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プロローグ

 燃え堕ちていく王城の姿は、今でも眼球に焼き付いている。


 手を引かれ、小さな少女は走っていた。激しい呼吸を繰り返した彼女の喉はひりひりと痛み、息を吸い込む度に冷たい痛覚を放った。走り続けた手足が倦怠感に蝕まれ、荒い呼吸を繰り返す口からは時折咽たような咳が零れている。


 丘の上に辿り着いた少女は足を止めると、眼下に見える王城を振り返った。国が滅びてもなお抵抗する民が残る王都にも黒い煙が蔓延り、聞こえるはずのない悲鳴が彼女の鼓膜を刺す。焔は龍のように蠢き、彼女が十年育った王城を喰らっているかのようだった。王城を飲み込む龍の赤が、彼女の網膜を痛く焼く。



(コーデリアが、死んでいく)



 ――自分の育った国が、死ぬ。


 それは齢十歳の少女にも理解できていた。第三王女であった彼女が王位を継ぐことなど有り得なかっただろう。いつかは何処かの領主か国へ政の道具として嫁がされる身だった。それでも、彼女にとってこの国は掛け替えのない母国であったのだ。



「姫様、早く!」



 従者が彼女の手を強く引く。


 兄は戦で死に、父と母の首は刎ねられた。たった一人、王族の血を継ぐ自分だけはこうして忠実な従者の手によって王城から助け出されている。それは酷く彼女の胸を蝕み、背徳感と罪悪感を与えた。だが、手を引かれれば自然と動く足は生を渇望している証。


 馬の蹄の音は聞こえない。誰かの罵声も、悲鳴も。そうだというのに不安と恐怖が足を止めれば直ぐに追いつかれるほどの距離で押し迫ってきている。きっと立ち止れば、もう一歩も動けなくなってしまう。


 何度も足は縺れ、呼吸は時折喉に鉛玉を押し込まれたように詰まった。それでも走り続け、彼女は王都の裏にある深い森の中に辿り着いた。背の高い雑草が手足に絡みつきながらも従者に手を引かれるまま逃げ続け、ようやく王都が見えなくなった草原で従者が彼女の手を離した。足を止めた彼女が乱れた呼吸を繰り返すたび、冷たい痛みが喉を焼いていた。だが痛みに構わず身体は空気を求め続ける。その本能に悔しさが込み上げ、彼女は奥歯を噛み締めた。



「姫様……」



 従者の気遣う声の意味など知りたくもなく、彼女は空を仰ぐ。濃紺の夜空。星が宝石のように細かい光で瞬いていた。


 瞼を伏せずとも眼球の裏側に焼き付いて離れない、堕ちた王城。胴から切り離された父と母の、首。その全てが絶望として彼女の小さな胸を焼き、深い報復の刻印を刻む。


 彼女は前方を睨むように見据え、足を踏み出した。その彼女の背にすかさず、従者は声をかける。



「姫様? 何処へ行かれるのですか?」


「……ヴァルナーへ」


「ヴァルナー!?」



 それは、たった今この国を征服した敵国の名。


 だが、恐れてはいられない。


 命を落とした者のため、生き残った者として自分ができることは、何か。



「私は、必ずあの国王の首を切り落とす」



 それは生き残ってしまった者の、亡国の王女として死んだ国のために自分が唯一できることだと彼女は思うから。


 彼女は湿った土を強く踏み締め、後方で立ち尽くしている従者に告げる。



「シリル、行きましょう」


「はい!」



 彼女の背に続くのは、たった一人のまだ幼い従者。


 その命と失った王国に流れた幾多の血、そして自分の決意を武器に。


 ミシェル・スチュアート・コーデリアは深い夜の闇の中を歩き出す。

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