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(2)

 執務室に戻ろうと、宮殿内の廊下を歩いていたアーサーの足が不意に止まった。窓の外に視線を投げれば、青空を白い雲が流れていく。それを目で追いながら、ふう、と彼は深い吐息を唇の隙間から零した。



 ――どうして、貴方は私に関わるの?



 先ほどの彼女の言葉が耳の奥に蘇り、彼の口元には苦笑が浮かんだ。何かを勘ぐってほしいわけではないけれど、このままでは不公平ではないだろうか。


 小さく唸りながら視線を前方に戻すと、こちらに向かって歩いてくる人物を見付けた。確か、彼はミシェルの従者だったはずだ。アーサーは彼女が彼をシリルと呼んでいたことを思い出す。


 シリルはきょろきょろと周りを見回して歩いてくる。どうやらミシェルの姿を探しているらしいと判断したアーサーは脇を通り過ぎようとしている彼に声をかけた。



「ミシェルなら、庭園でマルヴィナと喋っていたが?」


「……そうか」


「喧嘩でもしたのか?」


「……」



 覇気のない声に問い掛ければ、立ち止ったシリルはアーサーから顔を背けて口籠った。



(存外、分かりやすい男だな)



 あまり表情に変化がないためもっと感情の突起がない人物かと思っていたが、そうでもないようだ。シリルは物思いに細めた目をアーサーに向けようとしない。慰めてやる義理はないが自分が話題を振っておいてそのままにすることも気が引け、アーサーは言った。



「機嫌は悪くないみたいだった。別に怒っていないんじゃないか」


「そんなことは気にして――」


「お兄さま!」



 シリルの反論に重なって聞こえた声は、背後から。シリルの視線を辿るように振り向けば、ドレスの裾を振り乱しながら駆け寄ってくる妹の姿があった。



「マルヴィナ? どうした」


「レオさまがお戻りにならないの!」



 目前まで迫ったマルヴィナはアーサーの服をぎゅっと両手で掴み、続ける。



「見たことのない方々がいて。それで、レオさまは様子を見てくるとおっしゃって……!」


「それで戻らない?」


「はい!」



 どうしよう、と混乱しているマルヴィナは近くに立っているシリルの存在にすら気付いていないようだった。



(彼女が消えた)



 マルヴィナの言葉を脳内で反芻しながら、アーサーは妹を落ち着かせようと彼女の肩に手を乗せた。その拍子にさらさらとした柔らかな彼女の薄茶色の髪が手の甲に触れる。それを一瞥し、アーサーは安心させるために彼女に微笑みかけた。



「マルヴィナ、お前は部屋に戻っておいで」


「でも……!」


「大丈夫だから。ほら」



 渋々と頷いたマルヴィナの手がアーサーから離れる。彼女の髪をやさしく撫でてやれば、ほんの少しばかり彼女の表情から緊張感が抜けた。その彼女の姿が見えなくなると、アーサーは堅い声音で傍らに立つシリルに言い放つ。



「ルイスに連絡してくれ。騎士団の要請を」


「……どういうことだ」


「攫われた」



 は、と吐息のような声がシリルの口から零れる。それに被せるようにして、アーサーは言う。



「ミシェルはマルヴィナと間違われて攫われた可能性が高い」



 現在、この宮殿内で生活している王女はマルヴィナ一人だ。王女の容姿など詳しく民には知らされていないだろう。もし外部の人間の仕業ならば、高級なドレスを纏っていたミシェルがマルヴィナと間違えられて攫われていてもおかしくはない。その上、二人は髪の色だって似ているのだ。


 アーサーは目を剥いたまま硬直しているシリルに視線を流す。



「早くしてくれ。彼女は、君の主人なのだろう?」



 その一言で弾かれたように駆け出していくシリルの背を眺め、アーサーは腰の剣に触れる。そして彼はそっと剣の手を離すと、シリルが走り去った方角とは逆へと体を向け、歩き出した。

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