(5)
戴冠式は途中だった。そうだというのに再開することよりもアーサーが選んだのはミシェルを大聖堂から連れ出すことだった。結局のところ、戴冠式は中止。明日再び行われることが後ほど前王の側近と神官より伝えられるだろうことはアーサーも察していたに違いない。
大聖堂から外へ踏み出す直前、アーサーは肩から長衣を落とす。そうして身軽になった身体でミシェルの手を引く。その彼の後頭部を見上げて、ミシェルは声を荒げた。
「引っ張らないで。痛いわ、アーサー」
「そうだね」
「そうだねって……」
平然と答えた彼にミシェルは苛立つ。
「ちょっと待ってってば!」
そう叫ぶと当時にミシェルはアーサーの手を払った。強制的に手を解かれたアーサーがミシェルに振り返る。その彼を睨めあげて、ミシェルは言った。
「何で庇おうとしたの! 貴方はいつもそうやって……貴方はヴァルナーの国王になるのよ。自分の命を何よりも優先するべきでしょう……私なんて助けるよりも――」
「僕が君を護りたかったんだ」
アーサーの声は穏やかだった。その顔に困ったような微笑を浮かべ、彼は首を傾げる。
「だから仕方ないだろう?」
どうして、とミシェルは思う。いつもアーサーはミシェルを護ってくれる。やさしく笑って、大丈夫、と言ってくれる。そのたびにミシェルの胸を満たす感情はあたたかく、それと同じくらいに切なくて苦しい。シリルに護られるのとは違う感情だった。
「どうしてって顔をしてるね」
そう口にしたアーサーの指先が、ミシェルの頬に触れる。その指先のあたたかさにミシェルの身体がびくりと跳ねた。恐怖ではない、痛みが胸を締めた。けれどその指先に頬を撫でられる、それはとても幸せなことに感じた。
「ミシェル。僕が君を護りたい理由は、あるよ」
アーサーはミシェルの顔を覗き込む。澄んだ碧い瞳。ミシェルはその瞳の奥深くへ心ごと吸い込まれそうになる。彼は囁いた。
「僕は、君が好きだから」
「すき……?」
「うん。好き」
頬に触れる手とは反対の手で、彼はミシェルの手を握った。絡められる指先から愛しさが溢れて、その所為で首筋まで熱くなる。
「僕がどれほど君を好きか、上手く伝えたいけどできない。君を愛しい、と思う気持ちがどれほどかなんて表現できないよ」
彼の手に導かれて、ミシェルは一歩前へ踏み出す。抱き寄せられた身体に彼の腕が回り、額は彼の肩口に触れた。耳を彼の吐息が撫でる。
「表現できるほど簡単な想いではないんだ」
囁く声は甘く低く、深い響きを伴ってミシェルの中で熱く溶けていく。その感覚に眩暈がして、縋るように彼の服を握り締めた。
「どうして……」
ミシェルには彼が自分を好きになる理由が分からなかった。自分は我儘で自分勝手で、きっと彼を振り回してばかりいただろう。彼を護ると口にしながら護られてばかりだった。それなのに、どうして。
そんなミシェルにアーサーは首を傾げた。
「さあ?」
ただ、とアーサーは今まで聞いた中で最も穏やかでやさしい声で言う。
「君がいなければきっと僕は今、生きていない」
目を見開いて言葉を失ったミシェルにアーサーは微笑む。嬉しそうに、頬をかすかに染めた彼は笑う。
「君が助けに来てくれた時、本当はとても嬉しかったよ」
「……貴方を護るって約束したもの」
「うん。でも、嬉しかったんだ」
その彼の微笑がどこか泣き出しそうに見えて、ミシェルは彼の胸に顔を埋める。そして彼の背中に腕を回すとぎゅっと彼を強く抱き締めた。
「君に出会えて、よかった」
甘い台詞はミシェルの心をあたたかく満たすから。
「私もよ」
彼もそうであればいい、とミシェルは祈った。




