リアルの前夜
ードリームファーム 最下層にてー
貴子は家の中で頭をかかえて座っていた。
「どーしよう」
悩んでも仕方ないことだと分かっていても、考えないようにすればするほど考えてしまう。
「その釣り馬鹿ツインズが、ジムの人だって決まったわけじゃないんでしょ?」
大海がテーブルに座りながら言った。
「いや、あの2人だよ!状況から考えて。それに、なんとなく聞き覚えのある声だとは思ってたんだよね」
「まぢかー」
「俺も明日そのジム行こーかなー」
とアクマが言いながら貴子の反応を見ている。
「来なくていいから」
「えー。俺に隠れて他の男とリアルで会うなんてあり得ない」
「好きで会うわけじゃないからー。むしろこっちで知り合う前にすでに会ってるし」
「俺と付き合うって言ったくせに」
「言ってないし」
「言った」
「言ってない」
「………」
「もしそのドS兄弟があの双子だとしたら、どうするの?」
「んー、今更ジムも変えられないしなぁ…」
「毎週土曜日に通ってるんだっけ?」
「そうだよ。まさかこんなことになるとはねぇ…」
そんな話をしているとベルが鳴った。
これは誰かが家を訪ねてきた時に鳴るようになっており、牧場主が家もしくは牧場に居る時のみに鳴る仕様だ。
ドアを開けるとこーへいが立っていた。
「どうしたんですか?」
「えーっと、なんとなく心配で」
「心配?」
「あ…そのー、前に嫌味な双子に絡まれたって言ってたよね?それでまた絡まれてないか気になってさ」
「ああ。はい、大丈夫です。今のところ」
「そっか…。なら良かった」
「はい」
「何?嫌味な双子って俺たちのこと?」
突然声がしたかと思うと、こーへいの後ろに双子が立っていた。
「げっ」
「何?何?」
大海とアクマが家のドアから顔を出す。
「立ち話は疲れるから、家に入るぜ」
そう言って双子は勝手に家の中に入り、このままこーへいを帰すことも出来ず仕方なく貴子はこーへいを家に上げた。
「何かご用ですか?」
「ブログ読んだよー」
「………」
「あそこに通ってんだな」
「俺たちのことドS兄弟って呼んでたなんて、光栄なだなぁお客様」
「………」
「毎週土曜日が楽しみだな、ドMの調教」
「もっとハードなメニュー組もうかなー」
「おい、ブログって何の話だよ?」
「ドMちゃんのブログ読んでねぇの?」
「礼のブログにリンク貼ってあるから今度行ってみれば?お前たちのことも書いてあるぜ」
「ちょっと!変なこと言わないで!」
「何で?本当のことだろ」
「あーいうのは、知り合いが読んでないからアリなの!知り合いが読んだらアウトなんです!」
「そうか?」
「ま、そういうことにしておいてやるよ。でもドMっていうのは教えてもいいだろ?」
「ドMじゃない!」
「あのブログ見る限り、ドMだと思うけど〜?」
「ねぇ、わんちゃん、どういうこと?!」
貴子は大きなため息を吐いた。
「ブログで…ジムで凄いハードなトレーニングさせられたって、書いただけ」
「そうそう。それから、そういうのが興奮するって書いてあった」
「書いてない!」
「わん汰…ドM…だったんだ…」
「だから違うって!」
「ただ自覚してないだけ」
「うるさい!もう帰って!明日受け付けの人に文句言ってやる!」
「どうぞ、どうぞ。俺たちはただお客様の為にメニューを組んでるだけだし」
「お前ら、俺のわん汰に変なことする気か!?」
「俺のって…君たち付き合ってんの?」
「ああ」
「嘘言わない!」
貴子がアクマの頭にチョップした。
「明日も朝から出勤だから。待ってるよ、お客様」
「…用は済んだし、そろそろ帰るか」
「だな」
そう言って双子はマップを開いて自分の牧場に戻っていった。
「……何なのよ……」
貴子はまた頭をかかえて座った。
「あの変態ツインズ野郎…。変態野郎ツインズ…?それともツインズ変態野郎?」
「俺はわんちゃんがブログ書いてたことが意外だなー」
「え?そう?」
「うん。わんちゃんがMっ気あるのは知ってるし」
「Mじゃないし」
「やっぱり自覚ないんだね」
「それよりどうする?明日」
「どうしようもないでしょ。まぁ、ただのトレーニングだし」
「でもさ、トレーニング終わった後にわん汰をつけて襲うかもしれねぇじゃん!」
「ないでしょ。勤務中だし」
「えー。やっぱり俺もそのジム行く」
「俺もそのドSトレーナーがどれ程なのか気になる」
「お前ゲイなの?」
「違えよ。俺もインストラクター目指してるから興味あるだけ」
「やっぱりゲイじゃん」
「うるせーよ。確か…わんちゃんこの前、あそこの駅近のジムに通ってるって言ってたよね?」
「うん」
「よし、明日早起きして行くよ!」
「え?本気?」
「俺も」
「えー…」
「あのさ…」
ここでようやくこーへいが口を開いた。
「あ」
「あ、居たんだ」
こーへいは家に居たことすら忘れられているようだった。
「もしかして…リアルで知り合い?」
その言葉に3人は口を閉じた。
「え?どういうこと?」
大海は諦めて真実を伝える。
「先週の金曜日に他のプレイヤーとオフ会することになって…。それでお互いリアルでも顔見知りになったって感じで」
「…そうなんだ…」
「隠すつもりはなかったんだけど、こーへいさんはそういうの嫌いだと思って」
「そっか。別に責めてるわけじゃないんだ。ただ気になって聞いただけだから」
「はい」
「ここでも、リアルでも、仲が良いのは良いことだよ」
「はい」
「…じゃぁ、俺はそろそろ牧場に戻るよ」
こーへいも双子同様にマップから牧場に戻っていった。
「…なんか、増す増すややこしくなってきた感じが…」
「だからあの時、連絡先交換すれば良かったんだよ」
「それ関係なくない?」
「………」
「とりあえずこーへいさんのことは置いておいて、明日のこと考えよー」
「2人とも、本当に来るつもり?」
「当たり前じゃん」
「もちろん」
「はぁ。仕方ないなぁ。駅に集合する?」
「オッケー。時間はどうする?」
「俺はいつでも」
「私は10時頃がベスト」
「じゃあ10時に集まろう」
「これ、起きた時に忘れたらどうしよう……」
ドリームツールは夢を見せる道具として進化を遂げているが、夢から覚めると夢の内容を忘れることは多々ある。
「その時は諦めるしかないんじゃね?」
「え!?近江!メールしろよ!出る前に!ワンコでもいいから!!」
「面倒くさい」
「近江ぃぃぃ!」
「ケンカは他所でやってくれる?」
「てか、ジムって何か必要なん?」
「室内用の靴とか、動きやすい服とか、タオルとか。入会する気ならお金も必要じゃない?」
「なるほど」
「あいつらのメニューを楽にこなしてギャフンと言わせてやる」
「…ギャフンって久々に聞いた」
「俺も…」
「拓真って、意外に古いね」
「え!?」




