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世界に捧ぐ幻想花  作者: にぼし
第7章 固い2ヶ月の友情
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俺は誰なんだ

「ここ………どこなんでしょうか、それに俺は……誰だ」

 冷たい風が木や草の青色の匂いをのせて流れる、ざわざわという音、草原の上にポツリと立って星空を見ていた。

 あの星は乙女座のスピカ、季節は春のようだ。……スピカ、春、季節…

「なんだろう、スピカとか春とかって…」

 何もわからない、なぜ自分はこんな所にいるのだろう。自分で考えていておかしいとはっきりわかる、記憶を失ったのか…、記憶って…なんだ?

 激しい頭痛がする、言葉として知っているのにそれがわからない、息苦しいような喉が痒いような、そんなやるせない感じだ。その頭痛を超えたやるせなさが俺を襲ってくる。

 とにかくだ、なんとかしてこの理解不能な状況から脱出しなければ。……あれは光、点々なんてものじゃない、何百とある背の高い建物が明々と輝いている。街だ、人がいる。…街ってなんだ?

「歩こう、あの光が道標なんですね」

 足を動かすたびに頭に響く、何かをしなければ、と考えてからやるせなさは消えた。理解不能を行動で打ち消している、進めば答えが出てくるってそう考えているからだ。

 道のりは遠い、普通に歩いたら1時間はかかるんじゃないのか。……1時間ってどのくらいだろう。今は何時だろう、星があるから夜は間違いないけど、あの明るさを見ると本当に夜なのか、という思考が脳に流れてくる。光に向かって進む俺は、さながら電灯に群がる蛾なのだろう。蛾でもなんでもいいから、俺という存在を知りたい。

「っ……、痛い…」

 誰も聞いてくれる人なんていないのに声が出た。別に誰かに知ってほしいわけでもない、大丈夫と心配されたいわけじゃない、頭に激しい痛みを感じたから痛いと言った、それだけの事だ。

 痛みに耐えながらただひたすら歩くなんてまるで地獄のよう。景色は変わらないのに痛さは増していく、それに耐えられなくなりそうだ。

 でも歩くしかない、それしか道がないんだから…


 灯りに包まれるまでは本当に1時間ほどかかった。さっきまでくらい草原をひたすら歩くだけ、目に大量の光が入ってきて奥が痛い。頭と目の奥の両方の刺激にはさすがに耐えられない、単純な事だけど目を細めよう、少しでも入る光の量を減らさなくては。

「なんなんでしょうここは、いい匂い…」

 赤いお化けのような光る紙の球が扉の前に吊られている、なぜかわからないけど、ここには昔ながらという言葉が当てはまる気がする。遠くから見た灯りはここと比べると未来的に見えた、ここはそこから疎外された場所のように感じる。

 だけどそれがいい、そこの空いた扉から漏れる何かが焼けるような匂い、今まで頭痛と目に感情を盗られていたけど、今はっきり空腹を感じた。

「でもお金なんて持ってないですし…、お金って何でしょう?」

 脳が空腹と疑問を訴える、が、どちらともどうしようもない。灯りに近づけば何かがわかるかも、他人に会えば何かを思い出すかも、そんな甘い考えは一瞬で砕けた。

 目的を失う、もともと何も持っていなかった俺にとって、目的を失う事は存在の意味を失う事と同意、今度は空腹を超え深い絶望感を感じている。

 どうしようもない、せめてこの頭痛だけでもなんとか抑えたい。人間は身体的に苦しいとじっとするらしい、……そうか、俺は人間だった。まぁいい、でもここでじっとしたら迷惑になる、どこか誰もいなさそうな場所へ…

 あの細くて暗い建物と建物の間の道、あそこなら誰もいなさそうだ。あそこなら寝ても誰の迷惑にならないはず…

 何かに取り憑かれたかのように細道へ向かう、入ってみると案外広くて暗くて、ちょうど気分な雰囲気だ。

「ふぅ…、いてててて……、とりあえず横に……」

「おいお前、ちょっとお金貸してくれないかなぁ〜。俺たちもう遊ぶ金無いんだよ、いいだろ、な?」

 俺が寝転がったと同時にすぐ近くから聞こえてきた。うるさいなぁ、俺は頭が痛いんだ、気を使ってもらってもいいはずなのに。

「やめて…ください」

「うっせぇな、だったらさっさと金よこせっつってんだろうがよ!」

「ひぃっ!!!」

 うるさいのはあなたですよ、一体俺の近くで何が起こってるんだ、ひんやりとした地面から体を起こす。

 3人、変な格好をした3人組が1人の男性といた。その3人組の1人が男性の胸ぐらを掴んでいる、見るからに男性は苦しそうだ。

 俺には何が起こっているのかわからない、遊んでいるのかもしれないし、軽いジョークかもしれない。どちらにせよ今は自分の身が大切、この頭痛をなんとか…

「これこれ若いの、その人は苦しんでおる、放してやりなさい」

「なんだぁじいさん、関係無い奴は引っ込んでな、老ぼれとはいえ容赦はしねぇぞ…!」

 じいさん…? 本当だ、立派な白い髭を蓄えたおじいさん、ずいぶんと勇敢な人のようだ。

 でもなぜだろう、確かに見た目はおじいさんなのだけど姿勢が良すぎる。普通はおじいさんといえば腰が曲がっているはず、……なんで俺はそんな事知ってるんだ? まぁいいか、でもこの人からは大物の風格というか人生の経験のような物を感じさせられる。不思議だ。

「ほっほっほ、最近の若いのは血の気が多くていかん。カルシウムが足りて無いのかの、ファストフードばかり食べとるんじゃないか?」

 おじいさんは何か棒のようなものを掴む。

「うっせぇんだよジジイ!」

 危ない! 3人組の1人がおじいさんに襲いかかる、頭痛のせいで声に出なかったから心で叫んだ。

「ふぅ、やはり若者は…鍛え直してやらんといかんのぅ」

 鉄パイプ…というのだろうか、それを使い殴りかかった1人を受け流し軽く突く、ひどい勢いで若者は転げた。…すごい、動きに無駄がなかった。

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