第5話
それにしてもまさかこの街にロリータの服装をしている女性が居るとは思わなかった。僕はロリータファッションにも興味があったのだ。その女性に話しかけたいと思ったが、話しかけるなんてとんでもない。共通の話題はあるだろうが、そう、僕は極度の人見知りだったのだ。そんな僕はただ時間が過ぎるのを待つかのように「世界の終わりという名の雑貨店」を読んでいた。この小説は本当に何度読んでも素晴らしい。そう思いながらただただ読みふけていた。するとロリータ服を纏った女性が僕のところへやって来てこう言った。
「先程は申し訳ございませんでした。あの、これ…」
そういうと千円札を僕に手渡そうとしてきた。きっと先程のお詫びの気持ちなのだろう。しかし、本当に被害を受けていなかった僕は受け取ることが出来なかった。
「いえ、本当に大丈夫ですので、お気になさらないでください。」
「でも…」
「洋服を汚された訳でもなく、ただこっちに氷が転がってきただけなので大丈夫ですよ。」
「そうですか。わかりました。本当にすみませんでした。」
そう言うとロリータ服を纏った女性は僕に会釈をしてレジカウンターの方へと歩いていった。
そのロリータ服を纏った女性はとても上品だった。ロリータはこうあるべきだ、という僕の固定観念通りだったのだ。あの時、もっと話をはずませていたら仲良くなれたのかもしれない、そんな後悔さえあった。しかし、これで良かったのかもしれない。フルタイムで働けない現状の僕が誰かと交際をするのは容易いことではないだろう。友人の誘いでさえ断るぐらいなのだから。金銭面の問題はもちろん、体調面の問題もあるからだ。
いつしか読んでいた小説を開いたまま、僕はそんなことを考えていた。するといつもの女性店員が僕のところへやって来た。
「お冷のおかわりはいかがですか?」
「お願いします。」
そう言うと僕が飲み干した水の入っていたコップに水を注いでくれた。
「ごゆっくりどうぞ。」
そしていつものように女性店員はレジカウンターの方へと去っていったのだった。僕はまた煙草に火を点け、水を飲んだ。
それからまた僕は不思議な店内を見まわした。いつ見ても不思議だった。だが、やはり落ち着くのだ。そして煙草を吸い終えた僕はまた小説を読み始めた。その時、もうすでにロリータ服を纏った女性のことは忘れていた。