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世界に捧ぐ幻想花  作者: にぼし
第7章 固い2ヶ月の友情
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シオンが心音になった日

「しおん、しおんというのか」

 あれ、しおん? なんでこんな名前が出たんだ、何もわからなかったはずなのに、なんで名前だけが…

「しおん、名字はわからんのか」

「名字、わかりません。しおんしか出てきません」

 名字の意味がわからなかったけど、多分『山田』とか『佐藤』とか名前の前につくやつだろう。

「ふむ、両親もいない、名前もわからない、どうしたものかの…」

 おじいさんは自身のあごひげを触りながら何かを考えている。そして何かを決めたように口を開く、目は真っ直ぐだった。

「しおん、よかったらうちに来ないか」

「え?」

 いきなりの申し出、とは言っても俺はその意味がよくわからない。一般常識が足りているようで欠けている、このうちに来ないか、は泊めてくれるという事か、それとも働き口を提供してくれるという事だろうか。

「安心しろ、と言っても信じられないだろうが、お前が心配でな。今日の夜どうするつもりじゃ、春が近いとはいえ野宿は厳しい気温、ならばうちに来た方がいいと考えた」

 腕を組みスラスラと言う、前者であったか。しかし俺に対して不信感を抱いてないのだろうか、怪しいと思ってないのだろうか。

 この人本当にすごい、見ず知らずの身元もしれない俺をうちに預かってくれるなんて、こちらとしては嬉しい事だけど少し申し訳ない気もする。

「いいんですか」

「若者が遠慮するでない。それに心配だと言ったじゃろう、わしの家族も受け入れてくれるはずじゃ」

 そう言って優しい笑顔を見せてくる。

 涙が出そうになったけどなんとか堪える、ありがたくてありがたくて、感謝するうってつけの言葉が見つからなかった。

「そうじゃしおん、『しおん』は漢字でどう書くのじゃ」

「えっ……、わからないです。でも何故聞くのですか?」

 漢字は何故かわかる、薔薇とかなら書けるくらいだ。でも自分の名前となると話が違う、第一、しおんという名前が本当に自分の物なのかもわからないのだから。

「少しでも情報があれば、と思うて、最近はなんじゃ…『きらきらねーむ』というか、珍しい漢字の名前が多くての。もしかしたらそれが手がかりになるかと思っての」

 そう言いながら内ポケットからペンと紙を出す、メモ用紙…だったかな? さらっとポケットとかペンとか言ったけど、合っているのだろうか。

「そうなんですか、すみません何もわからなくて」

「そうか、じゃあわしが考えていいかのう。………心の音、お前からは優しい音が聞こえてくる、心の音で『心音しおん』はどうかな」

 自分の子や孫の名前を考えるように真剣な顔をして、そして名前を与えてくれた。おじいさんから借りた感謝の心だ。

「はい、ありがたくいただきます」

「うむ、素直は良い事じゃ。ではそろそろうちに戻るとするか……と、その前に服屋に行くか。枝にでも引っ掛けたかボロボロになっておる、家族が不思議がるでの、あまりいいものではないが新しいのを買ってやろう」

 自分の服を摘んで見てみる、そういえばボロボロだ、必死で歩いてたから気がつかなかった。あれ? この服ってみんなの服と少し違うな、まぁいいか。

 しかし家にお世話になるだけでなく服まで、この人の人間の大きさが2倍3倍と俺の中でどんどん大きくなっていく。





「おかしくありませんかね」

「ああ、似合っておるよ」

 おじいさんが買ってくれたのは上下セットで1500円の服、無地の灰色で上には帽子のようなものがついている。フードとかパーカーとか言うらしい、そういった事はおじいさんも詳しくないらしく、パッとお店に入ってパッと選んでくれた。ありがたい限りだ。

 現在はおじいさんの家に向かって歩いている、さっきのキラキラとした灯りでいっぱいな建物はすでに周りには無い、薄めの青い光が上についている棒が道に何本か立っているだけだ。それ以外は家、家、家、大きな家もあればそうでない家もある。二階建てが主で、たくさん窓のついた十何階建てのような家は無い、表現方法が貧しい所為で何と言えばいいかわからないが、全体的に落ち着いていて馴染みやすい感じだ。

 このおじいさんの家はどんなところなのだろう、予想ではお子さんの家族と暮らしている、おじいさんの奥さんと子供の家族が4人、合計6人の仲良し家族かな。まぁあくまで予想だけど。

「ところでおじいさん…、名前、何ていうんですか?」

 ふと聞いていなかった事に気がつく、おじいさんでは失礼だろう、だって腰も曲がっていないし、さっきの立ち回りもそこらの運動している人とは格が違う。

「わしか、わしは瑞樹みずきという、この辺りではちと有名なのじゃぞ」

 後ろをついて歩いている俺を見ず、前だけ見て歩きながら教えくれた。有名ってどういう事なのだろう、やはり良い人で通っているのだろうか。

「瑞樹…さん、様? 殿?」

「さん、じゃな。心音はなかなか変わっておるところがあるの」

 顔は見えないが多分笑っているのだろう、肩が少し上がったのを見逃さなかった。

「わからないんですよ、知っている事と知らない事がごちゃまぜで、知らない事を知らないんです」

 それに対して俺は少し暗めの対応をする、場の雰囲気を崩すような発言だが、思った事が口から出てしまった。

「ふむ、気にする事はない、少しずつ覚えて、少しずつ思い出せばいい。記憶喪失の体で話しているがの」

「ありがとうございます、お世話になってばかりで…」

 本当に申し訳ない、申し訳ないという感情は異様な程理解できているのに気がついた、これは何かの手がかりになるのだろうか。

「気にする事はない、そう言ったはずじゃ。ほれ、着いたぞ、わしの家じゃ」

「えっ…」

 予想が大きく外れた事より、俺は別の点で驚いて開いた口が塞がらなかった。

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