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世界に捧ぐ幻想花  作者: にぼし
第7章 固い2ヶ月の友情
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剣道の師範

 お腹が鳴り続けている俺は、ほぼ手探り状態で台所を目指す。広くて家の構造なんてわからない、少し扉をガラッと開けては閉め、開けては閉めの繰り返し。途中で瑞樹さんの部屋があって、起こしてしまったんじゃないか、と思ったけど、瑞樹さんが起きてくる事はなかった。

 うーん、こんなに広い家だと掃除とか大変そうだな、朝ごはんを作って食べた後は掃除の手伝いをしようかな。とにかく、恩返しになりそうな事はなんでもしないと。

 約5分後、ようやく台所を見つけた俺は手を洗う。なんで、って聞かれれば答えられないけど、なんとなく洗わなければいけない、って思ってしまった。

 台所を見回してみる。この縦に長い箱はなんだろう、幾つかの部屋に分かれていて、それぞれに扉が付いているようだけれど…。恐る恐る開けてみる。

「寒っ! この箱は冬製造機ですか…」

 そう思ったけど、中を見ると沢山の食材と飲み物が入っていた。なるほど、これは食材を保存するための箱だったのか。便利な物だ、また1つ賢くなったような気がする。

 俺はそんな事を考えながら冬製造機から使えそうな食材を出す。卵、豆腐、生わかめ、味噌、野菜がほしいな、キャベツはどうだろう。

 うん、これだけあればいいかな……あれ? 瑞樹さんの家族って全員で何人いるんだろう? 確か昨日自己紹介するって言ってたのに、あぁ…その前に寝ちゃったのか。

 どうしよう、今から確かめるにしても起こしてしまったら…、これは困った。

「あらあら、どうしたの心音ちゃん? この卵たちは…」

「ヒッ⁉︎」

 突然背後から声が聞こえてきて驚いたが、振り返ってみると、いたのは瑞樹さんの奥様だった。起こしてしまったのだろうか…?

「い、いえこれは泥棒とか食べ物漁りとか、そういうのではなくて…、泊めていただいたお礼に皆さんの朝ごはんを作ろうと思いまして。でも瑞樹さんのご家族の方が何人いるのかわからなくて、それを考えていたところを声かけられて驚いてしまったんです…」

 焦っていた所為か少し言い訳っぽくなってしまった。恩返しのはずなのに、これじゃあ恩をあだで返すようなものだ、瑞樹さんの奥様に疑われて…

「そうだったの、ありがとう。心音ちゃんを入れて全員で7人よ」

 そう言って瑞樹さんの奥様は優しい笑顔を見せる。

「……疑わないんですか?」

「疑うわけがないわ、だって心音ちゃんは私たちのためにやってくれたのでしょう。むしろ感謝しています。でも、朝ごはんなら私が作るから気にしないで」

 優しい…、疑わないのか、と疑った俺はなんてひどい人間なんだ。俺もこんな優しい人になりたい…。

 でも、それとこれとは別だ。

「いいえ、ではお手伝いさせてください。少しでも役に立ちたいんです」

「……そう、ならお願いしようかしら。材料を見る限りお味噌汁と卵焼き? キャベツは千切りで、うーん…じゃあお味噌汁を作ってもらおうかしらね」

「はい、お任せください!」


「うまいわね、前にどこかでやってたの?」

「いえ、そんなはずはないです。初めてこの刃物持ちました」

 キャベツを切りながら、そう答える。

 お味噌汁は豆腐とわかめを切るだけだったからすぐに終わった。だからキャベツを千切りにしていたのだけれど…簡単だなぁ。

「あ、いきなりこんな事を聞くのは失礼なんですが、この家ってすごく広いですよね、お金持ちなんですか?」

 よくもまぁぬけぬけとこんな事が聞けるもんだ、自分で自分を責める。それとは裏腹に、奥様はさらっと水を流すように答えてくれる。

「お金持ちではないかしらね。ただ旦那が剣道の家元でね、この家は昔の代が建てたみたいなの。今は旦那が剣道教室を開いてる、その師範ね。この家の半分は道場だから、後で見に行くといいわよ」

「そうさせていただきます。なるほど、だから瑞樹さんは姿勢が良くて剣道が強かったんですね」

 キャベツを切るダンッダンッ、という音に混ざり、瑞樹さんの事をもっと知ることができた。ふむ、俺も習ってみたいな。

「さぁ、そろそろみんな起きてくるわよ」

「そうなんですか? じゃあ運びますね、……どこの部屋に運べばいいですか?」


 奥様に部屋の場所を教えてもらい、なんとかお味噌汁の入った鍋を運ぶことができた。奥様の言った通り、机の上には何やら木の板が…、この上に置けばいいんですよね。

 うーん、雰囲気的に皆さんが起きてきそうな気配はないですね、本当に起きてくるのでしょうか?

 そう思った瞬間、心臓が止まりそうになった。

 ジリリリリ、と大きな音が聞こえてきたのだ。それほど大きくはなかったのだが、静寂の中にいきなり現れれば十分すぎる音だった。しかも俺は初体験、冷や汗が止まらない。

 なるほど、奥様の言っていた「みんな起きてくる」、の意味がわかった。この音の所為なのか、そりゃあこんな奇怪な音が聞こえれば誰だって起きるはずだ。

 しばらく…ほどの時間ではなかったが、少しの間をおいて瑞樹さんが起きてきた。

「おはよう。おや、心音、起きてたのか?」

「はい、おかげさまで…。朝ごはんの準備できてますよ」

 そう言って俺は瑞樹さんのお茶碗にご飯をよそおうとする。

「あぁ心音、わしのはまだいいよ」

「そうなんですか?」

 良かれと思ってやったのだが、何かこだわりでもあるのだろうか。それとも奥様の方が…

「日課の素振りをやらなくては、いつもその後に朝食をいただいておるからのぅ」

 なるほど、さすが剣道の家元…もとい師範、教える立場であり、流派を守っていく信念が強く感じられる。

 どうしよう、なんだかうずうずしてきた。

「あの!」

 どうにも止まらなくなって、俺は大きな声を出してしまった。この声で家族の方を起こしてしまうのではないか、と考えられるほど大きな声で。

「ん、なんじゃ?」

「俺も、俺も一緒にやっていいですか?」

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