優しさに呪われて
夜も更けてきた、もうすぐ丑三つ時。普段なら寝ているこの時間、森の中はさっきとは打って変わって静か、散歩するにはいいかも。次に来た時は薬草を採って帰ろうかしら。
ふふっ、そんなのんきなことを考えられるのもモエミのおかげかしら。あの時、あいつに捕まっていたら、きっと毒薬の実験台にされたに違いないわ。
そんなのはごめんよ。まだまだ私は若い、やりたいことだっていっぱいあるもの。できるのならば…私はこの世界を閉じたい。誰も来られないように、それが私の夢。我ながら酷い夢だと思う。
はぁ…もう体もボロボロ、早く帰ってお風呂はいって寝たい。…っと、
「見つけた、ずいぶん大きい屋敷ね…」
うちも有名な家だけあってかなり広いはずなのだけれど…比べてしまうとうちの負けだわ。と、ともかく入ってみないと…
「罠なんてないわよね…」
私が外道と戦っている間に戻った彼女が罠をいくらでも仕掛けられるはず。どうしよう、慎重に行った方がいいかしら、それとも突撃するのか、迷うわ。
「どうしたの?怪我してるじゃない。早く入りなさい」
「うわっ⁉︎びっくりした…」
背後からいきなり声が聞こえてきた。3人、その中には臆病少女もいた。
なんなのよ、ここの連中はみんな人を脅かすのが趣味なの?
違う違う、そうじゃない。私はやや遅れて戦闘態勢をとる。
「来るなら来なさい!3人まとめて…」
もう力は残ってないけど…女の人なら何とかなるはず…
「そうじゃないでしょう?早く入りなさい、手当てしてあげるから」
なっ…手当て?いや、きっと騙すつもりだわ。
「うるさい!そう言って騙すつもりでしょう?早くかかってきなさいよ!」
3人の中の1人、落ち着いた大人の女性に言う。
「さっきのあなたも、そこのあなたも、早く来なさ…」
「無理しないで。うちの胡桃の腕は私が保証するから」
…大人しそうな子、もちろん断らせてもらうわ。
「………分かった、ありがとう」
なっ…⁉︎なんで?今、私は断るって言おうと…
でも実際に私は、わかったって言った、ありがとうって言った。なんで、ついさっきまで悪の権化と思っていたこの人達に今、私は心を開いている。
「そう、じゃあ中へどうぞ」
私は促されるまま屋敷へ入ってく。
「すごい、さっきまで痛かったのにもう痛くない」
彼女が用意してくれたのは塗り薬、これがすごい薬であっという間に傷が治った。しかも傷跡も残ってない。
「当たり前よ。私が作った薬だもの。それで、そんな事があったのね」
私は手当てをしてもらっている間に今回の事件のことを話した。どうやら犯人はこの人達ではないらしい。
あなた達のことを疑っていた、と言うと彼女は笑顔で許してくれた。
なるほど、この人が胡桃さん…知的で、落ち着きがあって、大人の女性とは、こんな素敵な人のことを指すのね。年上を主張するモエミが茶番のように感じるわ。
ん?待てよ、いやいや違う違う、私はこの人達を倒しに来たのよ。でもなんで、不思議とさっきのおとなしそうな少女を見てから戦意を失った。彼女の能力なのかしら。
「それにしてもごめんなさいね。うちの美良が勘違いしたせいでこんな目にあわせちゃって」
美良、臆病少女のことか。彼女の方を見ると、小さな声で、ごめんなさい、と言った。
「いや、私がいけないんです。えっと…胡桃さん?事情も聞かずに犯人扱いしちゃって、本当にごめんなさい」
「いいのよ、気にしないで」
本当に素敵な人だ。あいつ…シオンだったか、彼がこの人を侮辱されて怒る気持ちが今ならよくわかる。
ここで私は本題を切り出す、もうこの人達の事は疑っていないがどうしても気になった。
「それで毒草は何に使うんですか?ずいぶんと多く採ってましたけど」
「ええ、あなたの追っている事件を解決するために使うのよ」
毒草をですか、と聞く。
「ええそうよ。毒草も元々は薬草、使い方さえ間違えなければ、立派な薬になるのよ」
胡桃さんは薬草に詳しくない私にそう説明してくれた。なるほど、知らなかった。
「ということは町の事件は病気なんですか」
「そう、私達がこちらの世界に逃げてきた時、ふらっと町へ行ってみたのよ。そうしたら野香ってお野菜を売ってる店で毒性のある花が売られてたんだもの。本当にびっくりしたわ。その花には毒がある、って言ってもそれだったら売られてるわけがない、って誰も信じてくれなかったの。だからこの森で薬を作っていたってわけ」
なるほど、じゃあシオンの言っていた俺には関係ないけどみんなの為に毒草を摘んでいる、というのは正しかったのね。
悪い事をした、今度謝っておこう。生きていたら、だけど。
でもあいつもあいつよ、紛らわしい事ばっかり…
「じゃあ町に薬を?」
「ええ、今から作るわ。あなたの話に出てきた風ちゃんのためにも急がないと。悪いけど手伝ってくれないかしら?さすがに今から大量に作るとなると骨が折れるの」
「もちろんです、私のせいで遅れたんですから手伝わなきゃ申し訳ないです」
昼頃になれば花を食べた人達に薬が行き渡るだろう。こんな素敵な人達を犯人に仕立て上げたモエミには帰ってからお灸を据えてやろう。
そんなことを考えながら、私は薬作りを手伝った。
一瞬だった。いきなり後ろに誰かが現れたことに気づいた時には、もう体を貫かれていた。痛みはない、ただものすごく傷口が熱い。
俺が戦っていたお姉さん、彼女は今、女性と話している。俺は蚊帳の外だ。さっきまで戦っていたのに、もう俺のことを忘れているようだ。
体が動かない。俺、死ぬのかな。短い人生だったな。菫さん達、俺が急に居なくなって心配してないかな。
いや、それよりも胡桃さん達が助けてくれた恩返しをできなかったな。ごめんなさい、胡桃さん、凪さん、美良さん。
目が霞んできた。俺は目を閉じて死を待つことにする。
「この子がどうしたの望永実?もう死にかけじゃない」
「ええ、ちょっとね。頼みがあるのよ」
「でしょうね。そうじゃなきゃ、いきなり私をこんなところに連れてこないものね」
「いいじゃない。どうせ暇してたんでしょう?」
「余計なお世話よ。で、何をすればいいの」
「この子に呪いをかけてほしいのよ」
「呪い?それはいいけど、なんでまた?」
「この子、悪い子ではないの。でも危険な過去を持っている」
「へぇ?それって何よ、教えてちょうだいよ」
「それはダメ、教えられない。理由は聞かずに一ヶ月、一ヶ月だけこの子をカナンで暮らさせたいの」
「ふうん、よくわからないけど気が進まないわね。やっぱり理由とやらを聞かせてよ。」
「駄目、教えたらあなたは、この子をこの場で殺してしまうかもしれない。それはかわいそうだから。お願い、長年の付き合いでしょ?」
「わかったわよ。望永実の我儘は今に始まった事じゃないものね」
「ありがとう、ゆり」
なんだろう、傷口が熱くない。痛みも引いていく。それだけじゃない、俺の体を貫いていた光の槍が傷口から体の内側に入ってくる、しかし痛みはない。
光の槍が完全に体の中に入った時、俺は再び気を失った。
「久しぶり、そしてさようなら。会えて嬉しかったわ。あなたのあの時の行動、間違ってはなかった。でもそれは、どんな罪よりも重いの。一ヶ月、カナンを楽しんでね」