第8話
歩くこと約3分、僕はあの喫茶店に着いた。この時間に来店するのは初めてだな。そう思うと扉を開けた。
「いらっしゃませ。お好きな席へどうぞ。」
カノンという名札を付けた女性が僕にそう言った。やった、今日も居たぞ、そう思いながら空いている席を探した。この日はなぜか混んでいた。いつもは閑散としている店内だが、ほぼ満席に近かった。僕は空いている席を見つけ腰を下ろそうとした。すると後ろから女性の声が聞こえた。
「こんばんは。良かったらこちらにいらしてください。」
昨日、水をこぼしてしまったロリータ女性だった。今日はゴシックロリータ、所謂ゴスロリっぽい服を纏っていた。
「え?」
僕は思わず口にした。
「昨日のお詫びをさせてください。あとお話してみたいこともありますから。」
「はい…」
僕はきょとんとした表情だっただろう。まさか声をかけられると思っていなかったし、もう逢うことさえないと思っていたからだ。店内は混んでいたのでちょうど良かったと言えばちょうど良かった。そして僕はそのゴスロリ服を纏った女性と相席することにした。
「あの、煙草吸っても大丈夫ですか?」
僕は一応礼儀として聞いてみた。
「はい、どうぞ。」
「ありがとうございます。」
するとカノンという名札を付けた女性が僕に水とおしぼりを持ってきた。
「ご注文はお決まりですか?」
「じゃあ、アイスコーヒーをお願いします。」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
そう言うと彼女は僕を後にした。それから僕は煙草に火を点けた。
「昨日はすみませんでした。」
ゴスロリ服を纏った女性はそう言った。
「いえいえ、本当に大丈夫ですから。」
「今日はお詫びとしてご馳走させてください。」
「そんな申し訳ない。」
「いえ、コーヒー一杯ぐらいですから。そうしないと私の気も済みませんから。」
「ではお言葉に甘えさせて頂きますね。」
そのゴスロリ服を纏った女性は素敵に着こなしていた。ツインテールにした髪、カラコンをした青い瞳、黒いジャンパースカートに黒いカーディガンを羽織っていた。流石、嶽本野ばら信者という感じだった。すると僕にこう言ってきた。
「あの、私は香に音と書いて香音、かのんと言います。」
「え?」
「香音です。」
「あ、はい…」
僕は偶然に偶然が重なり驚いた。僕が気になって仕方なくなった女性店員もカノン。そして今相席している女性も香音。しかも二人共に嶽本野ばら信者であり、ロリータ服が好きという共通点があった。こんな偶然あるのだろうか?その日、僕は人生で一番の偶然を目の当たりにしたのかもしれない。するとカノンという名札を付けた女性が僕にアイスコーヒーを運んできた。
「お待たせいたしました。」