エリスとシオン
エリュシオン〜〜10年前〜〜
「何してんのさエリス、ぼーっとしちゃってさ」
「シオン…何って世界を見ているの、あなたも少しは管理者としての自覚を持ちなさい」
雲の上のようなふわふわとした空間、俺とエリスは生まれてからずっとここにいる。ここで世界を見守る、それが管理者の仕事だ。
大きめの泡にエリュシオンの様々な場所が映っている。それをぼーっと眺めているエリスが心配だった、それを割ってしまわないかと。
「はいはい、あの娘の事で寂しがってるのかと思って声かけたのに、説教されるとはね」
「だってあの娘は10歳、心配せずにいられないわよ」
はぁ…あの娘と喧嘩別れして1週間、エリスは無気力になっている気がする。俺も気丈に振る舞ってはいるけど、エリスと同じなんだからな。
「まぁ気にするな、あいつ言ってただろ、5年したら帰ってくるって。それまで待ってみろよ、成長した姿を見てやろうぜ」
「シオン……うん、それもそうよね、ありがとう」
「どういたしまして」
エリュシオン〜〜5年前〜〜
「約束の5年は経った、でも帰ってこない、どういう事なのよ…まさか向こうで何か…」
「落ち着け、きっとやり残した事でもあるんだよ。あいつがそんなに貧弱に思えるか? 自分の娘の事くらい信じてやれよ」
「だって…」
「だってじゃないだろ。ほら、世界を見てみろよ、みんな幸せそうだろ、優しさと愛で溢れている、それがエリュシオンだ。それを守り、作っているのは他の誰でもないエリスだ、お前にも幸せは必ず訪れるよ」
慰めでもなんでもない、実際にそう思っていたし、それがエリュシオンという世界の核だった。
聞いた話ではカナンという世界があるらしいが、希望と幸福の世界『カナン』、愛と優しさの世界『エリュシオン』と呼ばれているらしい。愛と優しさに恵まれるためにこの世界に来る者も少なくない、そいつらを受け入れているのもエリス、幸せになれないわけがない。
「うん……ありがとう、私ちょっとここから出てみようかな、あなた以外とも話をしたい、エリュシオンが好きか聞きたい」
「そうか、なら行ってこいよ」
エリュシオン〜〜最後の日〜〜
「シオン大変! この人見て…」
なんだなんだ、いきなり慌てだしてどうしたというのだ。泡を指差している、確かに泡には人が映っていた。
「なんだよこいつ……血まみれじゃないか、一体どんな転び方したらこんなになるんだよ」
「違う…違うのよ、右手…この人の右手、ナイフを持ってる…それでさっき人を…」
なんだって…、じゃあこの血は返り血なのか。でも信じられない、世界の記録上じゃ血なんてモノは怪我をした時しか確認されていない、それに殺人なんて前代未聞だ。なぜこんな事が…。
「異端者…」
「異端者? つまりなんだ、何かの手違いでエリュシオンが危険思想のある外界人でも入れてしまったのか?」
「違うわ、この人は私のしっている人、今までは普通だった、優しい人だった」
だったら何が……急に危険思想を抱くようになったとでも? そんなわけはない、エリュシオンが愛と優しさ以外を受け入れるわけがない。
「きゃっ! ま、また1人……」
……くそっ!
「行ってくる、あいつを止めに行ってくるからここで待ってろ、前に泡で見ただけだが…刀くらい使える」
「で、でも…」
「このままじゃ世界中が血を見てパニックになる、早めの解決が1番だ」
「ぐっ……なんだよこれ…、震えが止まらない…」
人を殺めてしまった、自分のこの手で…この真っ赤な手で…。怖い、なんだってこんな事が起きたんだ。人ってこんなに簡単に死ぬのかよ、普通の生活をすれば120年は生きられるのに、こいつはその6分の1でその生涯を終えた。俺が終わらせた。
……早く埋めないと、死体なんて物が見つかればパニックどころじゃない。
「チッ…なんで、なんでこんな事が…」
さっきから同じ事ばかり言っている気がする、言葉なんて考えられなかった、それほどショックだったしまだ手は震えている、トラウマものだ。
3人の死体を埋める、とにかく今はこれで落ち着くはずだ、エリスの元に戻らないと。
「おかえりシオン…大丈夫なの?」
「大丈夫、まだ震えが止まってないけど、心配するなよ。あの娘が帰ってくるまでこの世界で事件なんて起こさせやしないさ」
未だに帰ってこない俺たちの娘はどこで何をしているのだろう、他の世界を見たいと言って飛び出した自分勝手な子供が、今頃はしっかりとした大人になってるんだろうな。
「はぁ……はぁ……」
「本当に大丈夫なの? 息が荒いし、冷や汗かいてる」
「大丈夫だって、それよりエリュシオンの様子はどうなんだよ、いつも通り……‼︎」
「えっ……? 何よ…これ…」
世界を映す泡の中、そこは一面が赤色に染まっている。泡自体が赤色なのではと錯覚するくらいの惨状だ。
そんな、人が人を……何が起こってるんだよ…この平和で優しいエリュシオンに何が起こってるんだよ!
「ぐっ…! うぅ………‼︎」
「シオン! シオンどうしたのよ!」
はぁ……はぁ…く、苦しい…心の中に何かが浮かんで…なんだこの感情は、理解不能…今まで感じた事のない暗さがある…。
いや…俺の事はいい、世界は…世界はなんでこうなったんだ、血が見つかったのか? いや、しっかり埋めたし誰にも見られていない、だったらなぜ……ぐっ……!
「シオン!」
「……大丈夫…じゃないか、わけがわかんねぇ…苦しいんだ、エリュシオンで苦しいなんて感じた事もなかった、痛さも何もなかった、そうか……これが苦しみなんだ、痛みなんだ…」
「シオン…」
エリス……そんな目で見るな、俺まで辛くなる。
「…見たくない」
エリス…?
「私、もう見たくない、こんな惨劇なんて…私は平気、おかしくなんてない」
「お前…」
「世界を消す、そして私が取り込む」
消す……なんでだろう、物騒な言葉なのに今はそう感じない。人を殺めたからか、それとも世界がこんな状況だからか、どちらにしろその言葉を聞いて心地よくなった自分が信じられなかった。
「この世界は……エリュシオンは私の中で生き続ける、この黒を白にしてみせる。私は決して黒になんて染まらないから…」
「自分がそんなに強い白だって言うのか、図々しいやつだな。……エル、俺も一緒に連れてってくれよ」
「その名前で呼ばれたの、いつ以来かしら」
手を握る、いつ以来だったかな、あいつが生まれてから手なんて握った事なかった。帰る場所…無くなったな、ごめんよ…
「ごめんね…」
エリスがゆっくりと泡に触れる…
ぱちんっ…




