帰りたい訪問者
今回より第7章が始まります。
過去編ですが思った以上に長くなりそうです。よろしければお付き合いください。
今日は何気ない、何げなさすぎる一日はだらだらと過ぎていく。朝起きてすでに5時間…くらい経っていると思ったのに、時計の短針はまだ11を指している。
暇ね。昨日が大変すぎたのよ、その後は楽しくてつい時間を忘れて、お菓子もご飯も美味しかった、生きているって素晴らしい事だと改めて実感した。
この体感5時間は長すぎて長すぎて…寝ようともしたけどやめた、今眠ったら夜に眠れなくなる。楽しかった昨日、だけど夜に寝たのは今日の事、夜更かししたからよりいっそうだ。
この間私が読みたいと言った本を真知さんが持ってきてくれたからそれを読んでいたけど、内容はあまり入ってこなかった。眠たいのもあったけど、あの時は動揺しててそんなに読みたいと思ってなかったからだ。
「こういう時に限って誰もいないのよね。もうお昼近いし、早めにご飯食べちゃおっかな」
「なら3人分用意してくれ、わざわざ客が来てやったぞ」
突然の声、一瞬戸惑ったけど…ああ久しぶりに聞いたわねこの声、今まで何してたのかしら。
「久しぶりねマリ、悪いけど訪ねてきて挨拶もしないのは失礼だ、ってある人に言われたのよ。しかもお昼をせびる、そんな奴には何も出すものはないわよ」
「ちぇっ、久しぶりだから泣いて喜ぶと思ったのに、冷たくなったもんだな。……久しぶり、ハク、元気してたか」
「ええ元気よ、おかげさまでね。ところで3人分ってどういう事よ、他に誰かいるの?」
みたところマリの近くには誰もいない、それよりもマリの髪に目がいった。今日はやけに整っていて寝癖がない、誰かに直してもらったようだ。
それでそのもう1人って…まさか能力持ちの面倒くさいやつじゃないのかしら。今も私を驚かせようと思って身を潜めてる、とか?
「後ろ、そこでハイテンションになって色々物色してるよ」
後ろ、物色、はいてんしょん? よく意味が…あぁなるほど。
「ふむふむ、これが鞠が言っていた紙ね…。案外小さめ…そんなにいい紙でもない、汚れてるのもあるし…拾って再利用してるのかね…。これは私の知識欲を刺激してくる、ぜひ一枚持って帰って…」
「持って帰るのはいいけどあなたすごい失礼よ、泥棒となんら変わりない、マリの友達? いつの間にあがったのよ」
勝手に引き出しを開けられたのが少しムッときた、別に見られてまずいものはないのだけれど、常識としてこの行動はない。
「はっ! これは失礼、おばあちゃんからの遺伝でね、不思議なものに目がないんだ。遅れたけど自己紹介、私は橙華、架原 橙華17歳、外の世界から来た。よろしく、霜月 白花さん」
そう言って橙華は手を差し出す、握手を要求している、という解釈でいいのよね。
「あ、うん。よろしく…」
変わった娘、なかなかに友好的で積極的だという事が感じでわかる。マリと同じ系統の人ね、類は友を呼ぶ、って言葉はあってるわ。
「自己紹介済んだか? じゃあお昼ご飯頼むよ、お腹すいたんだ」
「ったく、あんたろくな大人にならないわよ。少しは自立をしなさい自立を、その髪だってその娘に直してもらったんじゃないの?」
「なんだよくわかったな、人に会いに行くのに寝癖はダメ、って橙華がな…」
前言撤回、やっぱりマリとは違うわ。その辺り常識を持っているのだから……って、そういえば引き出し漁ってたわね。前言撤回、この人も変わり者。
「まぁいいわ、座ってなさいよ。すぐに作ってあげるから…」
「今日は何の用ですか? いきなり遊びにこられても、今から薬草摘みの仕事がですね…」
来ないでいい時に来る友人、ずっきーこと鬼灯さんと、なっちゃんことなずなさん。1人は目を鋭く光らせ、もう1人は尻尾をフリフリしている。
「わたしを騙しただろう、硬いこと言わないで。別に用事があるんじゃないよ、ただちょっとなっちゃんが聞きたい事があるらしい」
「だから仕事がですね、打倒流果さん会議ならまた今度にしてくれませんか? うちの美良さんもこの調子ですし……」
俺の後ろでしゃがみ込み、身体をガタガタと震わせている。人見知りも、ここまできたら本当に人見知りだけなのかと心配になってくる。
「わたしの心音に近づいて……このお姉ちゃん……」
「こらなっちゃん、ジェラシーは見苦しいよ。それにこのお姉ちゃん極度の怖がりって知ってるでしょ、能力使って苦しめるな」
「はっ…ご、ごめん…」
何してたんだよこの人…、そういえばなっちゃんの能力ってまだ知らないな、まぁ知らなくても問題はないけど。
「とにかくさ、話が聞きたいの。薬草摘み手伝うから、やりながら聞かせてよ」
おぉ、これはラッキー、人手が2人分も増えればたくさんの薬草が集まるはず。早く終わるのならそれに越したことはない、この申し出を断る理由もないね。
「それならいいですよ、何の話ですか?」
「心音と美良ってさ、付き合ってるの?」
あぁ〜それ、偶に言われるんだよな。何を持ってそう考えるのかは知らないけど、前の世界でも言われた。
「いいえ、ただの友達で仲間です」
「う、うん…。間違いないよ……」
「そう…なんだ、よかった……。じゃあ2人はどこで出会ったの?」
「ごちそうさま、すごく美味しかったよ白花」
「お粗末さま」
「私が言うのよ、マリは食べただけでしょ」
というかなんでいきなり呼び捨て…、友好的ではあるけれど、あれね、出会ってすぐに友達とか言うやつね。
「それで本題だ。現役で伝統ある霜月の白花さんに聞く、カナンに来た人間が元の世界に戻ることは可能なのか?」
はぁ? 何をいきなり……、そういえばこの橙華って外界人って言ってたわね。でもこの感じ…、この娘にはまともな魔力が感じられないし、おそらく能力も持っていない。まぁ関係ないか。
カナンから別世界に戻れるのか、よね。これを言ったら悲しむのでしょうけど、真実だもの、受け入れてくれるわよ。
「不可能に近い、これが答え。カナンは不純物を異様に嫌う、自然に受け入れるものは世界を良くするモノのみ。それと同じで何かがこの世界から逃げて、それまでの均衡が崩れる可能性を防ぐ為、世界間の壁が厚いのよ。私が平和な世界へ逃げないのもそれが理由」




