第一話
一のつく人 寄っといで
お空のお話聴いてたら 綺麗に染まった夜の道
二のつく人 寄っといで
小鳥に連れられ空の旅 星に包まれ夢の中
三のつく人 寄っといで
大きな大きなお荷物は 小さくしてからお片づけ
四のつく人 寄っといで
とっても美味しいステーキは 真っ赤なワインがお似合いです
五のつく人 寄っといで
いらなくなったガラクタは 全部まとめて捨てましょう
クスクスクスクス…………
* * *
「知ってる? 『呪いのわらべ唄』のこと?」
中学校の教室の一角で、何人かの少女が話していた。
「あっ、あれでしょ? 一から五までの数が名前についてる人が順番に死んでいくっていう…」
「そうそう。怖いよねー」
グループのリーダーらしい少女がはいっ、と言って手を挙げた。
「あたし、三が付いてる〜!」
「安・井・三・沙・都。本当だっ! 紫乃舞、あんたも付いてるじゃん!」
少女達の視線が窓際の少女に集まった。
「わらべ唄で人が死ぬわけないでしょ。くだらない」
彼女ーー五条紫乃舞は醒めた目で言った。
「…………」
つかの間の静寂。
「は、はは……。し、紫乃舞、悪い冗談言わないでよ」
「そ、そうだよ。流石に今のはちょっと、さ……」
「あ、そうだ。この間ねーー」
少女達が別の話を始めたのを聞いて、紫乃舞は興味がないというように窓の外を見た。
ゆっくりと流れる雲を眺めている彼女を見て、話を聞いていないと思ったのか、三沙都は声を小さくして話し出す。
「本当、紫乃舞って空気読めなくない? 雰囲気、悪くなったよね〜」
「わかるー。流石<親なし>って感じ」
「うわー。言うねー」
「でも本当でしょ?」
「まーね」
クスクスと示し合わせたような笑い声が聞こえる。
「馬鹿みたい」
そっと呟く。
紫乃舞には家族が居なかった。両親と姉。ごく普通な家族だったらしい。幼い頃に紫乃舞だけ叔母に預けられたらしい。叔母は『捨てられたわけじゃない』と言い張るが、紫乃舞はそう思って居なかった。しかし悲しみは無いのだ。むしろ居なくて清々する。親子喧嘩だって無いし、面倒な事が無くていい。第一、顔を覚えていないのだから、感情など無いに決まっている。
そんな紫乃舞にとって『呪いのわらべ唄』など、何の意味も持たなかった。自分が死んでも問題は無い。親族にも『五条』と言う人は紫乃舞以外に居ないから、何も起こらないのに等しい。
「つまらない…」
「何がつまらないの?」
「別に。あんたには関係無い」
紫乃舞は話しかけてきた少年から顔を背けた。
「ちょっと一哉君に何言ってんの⁉︎ 失礼じゃん‼︎」
三沙都が怒鳴るように言うと、少年ーー月影一哉は笑って言った。
「別に気にして無いよ。五条さんを責めないであげて」
「一哉君って本当優しい! 紫乃舞もお礼言いなよ」
クラスのアイドルである一哉。誰にでも優しく、女子の注目の的である。しかし、紫乃舞には一哉が偽善者にしか見えなかった。
ーー別にどうだっていい。誰が死んだって。誰が生きたってーー
紫乃舞はまだ、本当の恐怖を知らない…………。
* * *
いつもと同じ帰り道。
一哉は1人で歩いていた。塾に長い間いたせいで、日が沈み、もう真っ暗だ。
「早く帰らないと……」
家には宿題がある。優等生も楽では無い。
クスクスクス…………。
突然、何処からか子供の笑い声が聞こえた。
「もう十時だぞ……?」
公園を見るが、誰も居ない。
「気のせい、か……?」
探すのを止めて歩き出したその時ーー。
クスクスクスクス……おにいちゃん、こっちむいてよ……。
見てはいけないっ……!
何故かそう思って目を瞑ろうとすふが、閉じない。
グイッ。
突然誰かに髪を引っ張られ、上を向いた。
見えたのは美しく輝く月。
そして、夜空を埋める無数の潰れた子供の顔だった。
「…………ぅ…………あっ……」
恐怖の余り、声が出せない。
クスクスクスクスクス……。
笑う子供達と、目が合った。と同時に、意志に反して身体が勝手に動き始める。
クスクスクスクスクスクス……。おにいちゃん、おいでよ……。
見えるのは子供の顔と月。自分が何処へ進んでいるのかもわからない。
と、突然髪から引っ張っていた何かが外れ、身体の感覚が戻った。助かった、と前を見て目に飛び込んできたのは……
目前に迫ったトラックだった。
「う、うわぁあああああああああ……⁉︎」
やっと上がった悲鳴。同時にトラックにぶつかった。
バシンッ。
と身体が地面に叩き付けられる音が聞こえる。
一哉が最後に見たのは、道路いっぱいに広がる自分の血と自分を見つめる無数の目だった。
クスクスクスクスクスクス……。
深い闇に、子供達の笑い声だけが響き渡っていた。
* * *
紫乃舞が事件のことを聞いたのは事件の翌日、つまり『わらべ唄』の話をした次の日だった。
先生から話を聞いた時、誰もーーもちろん紫乃舞もーー信じることができなかった。
ーー月影一哉が死んだ。
塾の帰りにトラックに跳ねられたらしい。打ち所が悪く、即死の事故だったと先生は涙ながらに語った。
「これ、絶対『呪いのわらべ唄』だよ!」
「そうだよ! 一哉君、“一”だもん!」
昼休み、騒ぐ女子達に紫乃舞は言った。
「“呪い”なんて無いわよ。あったとしても、私達の周りに“二”のつく人なんて居ないから、呪いは成立しない」
「えー。探したらいるからかもしれないよ?」
「い、いないよ! 紫乃舞の言う通りだよ!!」
昨日はあるって言ってたくせに、と紫乃舞は三沙都を見た。三沙都は気づかなかったが。
「信じなければいいんだ……。信じるからダメなのよ」
三沙都がそっと呟いた。声は少し震えていた。
* * *
「今日からクラスの仲間になる篝さんだ」
一哉が死んでから三日。まだ三日しか経っていないのに、皆いつもの生活に戻っている。ずっと涙を流していた先生も、転入生を見てにこにこしている。
怖い。
人の死がーーそれもクラスの一人が死んでいるというのにーー何も無かったかのように日々が過ぎていく。それに疑問を感じない人に恐怖を覚える。
「篝アニアです。アメリカと日本のハーフです。アニアは、こういう字です」
逢二亜
「…………!」
隣で三沙都が息を呑んだのがわかった。
「“二”だ……」
誰かが呟く。
紫乃舞は黙っていた。
三沙都は小さく震えていた。
続