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怪人劣等生

作者: QB

都市伝説って信じるかい?

 僕は信じてる。と言ってもそれほど執心してるわけではないけど。

 なんでこんな話をするかって?

 今、僕の住んでる町を騒がしている都市伝説があるんだ。


 ──曰く『それ』は深夜になると現れる。


 ──曰く『それ』はいくつもの顔を持つ。


 ──曰く『それ』は深夜の町をうろついている少年少女を襲う。


 ──曰く『それ』は素行の悪い劣等生を狙うことから怪人劣等生と呼ばれている。




 僕の名前は伊藤 正司。高校1年生。身長162㎝。右利き。新しいことが好きで自分でも好奇心旺盛だと思う。週2回塾に通っていて、成績は中の上くらい。最近、興味があることは怪人劣等生。

 怪人劣等生。それはこの町を騒がす都市伝説のことだ。ネットでも騒がれており僕も興味を持って調べてみた結果、どうやら実在するらしく警察のホームページで注意が呼びかけられていた。

 怪人劣等生はいずれも夜11時から2時までの間に目撃されており、雨の日だけは目撃されていない。

 目撃証言によると怪人劣等生は、顔をピエロのようにペイントしているため素顔は分からず、服装に共通点はなく、毎回違う格好だが唯一共通して何かしらの帽子をかぶっている。伸長についての証言が下は160、上は170とまちまちで警察は怪人劣等生の輪郭すら掴めていない。

 そのくせ手口は統一されており被害者はみなドライバーのような形状をした妙な刃物で右手の手首を刃物で切られていた。

 名前の由来は被害者が全て素行に問題があるDQN……劣等生だから。ターゲットが全て問題児であること加えて正体の不明瞭さから一部の人達に英雄視されてるようだった。


「……よくこれだけ調べたね」


 放課後、誰もいなくなった教室で、僕が調査結果に呆れたような声をかけてきたのは辻 夏蓮。僕より少し背が低いボーイッシュな感じの少女だ。外見に似合わず物怖じしない性格と男子顔負けの運動能力の持ち主である反面、家ではメイクアップアーティストを目指す姉のメイクの犠せ……練習相手になっているという苦労人でもある。蛇足だけど僕もその姉のメイクの練習の被害にあって女装させられたこともあった。蛇足だけど。


「気になったことは追求しないと落ち着かない性分だからね」


「なんでそんな変なのに執心できるのさ?」


「そりゃ自分の町で生まれた都市伝説なんだから興味くらい持つさ」


 理解できないという表情をする辻に熱くなって更に語ろうとすると、


「伊藤、辻、もう下校時間になるのに何をやっている?」


 背後からドスの効いた声が聞こえ驚いて振り向くとそこには原始人と形容できそうな肌の焼けた若い男が僕らを上から睨みつけ仁王立ちしていた。


「塚原先生……」


 原始人は、水泳部の顧問をしていてこの時間ならプールにいるはずの僕たちのクラスの担任だった。どうやら説明してるうちに予想以上に時間が過ぎていたようだ。


「最近は不審者が彷徨いていて危ないからさっさと帰れ」


「すいません。すぐ帰ります!」


 そう言って辻は僕を掴んで教室を飛び出していった。あ~れ~。




「それで怪人劣等生はね──」


 帰り道。僕は辻と二人で赤く染まった道を同じように赤くなった水溜まりを避けて、歩きながら怪人劣等生について語っていた。後から思えば夕暮れ時に若い男女が二人で帰っているというのに、話題が通り魔っていうのは我ながら青春からほど遠いと思う。


「……ホント好きだね怪人劣等生」


「そりゃそうさ! 今、この町で一番有名な存在と言っても過言じゃないんだから! 注目するのは当然だよ!」


「ハイハイ分かった分かった」


 うんざりした口調の辻とは対称的に楽しげに答えた僕。この時の僕は、まだ怪人劣等生の存在を本気で現実だと思ってなかった。例えるなら、芸能人に対する羨望のようなものを僕は怪人劣等生に抱いていたのだ。だからだろうか、こんな言葉が口から溢れた。


「あぁ。会ってみたいな怪人劣等生」


「……あっ私こっちだから」


「ん、じゃあね」


 辻は右手を軽く振り三叉路を曲がっていった。その後ろ姿はいつもより早く離れていく気がした。




 家に帰った僕を出迎えたのは鬼だった。というか母さんだった。今年で40になるはずだが僕よりも背が高く、学生時代に剣道で培われたアスリート顔負けの身体と威圧感は僕に鬼を想起させるほどだった。


「正司。一体どこで何をしてたの」


「……ちょっと図書館で調べものをしてて」


 僕は小さいながらもしっかりと答えた。まさに蛇に睨まれた蛙のような立場の僕に、母さんは眉間にシワを寄せ小言を雨あられと降らしてきた。


「調べものにしても何時だと思ってるの! 遅くなるなら連絡をしなさいと言ってるでしょう! だいたい──」


 機嫌が悪かったのかいつもの2割増しで小言がマシンガンのようにとんでくるが、無言で耐える。


「──自転車が壊れているから今日は早く塾に行かなきゃ間に合わないから気を付けなさいって朝もいったでしょう! なのに──」


 こういう場合は相手が弾切れになるまで待つのがいいということは今までの経験から知ってる。知っているのだが、やはりただ堪え忍ぶだけというのは辛い。ついこちらも口撃したくなるが、口を開き反撃するチャンスをあたえないと言わんばかりに小言の掃射は続く。


「──分かったら早く手を洗って夕飯食べちゃいなさい。早くしないと塾に遅刻するわよ」


「……分かったよ母さん」


 ようやく終わったことに安堵のため息をつきたくなるのを堪えて、母さんの言葉に従った。夕飯を食べ始めると、母さんはリビングにあるテレビをつけた。黒い画面に光がともり、スーツを着た男の声が部屋に響く。内容は昨日の深夜に青年が手首を切られ病院へ搬送されたというものだった。


「最近、多いわねぇこういうの」


 まあ襲われた方は夜中まで遊び呆けるような人なんだから自業自得だと言葉を繋げる母はストレスを全て俺に撃ち尽くしたからか先ほどとはうって変わってゆったりと独り言を呟いていた。こんな時間まで外をうろつくような人が悪いと考えている根っからの真面目な人なので、被害者に対して同情なんて一切なかった。むしろ犯人を擁護しだすかもしれない。

 そんなことをぼんやり考えながら夕食を終えた僕はさっさと着替え先ほどとは別の鞄を持って駆け足で家を出た。




 つ、疲れた。ホントに疲れた。今の僕の心証は『疲れた』の一言だった。

 塾での授業が終わった後先生に数学の質問をしたら、あれよあれよと話が脱線していき終わった頃には既に時計の長針が1周しつつあった。その後、塾を飛び出し自転車置き場に向かったが、着いてから今日は自転車がないことを思いだし、ガックリして母さんに遅れる事を伝えようとしたら鞄を忘れたことに気づき慌てて塾へ戻り、ようやく帰路に着くこととなったのが今から30分ほど前のことである。

 いつもなら自転車で15分もあれば帰れる道を倍近い時間をかけて歩くとに余計に疲労感を感じるという嬉しくない事実の発見をした僕は、墨汁をぶちまけたように真っ暗な道をとぼとぼと歩いていた。が、そこで僕は今までの疲労感をぶっ飛ばす事態に遭遇した。

 ちょうどそこは、夕方、一緒に帰った辻と別れた三叉路だった。そこで僕は、初めて『それ』と会った。

 『それ』は、赤いパーカーにジーンズ、白の帽子という格好をしていた。

 『それ』は、170㎝ほどの身長だった。

 『それ』は、ピエロのようなペイントを顔に施していた。

 『それ』は、

───怪人劣等生だった。

 幸いにもちょうど三叉路を僕が曲がるつもりだった道から僕とは反対側へ行ったため、まだ僕には気づいていないようだった。

 この時、もし僕が少しでも冷静さを保っていれば結末は変わっていたかもしれない。が、僕はその雰囲気に呑まれてしまいパニックだった。何で目の前にいるのか。僕は襲われるのか。こいつは一体何なんだ。怪人劣等生の後ろ姿を見ながら頭の中を疑問が浮かんでは消えていく。

 思わず僕は後ろに下がった。下がってしまった。

 ──ピチャッ

 音のなかった世界にその音はやけにうるさく響いた。

 僕は、踏みつけた水溜まりから靴を通り、靴下を通り、足を通り、血管を通り、冷たさが身体中に染み渡ったような錯覚を覚えた。

 そこで怪人は立ち止まりゆっくりとこちらを振り向いた。僕とあいつの目があった。頭の中が真っ白になる。冷や汗がダラダラ流れるのが分かる。喉が渇いて声が出ない。時間が止まったように身体が動かない。そのくせ、心臓だけははち切れんばかりに鼓動する。

 怪人がこちらに近づいてくる。僕をどうするか決めかねてるようだが、見逃してくれるということは無さそうだ。

 対して、僕の身体は相変わらず動かないが、心臓だけは鼓動を加速していく。ふと視界に光るものが見えた。それは刃物だった。ドライバーに似た形をしているが金属部分はナイフのようになっていた。そして、そのナイフは赤く染まっていた。

 それを見て足元にある水溜まりが、まるで血溜まりであるような錯覚を覚え───僕の中で何かが振りきれた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあっっ!」


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いコワイコワイコワイコワイコワイ。

 頭の中が恐怖で塗りかためられ、視界が真っ暗になる。そこで僕の意識は途絶えた。




 目が覚めるとそこは、病院だった。時計を見るとあれから12時間ほど経っていた。ふと僕は自分の右手を見たがそこにはいつも通り傷のない手首があった。

 怪人劣等生に会ったことは夢だったなんて楽観的に考えたかったが、幸か不幸か恐怖と血に濡れたナイフの鮮明さがまだ脳内にこびりついており、あれは現実だと嫌でも分かった。

 血に染まったナイフを思い出して吐き気と寒気に襲われつつも備え付けられたナースコールのボタンを押すと暫くして数人の白い服を着た大人たちが来た。話を聞いたところ、僕は悲鳴を上げたあと過呼吸を起こし倒れた後、近所の人が通報したらしい。その後カウンセリングを受けたり、いくつか検査されたりとあったが、なんとか次の日の午前中には退院できたのだった。




 無事退院した僕に対する母さんの第一声は


「早く学校に行きなさい」


だった。

 母さん的には病院から退院できたなら元気だろうという考えのようだが、僕としてはもう少し落ち着ける時間が欲しかった。が、反論したら母さんはヒステリーになってきたので少し妙に思いつつも大人しく従うことにした。




 学校に着いたころにはもう5限が終わろうとしていた。僕としては急ぐ理由も急ぐ気もなかったのでゆっくり昇降口に向かった。昇降口には塚原先生がいた。ちょうど外靴に履き替えるところだったようで、僕は声をかけようとして、違和感を感じた。いつもの塚原先生とは何かが違う。何となく僕は隠れて様子を見ることにした。そして、塚原先生が靴を履き終えてようやく違和感に気づいた。と思ったら塚原先生はこっちに来た。

 ヤバイ。慌てて後ろに下がり、あたかも今ここに来たように見せかける。小細工を終えたほぼ同じタイミングに塚原先生が出てくる。


「伊藤! 倒れたと聞いたが大丈夫なのか?」


 バレたかと思ったが、そんなことはないようだ。僕は内心安堵のため息をつき、なんとか表情を崩さないようにしつつ答えた。


「はい。幸い大したことはなかったので」


「そうか。ならいいんだが……あんまり夜に出歩くなよ。辻も心配していたんだから」


 何でここで辻の名前がでてくるんだ?と思ったがここは流すことにした。


「ご心配をおかけしてすいません」


 僕がそう言って頭を軽く下げると、塚原先生は気を付けろよとだけ言って昇降口を後にした。

 僕は完全に塚原先生の姿が見えなくなったのを確認してから大きく息を吐いた。あっぶなかったぁ。なんとなくバレたら不味いと思って誤魔化したけどバレなくてよかったぁ。

 しかし、まさか塚原先生が、靴で身長をかさ増ししていたとは。シークレットブーツって言うんだっけ?さっきのを見た感じ本来の身長は僕と同じくらいみたいだから160ってとこかな。

 ……待てよ。もしかして怪人劣等生って身長についての証言が一致しなかったのって………




 昇降口での一件を終えた僕は、無事に教室にたどり着いた。ちょうど5限が終わったようで、教室は騒音に包まれていた。喧騒の中、自分の席に座るとほぼ同時に辻が目の前に来た。


「もう学校に来てもよかったの?」


「出来れば休みたかったけど母さんがね」


「あぁ、なるほど……」


 母さんってだけで通じちゃうんだ……と茶化そうとしたが、辻が真面目な顔をしていたので思わず口をつぐんだ。


「……ねぇ怪人劣等生に会ったって本当?」


「……うん」


「まさかまだ正体を探ろうなんて考えてないよね?」


 その質問に僕は、すぐに答えることが出来なかった。2日前のことはトラウマといっていいほど僕は怪人劣等生に恐怖した。だが、先ほど塚原先生と会ったときには怪人劣等生の秘密に近づいてワクワクしていた自分がいた。

 僕が答えずにいると


「……もう怪人劣等生に関わろうとするのはやめて」


 辻は悲しそうな声で僕に言った。それを見て思わず僕は頷いてしまった。が、内心では僕は怪人劣等生に再び会う決意を固めていた。




 退院してから1週間がたった。あれから毎晩、僕は夜の町を彷徨いているが怪人劣等生と遭遇することはなく、怪人劣等生による事件も起きることはなかった。

 今日も、いつものように準備を終えると、最近着てなかった上着を羽織り、母さんのお古の鞄を肩に掛け、窓からこっそりと2階の自分の部屋から屋根へ降り、折り畳み式の梯子を使い地面に足を下ろした。何度かやっているが慣れそうにない。いや、慣れたらそれはそれで問題なのだろうけど。僕は視界に入ってくる髪をどかしながら、夜の町へ足を踏み入れた。




 眠い。始めて1週間たったのだから少しは慣れてくれれば良かったがどうやら僕は夜型には向いてないらしい。怪人劣等生も毎晩こんな風に彷徨いていたのだろうけどこうやって自分の足でターゲットとエンカウントするまで探すのは面倒くさい。怪人もこんな苦労をしていたと思うと、なんとも切ない気分になる。

 最初のうちはまだやる気に満ちていて眠気を感じるどころか恐怖と好奇心で目が冴えていたが、1週間もすると気が緩んできてしまい、そんなことを考える始末だった。

 そろそろ家に戻るか。そう思って進路を家に切り替えて10分ほどたったころだった。

 あの三叉路で、怪人は暗がりから現れた。怪人との距離は10メートルにも満たない。不意の遭遇に僕の意識が覚醒した。手足は震えていたが、僕は冷静さを保っていた。


「こんな時間に出歩くなんていけない娘だね。オシオキが必要だ」


 まるで舞台で演技をするように怪人劣等生は僕に言う。それを聞いて僕は心の中で笑う。どうやら今のところは上手くいってるようだ。

 僕は、怯えているように演技しつつ後ずさりながら、右肩に掛けた鞄に手を入れた。


「助けなんて呼ばせないよ」


 それを見て怪人は、僕が携帯を出そうとしていると思ったようでそれを阻止するべくこちらに駆けてくる。咄嗟に僕は右手を突き出す。そして、怪人は僕の右手首めがけてナイフを降り下ろした。

──ガキッ

 が、僕の手首にナイフが当たる前に金属同士がぶつかり合うような音がして、ナイフを受け止めた。


「なっ!」


 怪人が怯んだ隙に僕は鞄からペットボトルを取りだし、怪人の顔に向けて中身の水を思いっきり振りかけた。

 水によって顔のペイントの大半が剥がされた怪人は、顔を手で隠そうとするが、その素顔は僕の網膜にはっきりと写っていた。

 僕は、変装のためにつけていたウィッグを外し、答えを告げた。


「……やっぱり怪人は君だったんだね。──辻」


 怪人劣等生は、この町の夜を騒がせた都市伝説の正体は、僕の友人である辻 夏蓮だった。


「……いつから気づいてた?」


「僕が退院して学校で会った時だよ」


 あの時彼女は僕が怪人劣等生と会ったことをまるで誰かから聞いたかのように言っていた。そのことは僕と怪人劣等生しか知らないはずなのに。怪人がわざわざこんな話をする理由はない。僕も誰にもこの話をしていない。つまり、あれは自分が知ってることをあたかも他人から聞いたように振る舞ったのだ。そして僕は気づいた。怪人劣等生は辻ではないかと。そして、その確証を得るため僕はこの計画を実行した。

 まず、怪人が辻であるなら僕が彷徨いても近づくことは無いだろう。前回のような偶然に頼るのは論外。となると、彼女に僕だと気づかれないようにしたうえで狙われるのが最良だ。そのためにわざわざ辻の姉にやらされた女装をアレンジし、その格好で町を彷徨いた。

 そして、怪人劣等生は雨の日には現れたことがない。それは、恐らく顔のペイントが水で簡単に落ちるからだと、推測した僕は鞄に水を容れたペットボトルを用意した。

 最後にもしナイフを使われた場合のために、上着で隠れた右手首に腕時計をすることでその対策をしたのだ。

 こうして対怪人劣等生用装備は見事に効果を発揮し、僕は辻の前に立つことが出来たのだ。

 僕の種明かしを黙って聞いていた辻が、口を開いた。


「ハハハッ、いやぁ、まさかそれほど準備をして会いに来てくれたなんて嬉しいなぁ」


 その声は、僕が知っている辻とはまるでかけ離れていた。僕が呆気に取られていると辻が楽しそうに喋りだした。


「あれぇ? 驚いたぁ? そう言えば学校では良い子ぶってたからねぇ。こんな風にいきなり口調が変わったら驚いちゃうねぇ」


 呆然としている僕をおいてきぼりにして、辻は喋り続ける。


「もうしばらく楽しみたかったのに残念だなぁ」


「……楽しみだって?」


 その言葉にようやく僕は声を絞り出した。


「そ、楽しみ。まさかなんか理由でもあると思ってた? 私が意味もなく誰かを襲ってる訳がないなんて思ってた? ざぁんねぇんでしたぁ。怪人劣等生の犯行には意味も無ければ、理由もありませんでしたぁ!」


「そんなの狂ってる!」


「月並みな台詞ありがとぉ。誉め言葉として受け取っておくよ」


 僕の言葉を一蹴した怪人に、僕はあの日とは別の恐怖を感じた。僕が何も言えずにいると怪人が近づいてきた。


「君が私の正体に辿り着けたご褒美だ。受け取ってくれたまえ」


 まるで舞台で演技をするように仰々しく言って辻は僕にスプレー缶を突きつける。そして、僕が何かする前にガスが僕の視界を覆い尽くした。


「もう会うことは無いだろうけど。まったねぇ」


 朦朧とする意識が最後に認識したのは、怪人の別れの言葉と後ろ姿だった。




 目が覚めると、陽が昇ろうとしていた。僕は慌てて警察に通報し、事情を説明した。しかし、辻の家には既に辻の姿はなく、怪人が犯行に使ったと思われる道具が幾つか見つかっただけだった。

 こうしてこの町を騒がした都市伝説は、僕に苦々しい感情を残し、この町から姿を消したのだった。

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