第9話
早速、僕は運ばれてきたアイスコーヒーを口にした。火を点けた煙草はほとんど吸わないまましけもくとなっていた。あまりの偶然に煙草を吸うことを忘れていたのだ。
「ここはすごく素敵なお店ですよね?私はよく来るのですが、貴方もよく来られるのですか?」
「はい…と言ってもまだ数回ですが。偶然ここを見つけて、入ったら居心地が良過ぎて。」
「そうですよね。街の喧騒とは裏腹なこの空間は居心地が良いですよね。実は貴方を初めて見たのは昨日が初めてではないのですよ。一昨日だったと思います。ロックな服装をした男性だ、と思っていました。音楽か何かされているのですか?」
「今はバンド活動はしていませんが、ひとりで作詞作曲をして、それを録音しているだけです。」
「すごいですね。音楽の出来る人、作詞作曲の出来る人、すごく尊敬します。私なんて何も取柄などないですから。」
「そんなことはないでしょう?」
「いえ、本当です。強いて言うなら、嶽本野ばらさんについて詳しく語れるぐらいです。」
「それでも良いのではないですか?」
「そうでしょうか?ありがとうございます。」
ふたりの会話は自然なものだった。人見知りの僕がこうして初対面と言っていい人とここまで話せるのはすごく珍しいことだった。共通の話題があるって素晴らしい、そう感じていた。あとは香音がたくさん話しかけてくれた、ということもあっただろう。そしてふたりの会話は続くのだった。
「どんな音楽を作られているのですか?」
「僕の音楽は結構ポップですよ。聴き易い方だと思います。」
「いつか聴かせてもらえますか?」
「はい。でも本当に趣味なので下手糞ですよ。」
「下手糞でも気持ちがこもっていればいいと思います。」
「あ、そうだ…今、アイポッドがあるので、良かったら聴いてみますか?」
「はい、是非聴いてみたいです。」
そう言うと僕は鞄からアイポッドを出し、香音にイヤホンを差し出した。
「lilyという曲です。」
そして僕は「lily」という曲を流した。手持ちぶさたな僕は煙草に火を点けた。アイスコーヒーを飲みながら、煙草を吸って約4分の間、ぼーっとしながら待っていた。
「すごい!素敵な曲ですね。全部おひとりで作られたのですよね?」
「はい。これぐらい素人でも出来ますよ。」
「いえ、そんなことないですよ。」
「貴方には才能があると思います。」
「ありがとうございます。なんか照れますね。」
本当に恥ずかしかった僕はアイスコーヒーを飲み干した。すると香音はこう言った。
「あ、もうこんな時間…私はそろそろ失礼しますね。またお話したいです。連絡先を教えるので、良かったら連絡ください。」
「はい。ありがとうございます。」
そう言うと香音は僕に電話番号とメールアドレスとLINEの連絡先を紙に書いて渡してきた。
「それでは、今日は失礼しますね。お会計は済ませておきますので。」
「はい。ごちそうさまでした。」
香音は立ち上がり、黒いコートを着て、僕に軽く会釈をしレジカウンターの方へと去っていったのだった。