開業
今回から世界に捧ぐ幻想花第2章です。
もう一人の主人公、シオンも活躍します。よければ最後までお付き合いください。
目が覚めた時は布団の中だった。
丸2日ほど寝ていた様で頭がぼーっとする。体を貫かれた時の傷もない、あれは夢だったのか。
いや、夢ではない。確かに俺は、美良さんと一緒に薬を採りに行った。途中、知らないお姉さんに会って戦ったけど…あの後どうなったんだっけ、どうやって帰ったんだっけ。
まあいいか。薬は町の人に行き渡ったらしいし、花も店に出回ることはなくなった。
俺が戦ったお姉さん、ずいぶん怒っていたけど俺の言い方が悪かったかな、今度謝りに行こうか。
いや、それよりも…明日美良さんに頼んでみよう。今はどうも眠い、みんなも薬作りで疲れて寝ているようだ。
明日から恩返しをしよう、力をつけよう。みんなを、大切な人達を守るために。
カンカンカン!「朝ご飯できましたよ、早く起きてください」
朝ご飯を作るのは俺のしごとだ。俺は鍋をお玉で叩きみんなを起こす。前の世界にいたときドラマでこんなシーンを見た、一度やってみたかったんだ。
「ふぁぁ、おはようシオン、朝早くから悪いわね」
「いえ、いいんですよ。助けていただいた恩返しです。それに今日から開業です、俺頑張りますよ」
「そうね、町に薬を届けに行った後、白花さんに薬屋をやってくれって言われたときは驚いたけど、その方が私も助かるのよね。前の仕事の習慣が抜けないのよ。職業病ね、これを治す薬は私も作れないわ」
そう、今日から胡桃さんは薬屋を開くのだ。でも町だと薬草が手に入りづらいため、この医者いらずの森に開くことにした。
事件を解決して二週間が過ぎた。胡桃さんは薬屋開業のためにずっと薬を作っていた。胡桃さんはどうやら前にいた世界で、延々と薬を作っていたらしい。そのせいか薬の研究をしていないと落ち着かないそうだ。
それも仕方ないか。だって、俺を除く胡桃さん、凪さん、美良さんは元々、戦争の絶えない世界にいたと聞いた。
三人の関係はシンプル。胡桃さんはその世界で天才薬師として有名で、凪さんの軍で働いていたらしい。凪さんは軍のトップの三兄妹の末っ子。
美良さんはその軍に所属していたのだけど、臆病な性格がたたり、落ちこぼれと呼ばれクビになりかけたところを胡桃さんに拾われたらしい。
三人はこの世界に逃げてきた。いや、正確には逃げたらこの世界だった。白花さんにお詫びをしに行ったときに聞いたのだけれど、この世界は必要な「モノ」しか来ることができないらしい。きっとこの世界、カナンが胡桃さん達の作る薬を必要としていたのだろう。
で、三人はなぜ逃げてきたのか、戦争に反対だったかららしい。もちろん戦争が正当化された世界で反対なんかすれば殺される、しかも凪さんは軍のトップの末っ子、そんな地位の人が反対なんて許されない。だから逃げてきた。
胡桃さんは自分の作った薬が、戦争に巻き込まれた人達に使われず、兵士だけに使われていたことをよく思っていなかったそうだ。
美良さんは一人が嫌だったため、後からこっそりついていったらしい。2人に比べると動機は不純であるが、確かに1人は寂しいからな。
凪さんと胡桃さんは、逃げている途中で光を見たらしい。その光の美しさに手を伸ばす、そうしたら落ちる感覚があり、次の瞬間にはカナンにいたらしい。
「おはよう、今日の朝ご飯なに?」
美良さんが起きてきた、寝癖で長い髪が大変な事になっている。
「あら、主人より遅く起きるなんて随分とのんきね」
「あ、胡桃さん…えっと…その、おはようございます」
「ええ、おはよう」
胡桃さんが笑顔で美良さんにそう言う、厳しそうにはするがやはり胡桃さんは優しい人だ。
「凪はまだ起きてないの?」
「ええ、昨日の夜眠れなかったそうです。開業が楽しみだって」
「あらあら、凪さんも可愛いところあるんですね〜」
美良さんがふざけて言うと「うるさいわね、いいでしょ別に」
と、凪さんが起きてきてそう言った。案の定、美良さんはおどおどしながらすみません、と言う。
あぁ、いつもの光景だ。俺が前の世界にいたときは能力者は俺一人で、友達はいたけど仲間はいなかった。二週間この世界で過ごして思ったのは、能力者がたくさんいるということ。だから能力を隠さずに生きていける。
俺はこの世界が好きだ、カナンが好きだ。
これも聞いた話だけど、この世界が一番幸せと希望を与えてくれるらしい。まったくその通りだと思う、俺はこの世界になら命を懸けてもいい。
「それじゃあみんな起きたことですし、朝ご飯にしましょう。美良さん、食べ終わったらまたよろしくお願いします」
俺は白花さんと戦ってから力をつけようと思い、毎日美良さんに戦闘の基本を教えてもらっている。落ちこぼれだったとはいえ、凪さんの軍はエリートの集まり、美良さんは相当強い。
「うん、わかった。でも今日は少しだけね、お店もあるんだから」
「そうですね。みなさんを守れる程度にはなりましたから。後はコツコツ能力の精度を上げるつもりです」
俺はあの時に比べるとかなり力をつけた。みんなが危険な目にあわないように、そしてあわよくばこの世界を守るために。
「それにしてもシオン、あなた本当に普通の人間?能力だって使えるし、一番信じられないのが…」
「三ヶ月弱しか生きてないってことでしょ?別にいいんじゃない?いろんな世界があるんだから、実はよくあることなんじゃないの?」
と美良さんが言うのを遮り凪さんがそう言った、凪さんは結構ざっくりしている。
「実は俺もよくわからないんですよね。気がついたらニホンってところのナラシティでぼーっと立ってたんです」
本当に不思議だと思う、俺はどう見ても高校生くらいの背格好なのに、そこから今日までの記憶しかない。病院で調べてもらったが記憶喪失ではないそうだ。
「さあさあ、無駄口叩いてないでさっさと食べて。開店するわよ」
胡桃さんにそう言われ、みんな急いで朝ご飯を食べる。
「そういえばお店の名前どうするの?まさか薬局胡桃なんて名前じゃないわよね?」
凪さんが言う、さすがにそれはないだろう。
すると胡桃さんは、いいわねそうしましょうか、と言った。えっとまぁ、胡桃さんがいいのならそれでいいけど…さすがに格好悪い。
「み…美良さんは何かいい名前思いつきませんか?
と、俺は美良さんに助けを求める。
「そ…草花ってどう?くさはなって書いて草花、実際薬は草とか花とかで作ってるから」
おぉ、美良さんセンスがいいかも。薬局胡桃よりすごくいい。
「うーん、じゃあそうしましょうか。『薬局胡桃』いいと思ったんだけどな」
胡桃さんが言う。この人は本気なのか冗談なのかよくわからない時がある。
まあいいか、軽く能力の練習したら俺も店番をしょう。
さあ、薬屋「草花」開店だ。