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カエルのごはん

「……こほっ」

 喉が渇きました。

 明日に希望が持てないので節水しているわけで、水筒を一口だけ飲みます。

 一気に流し込んで喉を潤したいという衝動をおさえて蓋を閉めます。


 時刻は午後9時です。

 その事を伝えると、小人さんは絶望したように崩れ落ちました。

 少しばかりのパンを食べて、足りない場合はカンパンをもさもさ食べます。

 カンパンに吸われる口内の水分すら惜しいです。


 水の残量は、わたしが溢してしまった水筒も無くなりまして、残り500mlもありません。

 切り詰めに切り詰めて明日1日動けるかどうかでしょう。

 懐中電灯の光もない真暗闇のなかで、あの湖の広場へ引き返します。


 「明日、明日でわたしの生死が決まりますね」


 辛うじて明日を乗りきったとしても、この分では翌々日には動けなくなっているでしょう。

 暗闇のなかで何処まで足掻けるか、小人さんもわたしにも分かりません。

 もし明日に水源を見つけるか広場に戻るかを達成出来なければ、と考えると怖くなります。


 「はぁ、美味しい紅茶飲みたいです…」


 「のみたい、のみたい」


 小人さんも疲れているようで、弱々しくそういいました。


 「キャンプに戻ったらはち切れるまで飲みましょう」




 三日目。

 闇雲に暗闇の中を進みます。

 マッピング作業も暗闇の中では出来ないのでやめています。

 これで着かなかったら、迷ったあげく脱水で死に絶えることになるでしょう。

 暗闇は人の思考をナイーブにしますから、もう限界が近づいているようです。


 「なんで、なんでこうなったの…」


 気が遠くなるような絶望感に苛まれます。

 ああ、水が飲みたい。

 水っ気たっぷりの食べ物でもいいんです。


 イチゴとか、ブドウとか、メロンとか、ゼリーとか…ゼリーが食べたい。

 喉をちゅるんっと通過していくあの水分の塊を食したい。

 そういえばスライムってぷるぷるしてましたよね、食べられるのでしょうか。


 急ぐ必要がありました。

 いよいよ水も最後の100mlほどで、水源もなく戻れてもいないのです。

 十分に注意して。用心深く自制して最後の100mの水をゆっくりと飲みます。

 絶対に、絶対に飲み干してはいけない。


 ああ……

 なんといいましょうか……

 水ってこんなに美味しいんですね……

 やり遂げたような気がします……


 わずかばかりの水がゆっくりと喉を通過し胃で落ちます。

 いままでこんなに水を美味しく感じたこともありませんでした。

 喉がなりました。

 一度、二度ーー


 二度、三度。

 自制のきかなくなったわたしは水を飲み干してしまいました。


 「ああ…わたしはなんてことを……」


 自分のしたことが信じられずにたち呆けます。

 大丈夫。そうたいしたことじゃない。

 明日にはここから脱出して、ビーフジャーキーとワインを貪るような待遇を受けるはずです。

 言い聞かせながら、重い足を前に出します。


 …まあ無理だとしても、せめて半分。

 50階層を単独でここまで調査したのですから、それくらいは妥当なはずでしょう。

 ポケットに入っている小人さんを撫でながら、自分を鼓舞しました。




 ひたすらの歩みが続きます。

 午後を回った頃にはいよいよ思考力も落ちてきました。

 脱水症状も佳境に差し掛かってしまったのでしょうか。

 話すことも億劫になり、全身は重く、空腹で腹部が痛みます。


 本日が峠でしょう。

 明日にはめでたく干からびてミイラですね。

 いつだか自転車に乗っていたとき、そんなことをいっていたような気がします。(第一部)

 まさかこんな形で古い伏線を回収することになりますとは思わすまい。


 終わりの見えない探索が続きます。

 果たして探索と言っていいものか、暗闇を無造作に歩いているだけです。

 ただ前に向かう。それだけです。

 数えきれないほどの角を曲がっては引き返しました。


 もう今がどこら辺なのか。

 どちらの方角に向けて歩いているのかすら推測は出来ません。

 固形物を食べる気力もなく、ひたすらに絶食状態が続いています。


 闇の迷宮をさまようこの行為に、なんの思いも付随させることは出来ません。

 無心に歩き続けています。

 口内の唾液もどこえやら。口はかぴかぴでひきついています。


 時計は午後14時を指しています。

 まだ午後14時。

 果たしてこれがいいことなのか悪いことなのか。受け取りかたは様々でしょう。

 わたしには良いことのように思えます。何せまだ時間があるのですから。


 ぶるんっと何かにぶつかったのはその時でした。


 「………」


 もはや声も出ません。

 ぬるぬるしたその表面にぶつかりました。


 「カエル!カエル!」


 え、カエル…?

 カエルってあのカエルでしょうか、魔女さんを食べてスライムも食べる暴食動物の?

 そのカエルは暗闇のなかで向きを変えてこちらを向きます。

 足音がそれを伝えていました。それはもうひとつの意味を持ちます。


 …それはなにか?

 簡単な話です、餌の少ない遺跡の最下層で巨大カエルと対面しているんですよ。

 食べられてバッドエンド以外の答えがありますでしょうか。


 幻覚…ですよね。

 ええ幻覚ですとも。

 こんな終わりかたは理不尽極まりないでしょう。


 「げこげこげこ」


 未だに消えない幻覚は喉をならしています。

 こちらを完全に餌だと思っているのでしょう、いつ食べられてもおかしくありません。


 「美味しくないですよ?本当ですよ?」


 「げこげこ…」


 にらみあうことしばし、その時は突然訪れます。

 べろんっと勢いよく延びた舌がわたしを絡めとりました。


 「カエルに食べられて死ぬんですね…」


 その言葉をきっかけにしたのか、舌が勢いよく巻き取られます。

 ああ、カエルに食べられるの。食べられてバッドエンドーー


 「それだけはいやだああああああ!!」


 最後の力を振り絞って叫んだ声は虚しく地下の空洞に響きました。


 そうしてわたしは、遺跡の最下層でカエルに食べられてしまったのです。 


   

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