《season2》リアルの波乱の始まり
時刻は真夜中、日付が変わって数分経った頃。
貴子はコウと共に、恋人限定マップに来ていた。
この場所は中央広場にある扉から、恋人、もしくは夫婦だけが行くことが出来る特別な場所だ。
行ける場所は数カ所あるが、2人が来ている場所はドリームファーム内で最も人気のある'ヨーロッパ擬き'の風景が楽しめる場所だった。
歴史的な建造物擬きが並び、本物を見たことがない者にとっては、まるで海外旅行に来ているような感覚が味わえる。
2人が街やメイン通りから外れた小道を歩きまわっていると、貴子は向かってくる2人に気がついた。
「あ……」
「え?」
貴子が見つめる先に、カップルが居る。
「どうした?」
「アラジン…」
「…ああ、ドリファムでの元カレか」
「それと……」
アラジンと歩く女が貴子に声をかけた。
「お久しぶりです」
「お久しぶりですね、ウサコさん」
貴子はウサコという女と知り合いだった。
「知り合い?」
「うん。私がドリファムを始めた時に組合に居た人」
「へぇ」
「紹介しますね。私がお付き合いしてるアラジンさん」
ウサコが貴子たちに紹介するとアラジンは笑って握手を求めた。
「よろしく!」
「よ、よろしく…」
どうやらアラジンは貴子のことを覚えていないようだ。
「そちらは?」
「…ああ!今お付き合いしてる、コウさんです」
「初めまして」
「どうも」
「エルフなんて、珍しいものをお持ちですね」
「ああ、まぁ」
「もしかして…お2人はリアルでもお付き合いされてるとか?」
「え!?違いますよっ」
「そうですかー。お似合いだと思うんですけどね」
ウサコは何故かニヤリと笑った。
「?」
コウは何か違和感を感じた。
「あの、それより…お願いがあるんですけど」
「何ですか?」
「航平さんに関わるの、止めてくれます?」
「………………え?」
「私のこと覚えてくれてないみたいなので改めて自己紹介しますね。私、小林澄子と申します」
「こ、小林…さん…?」
「小林……?」
「オフ会でお会いしましたよね?」
「…………」
「私、牧野航平の妻なんです」
「…え?」
「は?」
「とは言っても離婚調停の最中ですけど…」
「嘘…。でもバツイチだって…」
「……そうですね。あの時はもう離婚寸前でしたし。でも私は、まだ彼を愛しています」
「……え…」
貴子は頭を抱えた。《まだ…愛している》その言葉を誰かに言われたことを思い出し、恐怖で体を震わせた。
「私たちお見合い結婚で…彼は上司の紹介だったら断れなかったのでしょうね。でも結婚しても私を女として見てくれませんでした。私は彼に振り向いて欲しくて…他の男性と関係を持ってしまったんです」
「んな事知るかよ。自業自得だろ」
「でも、不公平じゃないですか。私はただ彼に振り向いて欲しかっただけなのに。離婚の話が出た途端に彼が他の女性に愛情を注いでいるなんて」
「だから?離婚するって決まってるなら、お前はどうこう言える立場じゃねぇだろ?」
「分かってます。だからこうしてお願いしてるんです」
「おい、話すだけ時間の無駄だ。行くぞ」
「貴子さん、私に協力してくれませんか?」
「…………」
「だから…」
「もし、協力して頂けないなら…」
「…………」
「あ?」
「貴方がDVの被害にあってること、彼に話しますよ?」
「………え?」
「お前!なんでそれを!?」
「前にたまたま見ちゃったんですよね。貴子さんが男性と会ってるところ」
「………」
「彼は貴方に暴力を振るってましたよね?」
「本当なのか…?」
「…わ、分かりました!協力するから……協力する、から…。もう、言わないで…」
小林はニッコリと笑う。
「良かったぁ♡貴子さんなら協力してくれると思ったんですよね♪」
「おい!暴力振るわれたって、マヂなのかよ…?」
「貴子さんのこと、フレンド登録しておきますね♡」
貴子が頭を抱えその場にしゃがみ込むと、小林は怪しく微笑みアラジンとどこかに消えてしまった。
「おい!どういう…」
コウが貴子に触れようとしたその時、貴子の姿が薄くなって消え、浩太郎は中央広場の中に戻っていた。
「ちっ。あいつ、目が覚めたか…」
悪夢から覚めた時のように、貴子は起きた瞬間に激しく呼吸をした。体は嫌な汗をかいていて、目からは涙が流れていた。
現実に引き戻され、貴子は左腕で目を覆った。
「夢…じゃない…」
(ユメの中なのに、夢じゃない…)
悪夢は現実なんだと受け入れるしかない。
「…っ。……っ」
堪えようとしても涙は流れる。涙は耳を伝って枕に溢れていく。
すると枕元に置いてある携帯が振動した。右手で携帯を掴むと、浩太郎からの着信だった。
「…もし、もし?」
『大丈夫か?』
「…うん」
『本当にか?』
「…うん」
『じゃあ今から出てこい』
「…え?」
『今、近くのスタンドに来てる。大丈夫っつーなら、散歩に付き合え』
「…分かった…」
『3分以内に来いよ』
浩太郎はそう言って電話を切った。
貴子は目をこすってからクローゼットから上着をとって羽織ると静かに家を出た。
ガソリンスタンドに浩太郎が寒そうに立っていた。散歩しに来たというより、起きてそのまま来たような薄着だった。
「本当に来た…」
「来ない方が良かった…?」
「いや…、そういうわけじゃねぇけど」
「散歩、する?」
「……おお」
2人はしばらく無言で歩く。
「……寒ぃな…」
「……そうだね」
「……誰も、歩いてねぇな…」
「…夜中だからね…」
そしてまた無言が続き、それから5分ほど歩くと浩太郎が立ち止まった。
「ん?」
「ここ、俺ん家。寒いし、入っていけよ」
「………」
「別に変なことしねぇよ」
「………うん…」
貴子は頷き、浩太郎が住んでいるマンションに入った。
部屋に入るとリビングにあるソファに座った。
「今、紅茶淹れる」
「ありがとう」
貴子は部屋を見渡す。イメージしていたよりずっとキレイで片付いているなと思った。
「あんまりジロジロ見るなよ」
「あ、ゴメン…」
「別にいいけど…」
浩太郎は貴子にマグカップを渡す。中には熱々のミルクティーが入っている。
「ありがとう。これ、甘い?」
「いや。砂糖いる?」
「ううん。平気」
貴子は両手でカップを握り、カップを見つめた。
「なぁ、聞いても、いいか…?」
「…うん…」
「あの、小林っていう女が言ってたこと、本当なのか?暴力振るわれたって」
「うん」
「何で…」
「私、ケリを付けたかったの…」
「え?」
「もう、彼に縛られたくなくて…克服しようと思って…。顔を一発殴ってやるくらいの気持ちで会いに行ったんだ」
「マヂか…」
「もう私に関わらないで、って言ってやったんだけど…。逆にしてやられちゃった…。あはは、かっこ悪いね」
「笑えねぇよ」
「うん、ゴメン…」
「それ、いつの話?」
「先週…」
「…何で、俺に言わなかった」
「自分で解決しなきゃ、って思ったんだよ。…じゃないと、前に、進めないって…」
「…………」
(…何の役にも立てなかった…)
「ゴメンね。心配させたくなかったし…」
「いいよ、別に。お前は大丈夫なのか?」
「え?」
「ドリファムでも相当動揺してただろ?」
「…うん、少し。でも、平気。ほら、震えてないでしょ?」
貴子は浩太郎の手に触れた。その手からは温かさだけが伝わるだけで震えていないのが分かる。
「…そうだな。……で?小林の話、信じる気か?」
「…………」
「まさかあいつが離婚調停中だったとはな…」
「…うん。職場の噂でバツイチっていうのは聞いてたんだけどね」
「あいつから何も聞いてねぇのか?」
「聞けるわけないよ。そういうのって色々複雑だし…」
「明日本人に直接」
「ダメ!…そんな事したら…、航平さんに…。あのことは知られたくない」
貴子は膝の上で拳を強く握っていた。
「あの女に、取られるぞ?」
「…取られるも何も…、私のものじゃないし…」
浩太郎にもその言葉が本心ではないことは分かる。
「本当のことを言えよ」
「え?」
「本当に思ってることを言え」
「これが…、本心だよ…」
貴子の声が震えて擦れている。堪えていた涙が自然と溢れた。
「ツライなら…そう言えよ」
「…だって…無理なんだもん…。どうしようもないじゃん…っ」
浩太郎は貴子の顔に触れ涙を拭うと優しくキスをした。
「………」
「自分を責めるな。ツライなら、全部俺のせいにすればいい」
「…え…?」
浩太郎は貴子を抱き上げて自分の部屋にあるベッドに寝かせた。
「何やって」
「男と女がやることなんて決まってんだろ」
「…ダメ…。そんなこと、したくな」
言い切る前に唇で塞ぐ。貴子は未だ泣いている。
「……っ。…っ」
貴子の服を脱がせると薄暗がりの中でもアザがはっきりと見えた。腕や鎖骨の下、太もも、服で隠せる場所に付けたのだろう。貴子は手で隠そうとするが浩太郎はその手を退けてアザにそっと触れる。
「…こんなに傷つけやがって…」
「……ゴメンなさい…」
「謝まるな。お前は悪くない。悪いのは俺だ」
「違う…っ」
「違わない」
貴子が浩太郎を見ると今までに見た事のないほど穏やかに笑っていた。浩太郎の優しさが貴子の罪悪感を増加させていく。
「俺ってズルいだろ?」
「え?」
「傷ついた女の弱みに付け込んで犯そうとしてる」
「…違う」
「違わない」
「…浩太郎さんも…ツライ」
「俺?まさか。好きな女を抱けるチャンスなんだぜ?」
「………」
「お前は俺を憎めばいい」
「……出来ない…」
「何でだよ。お前に今から酷いことするのに」
「……出来ない…」
「だから」
貴子は上半身を起こし浩太郎を抱きしめる。
「…ありがとう…。いつも助けてくれて…」
その言葉は浩太郎にとって意外だった。
その後2人は唇を重ね、そして体を重ねた。
貴子はベッドの上で浩太郎の寝顔を見ていた。
数時間前まではとても男らしく見えたが、寝顔を見ると可愛らしく思えてくる。
その時浩太郎の携帯が鳴った。画面を見るとどうやらアラームのようだ。貴子は急いでアラームを切る。
(もう少し寝かせてあげよ…)
そう思っていると
「おい、浩太いい加減に起き………え?」
佑太郎が浩太郎の部屋のドアを勢いよく開けた。佑太郎と貴子の目があう。
「なんで…お前が……」
貴子は慌てて毛布で頭ごと体を隠す。しかしそのせいで足が毛布から出てしまった。
「…ん……?…」
佑太郎の声で浩太郎が目を覚ます。
「おい、浩太。これ、どういうことだよ?」
佑太郎は驚いていたが、顔は次第に笑顔に変わっていく。
「え!?」
状況を把握して浩太郎が勢いよく体を起こして固まった。
「…………あはははは…」
貴子は顔だけ毛布から出し苦笑いした。
着替えを済ませダイニングルームに行くと、浩太郎は昨日の出来事を佑太郎に伝えた。
「その小林って奴が言ってることって本当なわけ?」
プロテインドリンクを飲みながら佑太郎は貴子に聞いた。
「分かんないけど…たぶん」
「ふーん。で?どーすんの?」
「どうするって?」
「そいつの言い分って、お前とこーへいが関わってんのが嫌なわけだろ?」
「うん…」
「じゃあさ、こーへいをグループから追放する?」
「え!?」
「なんでそうなんだよ」
浩太郎もプロテインドリンクを作ってから話に参加する。
「そーすりゃあ、こーへいはドMの牧場に行けなくなるだろ?」
「…それはそうだけど…」
「牧場に行けなくなればお前と会う機会もほとんど無くなるってこと。めでたしめでたし」
「…ドリファムでは、ね」
「仕事は昨日までなんだろ?もう会うことねーじゃん」
「でも、追放したらこーへいさんに悪いよ…」
「悪い?あいつが蒔いた種だろ?俺が知るか」
「…………」
貴子は俯いた。その時、目の前にプロテインドリンクを差し出される。
「とりあえず飲めよ」
「え!?」
「不味くねぇって」
「え!?私、ムキムキになりたくないんだけど…」
「お前バカだろ?タンパク質とったくらいでムキムキになれたら誰もジム行かねぇよ」
「……確かに」
「筋トレしてんなら、ちゃんとタンパク質摂れよな」
「……………」
「何だよ?」
「………ありがと」
「お前のためじゃねーよ。骨ばった体を抱く浩太が可哀想だと思っただけ」
「な!?」
「お前!」
「っ!つーか、浩太。そろそろ仕事行かねぇと。遅刻するぞ」
浩太郎は腕時計で時間を確認する。もうすぐ7時になることろだった。
「あ?…ああ、そうだな」
「お前どうする?」
「え?」
「今日予定あんの?」
「うん…。夕方から出かけるけど…?」
佑太郎はニヤっと笑った。
「じゃあ掃除宜しく」
「え!?」
「午前中は時間あんだろ?はい、鍵。出る時鍵かけたらポストに入れといて」
「あ、うん」
「分かんないことあれば浩太に聞けよ。じゃ行ってくるわ」
「う、うん。行ってらっしゃい」
「行って、きます…」
浩太郎は少し恥ずかしそうに言って出かけて行った。
佑太郎は未だにニヤニヤしている。
「気持ち悪ぃ」
「うるせーよ。…とりあえずおめでとうって言ってやるよ」
「は?」
「何?お前嬉しくないわけ?」
「…微妙。まだ彼女になったわけでもねーし」
「ふーん」




