[番外編]リアルの北海道旅行 2
時間はあっという間に過ぎ、いつの間にか空は黒く染まり、所々にライトがつき始める。
「暗くなるまでに一回もリフト使え無かった…」
貴子は少し勿体無いという気持ちになった。それは自分のことではなく、教えてくれている浩太郎の事だ。
「…じゃ、そろそろ行くか」
「え?」
浩太郎はゲレンデの上を指差す。
「上に」
「本気?」
「他の連中と合流してからな」
「うん!!!」
貴子は興奮しながら立ち上がる。
(…いよいよだ!)
浩太郎がポケットから携帯を取り出し佑太郎に電話をかけると、その数分後に6人は貴子の待つリフト乗り場に集まった。
「ようやくだね、わんちゃん」
「うん。すごい緊張するよー!」
「大丈夫。俺、板外して見ててあげるから」
「大ちゃん…ありがとう」
「わん汰。転ぶなら俺の方に来てからな」
「え?そんなコントロール出来ないし」
「じゃあ私と礼たんは撮影係ね♪」
そして貴子は浩太郎とリフトに乗る。見ているのとは違い、近くに来ると速く感じた。
「揺れる!揺れる!!こ、怖い……」
貴子は思っていた以上に揺れる、と思った。そしてなんと言っても高い。
「じっとしてろ」
ようやく揺れになれる頃、貴子が下を見ると何人かが真っ白な坂を滑って行くのが見えた。
「うわ……」
恐怖感はいつの間にか消え、木々に積もる雪の形や、遠くの方に見えるスキー場の職員、目に映る全ての景色に夢中になった。
終点が見えると、
「そろそろだ。足を上げろ」
と浩太郎が声をかける。
「え?」
「板を真っ直ぐ。行くぞ」
合図とともに貴子は浩太郎に抱きしめられる形でリフトから降りた。
「おーーーー」
何とか転ぶことなくリフトを降りると、人の邪魔にならない所まで滑り浩太郎は手を離す。
「わんちゃん、無事に降りられたね」
「うん!」
「じゃあいよいよ…」
近江は足から板を外して板を阿久津に渡した。
「俺は荷物持ちかよ」
百合は浩太郎を見る。
「コウさんは滑ってきて良いよ。私たちが貴子さんを見てるから」
「え、でも」
浩太郎は滑りたい反面、貴子のことが少し心配だった。
「私なら平気、平気!練習付き合ってくれてありがとう」
「俺たちも付いてるし」
「…分かった」
浩太郎はそれ以上何も言わず、1人で滑りだした。
「やっぱ滑るの上手ぇなあ」
滅多に褒めない佑太郎が言う。
「教えるのも上手かったし」
「だろうな」
「片方も滑ってきて良いよー」
「片方って言うな!じゃ、俺は一美と滑ってくるか」
と佑太郎は一美に合図した。
「え?私…」
「分かった。行ってらっしゃーい」
「カメラ一台渡しておくね」
百合は自分の持っていたカメラを佑太郎に渡す。
「行くぞ」
佑太郎に言われるまま、一美は仕方なく佑太郎に続く。
「よし!」
貴子は外れていた片足に板を付けて立ち上がり、ゲレンデを見下ろした。
「お、様になってるねぇ」
「貴子さん、カッコ良い!」
「い、行ってくる」
「うん。怖くなったら転んでね」
「分かった」
そして貴子は滑り出した……
「ひぃーーーー」
悲鳴を上げながら貴子は滑る。どちらかと言えば板に滑らされている様にも見えた。下に着く前に何度も転び、その度に近江に手を借りて立ち上がる。
途中で浩太郎や佑太郎たちに抜かれると貴子は少し虚しい気持ちになった。
「自分で思うより上手く滑れないもんだね…」
「最初はみんなそうだよ」
「リフト乗り場までもう少しよ。頑張って!」
「はい!」
気合いを入れてもう一度立ち上がり滑り出す。しかし、何故か右に行きたいという気持ちと裏腹に左に進んでいく。
「え!?え!?」
「重心!!」
「えー!?」
なんとか止まろうとすると今度はどんどん加速していく。
「ひぃーーーー」
貴子はネットの張られた場所に突っ込みその場に倒れるように転んだ。
「わんちゃん!」
「大丈夫!?」
近江たちは急いで貴子に駆け寄ると、貴子は大声を出して笑った。
「あははははは、死ぬかと思ったー」
それを見た4人もつられて笑った。
「もう。ビックリさせないでよー」
「あははは。ごめんなさい」
「でも良い絵が撮れたよ」
「早く見たいね」
「嫌ー!消してーー」
「今の見逃した3人にも見せなきゃ」
「嫌ー!一生ドS兄弟に笑われるよ」
「あ、まだ撮影中だった。今の気持ちを一言!」
礼は貴子の前にカメラを向けた。
「え?えーと…やったどーー!」
「そこは、ちょー気持ち良い!じゃない?」
「それ古くない?」
「古い!?」
「あ、コウさん達が降りてきたっぽい」
礼は手を上げて浩太郎達に合図した。浩太郎はリフト乗り場から離れた場所にいる事を不思議に思った。
「何でこんな所にいるわけ?」
「それは…」
5人は思い出してまた笑った。
「何だよ」
「ん、秘密」
「は!?」
5人はまだ笑い続けているが、見ていなかった3人は意味が分からないという顔をした。
「時間遅いし、最後にもう一回だけ行くか」
「「「うん」」」
「オッケー」
「よし」
8人はまた上まで登った。
上まで来ると貴子は、板に付いていた片足を外す。
「どうしたの?」
「うん、せっかくだから雪に飛び込みたいなーと思って」
「はい?」
「ほら、あそこ」
貴子が指を差した場所はコースから外れて雪がこんもりと積もっている。
「足跡がない場所にダイビングしてみたかったんだよね!」
「ガキかよ」
と佑太郎が言った。
「悪かったわね…」
「私もやりたーい」
と百合が手を上げると
「俺は撮影係」
「礼さんが撮ってくれるなら、俺もやるー」
「俺も」
近江、阿久津も手を上げた。
佑太郎は苦笑いしている。
「マヂかよ…」
「こんなに綺麗な自然の雪に飛び込める機会なんて、滅多にないしね!」
百合と近江、阿久津も板を外す。
「じゃあ一斉に走って飛び込む?」
「いいね!」
4人は何故かストレッチして気合を入れる。
「…私も!」
「え?」
「私もやる」
一美も板を外し貴子の横に立ち、貴子は驚いた様子で一美を見つめた。
(…こういうことをするタイプじゃなかったと思ってたけど…)
「せーの、で行くよ?」
「うん」
「オッケー」
「せーーーー、の!」
5人は一斉に走りだし、ふっくらと積もる雪に飛び込む。助走をつけてジャンプしたにもかかわらず大して遠くに飛ぶことは出来なかったが、柔らかな粉雪が舞い、5人の体重で雪に人の跡がくっきりと残った。
「ぶははは、冷てぇ」
「ははは、楽しーー!」
「顔が痛いんだけど…」
「人生初の雪ダイビング!」
「あははは」
5人は佑太郎の苦笑いなどお構いなしにしばらく笑った。
「はぁ、」
貴子は顔を上げて、大きく息を吐いてから言った。
「みんなで来れて本当に良かった!」
「俺も」
「俺も」
「私も」
近江、阿久津、百合も続けて言う。
「一美も…来てくれてありがとう」
「うん…」
「来てくれないかな、って思ってたから嬉しかったよ」
「そんな事ないよ」
「そっか…」
「お姉ちゃん、あのさ…」
一美が体を起こし、その場に正座して貴子を見た。
「ん?」
そして貴子も不思議そうに一美を見つめ返す。
「…ありがとう…」
「え?」
「その、誘ってくれたこともそうだけど。大学のことも」
「…大学?」
「お母さんから聞いたよ。ウチが貧乏でお姉ちゃん、大学行くの諦めたって」
「それは」
「働いて、私の大学のお金出してくれたのも、知ってる」
「はは。そんな大した額じゃないって」
「でも、奨学金少なくて済んだし…。今まで言えなくて…ごめん」
「良いよ。一美は頭良かったしね。私は勉強出来ないし、大したことも出来ないから」
「そんな事ないよ!本当…ありがとう」
「何か、雪アナみたいな展開…」
礼がそう言うと百合、阿久津、近江は顔を合わせてニヤリと笑った。
「(百合)♪レリゴー」
「(近江)♪レリゴー」
「(阿久津)♪レリゴー」
そして百合は歌いながら立ち上がり踊りだす。
「何やってんの?」
「想像で氷の城を作ってるの」
「………」
佑太郎は顔を逸らして他人のフリをした。
「(近江)あ、雪だるま作ろーぜ!雪アナの!名前何だっけ?」
近江がその場に座って雪をかき集める。
「(阿久津)あれだろ?えっと、確か…、アフロ!」
「(近江)そうそう、アフロ!」
「(貴子)え?そんな名前だっけ?」
「(近江)♪小さい事は気にすんな♪」
「「(百合、礼)♪ワカチ…」」
「(佑太郎)言わせねぇーよ?」
「(阿久津)ゲッツ!」
「(貴子)残念!!!」
「(近江)ワイルドだろ〜?」
「(佑太郎)うるせーよ!」
さすがの浩太郎も苦笑いしている。
近江と阿久津が歪な丸い雪の塊を3つ作って乗せると不細工な雪だるまが出来上がった。
「(近江)ねぇ、誰か人参持ってない?」
「(佑太郎)ねぇよ!!」
佑太郎のツッコミはゲレンデ中に響いた。
佑太郎君はドSキャラを卒業して、ツッコミにジョブチェンジしましたとさ☆




