるものである」
ぶふぉぉおおおおおおと、開いた口からすさまじい風が発生しました。
そうしてわたしは、人生を投げる覚悟を決め直したのでした。