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(7)

 朝日が部屋に差すと共にミシェルは寝台から身体を起こした。隣では椅子に座っているシリルが寝台に上体を預けて眠っている。その彼を見下ろせば自然と口元が笑みで弛緩した。


 幼い頃から、彼はずっとミシェルの傍にいてくれる。下手な慰めをするわけでもなく、ただ傍に寄り添っていてくれる。その彼の不器用なやさしさに、ミシェルは何度も救われてきた。


 きっと髪に触れたら起こしてしまうだろう。頭を撫でたい思いを押し留め、ミシェルはそっと寝台から抜け出した。着ているネグリジェはいつの間に着替えさせられたのか分からなかったが、今の時間帯ならこの恰好で部屋を出ても大丈夫だろう。そう判断し、ミシェルは物音を立てぬように部屋を後にした。


 そうしてミシェルが向かったのは、宮殿にある一室の前だった。立派な扉を前に、ミシェルは躊躇する。この中に目的の人物がいるとは考えられなかった。時間が時間だ。こんな早朝から仕事をしているとは考えにくい、と思いながらも、持ち上げた手でそっと扉を叩いた。



『誰だ?』



 中から応じたのは少しくぐもった声。不機嫌にも感じるその声に、ミシェルは唾で喉を潤してから声を返した。



「ミシェルです」


『……入って』



 ミシェルはドアノブを掴むと、思い切って扉を開けた。


 室内は家具の配置も何もかもが初めて来た時と変わらなかった。違ったのは部屋の主がフロックコートを脱いでいたことくらいだろうか。アーサーはソファーに寝かせていたらしい身体を起こし、振り返った。



「どうしたの? 珍しいね、君から会いに来るなんて」



 そう口にした彼は驚いた表情はせず、碧眼を細めて微笑んでいる。急に執務室を訪れたミシェルを咎めるようなことはなかった。そんな彼をミシェルがじっと眺めていれば、彼は不思議そうに首を傾げる。


 なぜ彼がこの時間に執務室にいるのか。そのことを尋ねるよりも重要なことを、ミシェルは彼に伝えると決めていた。決意は揺らがないと言うのに、たった一言を口にすることが途轍もなく難しい。気付けば、視線が爪先に落ちていた。それでもどうにか唇を開く。



「……私が……」


「うん」



 アーサーは相槌を打って、ミシェルの話を促す。ミシェルは少しだけ掌を握り締めると俯いたままだった顔を彼に上げた。窓から入り込む朝日の中、透き通った碧い瞳と淡い水色にも見える灰色の瞳が重なる。ゆっくりと息を吸い込むと、ミシェルははっきりとした声で告げた。



「私が、貴方を護るわ」



 あの晩ミシェルはアーサーが命を狙われていることを知った。そして彼がそれを誰にも知られたくないことも。それならば彼を護ることができるのは、自分しかいない、とミシェルは思うのだ。傲慢かもしれない。それでも、ミシェルは彼を護りたいと思った。



「どうして貴方が命を狙われているのかは知らないけど……でも、」



 胸の前でぎゅっと手を握り締めれば、掴まれたネグリジェの裾がわずかに上がる。しかしそれに構わず、拳はそのままに彼女は眉根を寄せて思い出す。



「あの時、助けてくれたから……」



 賊に襲われた自分に差し出された彼の手をミシェルは拒んだ。それでも彼はミシェルを置き去りにするでもなく助け出して、彼女が目を覚ますまで傍にいてくれた。なぜ彼がそんな風に自分に接してくれるのか、ミシェルには分からない。分からないけど、せめて受けた恩だけでも返したいと思った。



「……うん」



 アーサーは静かに頷くと、ミシェルから視線を外した。



「なぜ僕が命を狙われているのか、か……」



 呟く彼の後ろ姿しか、ミシェルの位置からは見えない。彼がどのような表情をしているのか、ミシェルの位置から分からなかった。けれど。



「ミシェル、それはね」



 そう口にした彼がミシェルに目を向ける。そして、彼は低くした声で続けた。



「僕もあの国王と同じ……――人殺しだからだよ」



 そう口にした彼の目をミシェルは真っ直ぐに見詰める。射抜くような光を宿していた彼の瞳の奥がかすかに揺らいだ。それは哀愁にも戸惑いにも見え、ミシェルは口を噤んでしまう。


 彼は本当に人を殺すことなどできるのだろうか。だが、命を狙われても誰にも告げない彼の姿からして、それは真実なのかもしれない。――けれど。



「……例え、貴方が人殺しだとしても」



 ミシェルは自分の心に今一度問うようにゆっくりとした呼吸をする。そして再び彼に向けた双眸に、迷いはなかった。



「それでも、貴方は私を助けてくれた」



 最後まで心まで殺すことを決めたミシェルを寸前で救い上げてくれたのは彼だった。彼がいなければ、きっと今頃ミシェルの手は国王の血で赤く染まっていただろう。賊に襲われた時だけではない、彼はそれ以外にも何度もミシェルを救ってくれた。――だから。



「私は、貴方の力になりたい」


「……そう」



 アーサーは独白のような返事を零し、ミシェルから目を離す。横顔から窺える彼の瞳が逡巡するように揺れた。だが、それも一瞬。


 次の瞬間にはいつもの隙のない微笑を浮かべた彼がミシェルを捉えていた。



「それじゃあ、君が僕に飽きるまでは傍にいてもらおうかな」



 軽口を叩くように告げたアーサーにミシェルは笑顔を零した。



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