[番外編]リアルの北海道旅行
貴子を含めた7人は千歳空港に着いていた。
朝1番早い飛行機で来たとは言え、それなりに人はいる。
「ここでわんちゃんの妹と合流だっけ?」
「うん。さっきメールして、もう着いてるはずなんだけど…」
貴子は空港内を見回すが、この広さだ。
「お姉ちゃん!」
と後ろから聞き覚えのある声がして振り向くと、数メートル先に妹が手を振っていた。
「あ!一美!」
貴子以外のメンバーは
(あんまり似てないんだな)
と思った。
貴子の身長は150程しかないにもかかわらず、一美は160より少し低いくらいあり、言ってしまえば貴子は母親ゆずり、一美は父親ゆずりとはっきり分かれている。
貴子が一美の方に向かうと、他の7人も同じ方向に歩き出し、それぞれ会釈すると貴子が紹介を始めた。
「紹介するね。妹の一美」
「初めまして、一美です。姉がお世話になってます」
一美は頭を下げた。
「で。こっちのメンバーは、礼さんと、彼女さんの百合さん。この兄弟はこっちが浩太郎で、こっちが佑太郎。後は近江真司君と、拓真」
「俺だけフルネーム…」
「宜しくお願いします」
「こちらこそ!」
「宜しくね♪」
「よろしく!」
「あ、そろそろバスの時間!」
挨拶を簡単に済ませて、一同は浩太郎の友達が経営しているペンションに向かった。
ペンションは全5部屋あり、それぞれ風呂トイレ付きだ。8人はそのうち3部屋に泊まることになっている。
「部屋割りどうする?」
「私は礼たんとがいいなー」
「じゃあ、俺はわん汰と…」
「絶対嫌」
「ユーリ、この場合だと女3人で一部屋で、後はコウさんとユウさんで一部屋、残り3人で一部屋、これが良いと思うんだけど」
と礼が言った。
「そうね…」
百合は少し残念そうだったが全員が納得しそれぞれ決められた部屋に向かう。部屋はシンプルな造りで、窓から外を覗くとスキーやスノボーウェアを着て歩く人たちが見えた。
各々部屋に荷物を置くと、少し休憩した後でウェアに着替えてからまた集合した。
ペンションとゲレンデの距離は歩いて15分程度。
一式レンタルするつもりでいる礼と百合、貴子と一美は軽快に歩く。というより百合と貴子はスキップしながら歩いていて、その後ろを板やブーツなどを担いでいる他の4人は少し動きづらそうに歩いている。
「うわぁーーーー♡」
「おーーーー!」
「ひゃーーー」
板などのレンタルやチケットの購入などを済ませ、ようやくゲレンデに出ると一同は歓声を上げた。ゴーグルをしていないと眩しくて目を細めてしまう。
今日は雲もほとんどない快晴の日。太陽の光が雪を照らしゲレンデがキラキラと輝いて見えた。
「雪だーーー」
「当たり前じゃん」
「人もそこそこいるね!」
「早く行こーぜー」
近江と阿久津は待ちきれない様子だ。軽くストレッチをしてから板を足に付ける。
礼はこの日の為に購入した2台のゴープロカメラをスティックのようなものに取り付け、1つを百合に渡してすでに撮影を始めている。
「それじゃあ、行くか!」
「うん!」
「おう!」
「ん?」
みんながはしゃぐ中、一美が貴子を見ながら疑問を抱いていた。
「一美ちゃん、どうしたの?」
「お姉ちゃん……、スノボーやった事ないよね?」
「……え!?」
「嘘!?」
「まぢで!?」
全員が貴子を見る。貴子はあはは、と苦笑いした。
「実は…そうなんだよね」
「え!?」
「どーすんだよ!?」
「…………」
全員がまさかの展開に困った顔をしている。
「あ、私のことは気にせず滑ってきて良いよ!私はこの辺で練習してから行くから」
と貴子は言って笑った。せっかく楽しみにして来たのに、自分のせいで台無しにしたくなかった。
「練習って」
「昨日ゆーつべの動画で予習してきたから大丈夫!」
「でも…」
「……」
「俺が教えてやるよ」
浩太郎が言い出した。
「え?」
「俺が教える。これでも教えるのは上手い方だし」
「でも…」
「だったら俺も」
と佑太郎が言うが
「みんなは滑ってきてくれ。軽く教えたら合流するから」
浩太郎は大丈夫だから、と言って6人を行かせる。
「滑りたくなったら言えよ!交代するから」
そう言って佑太郎が先にリフト乗り場へと滑り出し
「わんちゃん、頑張ってね!」
と言い残して他のメンバーも佑太郎に続いた。
「ったく。やったことねぇなら早く言えよ!」
浩太郎は大きな声で貴子に言う。今更言っても仕方ないことだが、早く知っていれば何かしら練習が出来たはずだ。
「すいません…」
貴子も浩太郎に迷惑をかけた罪悪感を感じて俯く。
「まぁいい。とりあえず、転ぶ練習からな。落ち込んでる暇はねぇぞ!」
「はい!宜しくお願いします!」
こうして貴子はジムでのトレーニングのように、ビシバシと練習させられることとなった。
「そうじゃなくて、こう!そう!こーやって…」
浩太郎は貴子に転び方、止まり方、簡単な滑り方を教えた。
小さな坂をひたすら滑ったり、登ったりを繰り返す。
「うわっ。あーーあーあーー」
滑ろうと立ち上がった時に板が勝手に滑り出し、貴子は両腕を振り回しながら坂を滑り、やがて尻餅をつくように転んだ。
「ぶっ…あはははは。カッコ悪」
「大丈夫?」
「ん?平気。どうだった?私の転び方?」
「え?まぁ、良いんじゃね?」
「いえい」
貴子は転んだままガッツポーズする。それを見て浩太郎は敢えて
「でももっと体幹鍛えないとダメだな」
「げ…」
「それに腹筋と脚の筋肉も」
と言って笑った。
「…はいはい」
浩太郎が貴子の転んだ場所まで行くと腰を下ろした。
「教えるのも疲れるよね…ゴメン」
「別に。慣れてるし」
「そっか」
貴子は板を足に付けたまま寝転んだ。
「良い天気だねー」
「ああ」
「みんなと来れて良かった」
「まだみんなと滑れてねぇけど?」
「あははは、確かに。来るまで楽しみすぎて、滑ったことないのを忘れてたんだよねー」
「どんだけ…」
「楽しみがないと仕事頑張れないし」
「確かにそうだな」
「でも…仕事辞めるかも」
「え?」
「仕事辞めて、母親の実家に行こうかなーって」
「そういえばブログに書いてたな」
「うん。おじいちゃん、おばあちゃんがまだ元気なうちに農業を教えて貰って、働きながら2人の面倒を見る感じも悪くないかなって」
「でもせっかく妹帰ってくんのに出て行くのか?」
「…帰って来るから、こそ、かな」
「何?仲悪ぃの?」
「仲悪いっていうか、避けられてる感じかな?まぁ仕方ないよ。私こんなんだし」
「どういうこと?」
「高卒で、仕事はパートタイム。しかも28になっても結婚出来ないどころか彼氏居ないし」
「そんなの関係あるわけ?」
「さぁ?私が勝手に思ってるだけかも」
「俺もそう思う」
「でも、いい機会だと思うんだよね、引っ越すの。こっちには運命の出会いも無かったし」
「何だよそれ?」
「ほら、出会った瞬間に胸が締め付けられるような、運命の出会い?それが無いからさ」
「それただの一目惚れじゃなくて?」
「いや、もっと激しい感じの!きゅんとする感じ」
「もうそれはただの心臓発作だな」
「えー。ロマンの欠片も無いね、浩太郎さんは」
「運命かどうかは出会った瞬間に分かるもんじゃなくね?」
「そうかな?」
「普通そうだろ」
「えーー」
「えーー、じゃねぇよ」
そんな会話をしていると後ろから、雪を削るような音がした。
「やほー!」
「練習どう?」
貴子達が振り向くと、近江、一美、佑太郎、阿久津、その後から礼と百合が降りてきた。
「練習はボチボチ。そっちはどうだった?」
「雪も良い感じ。早くわんちゃんもおいでよ!」
「うん。もう少ししたらチャレンジしてみる!」
「動画も撮ってるから」
「後で見るの楽しみだね」
「さっき、俺一台借りて滑りながら撮ったよ」
近江が嬉しそうに言った。
「いいなー。私も撮りたい」
「そんな余裕ねぇだろ」
と佑太郎がツッコんだ。
「俺がわん汰を撮ってやるよ」
「うん!ありがとう」
「じゃ、俺らもう一回行ってくるわ」
「オッケー」
「じゃあねー」
貴子と浩太郎を残し、6人はまたリフト乗り場へ向かう。その時一美は後ろを振り返り貴子を見たが、すぐに視線を戻した。