空間の裂け目
平和ね、毎日のように言ってるけど、こんな日々が続けばいいのに。でもなんか体がほんの少し重い気がする、風邪でもひいたかしら…
いつものようにお茶を飲む。冬も近くなって、さらにお茶が美味しくなったと思う。先週は急に来たシオンの所為で気分が悪かったけど、あんな事言ってたんですもの、さすがに来ないわよね。
来ないわよね、シオンは。だからって代わりに来なくていいのに…
「で、今日は何の用なのよ?」
「もちろんお仕事を持ってきたのよ。今回は多少厄介な仕事になると思うけど…」
またなの、毎回モエミの持ってくる仕事はめんどくさいか厄介か、もしくはその二拍子揃っているか。なんにしろやりたくないわ。
「ま、話だけは聞いてあげるわよ。どんな事件?」
「聞くだけじゃなくてちゃんと仕事してね。…コホン、私も知っているのは噂だけなんですけど、『空間の裂け目』っていうのがカナンに生まれたの」
は? 何よその『空間の裂け目』って、なんだか漫画みたいな話ね。
「で? その『空間の裂け目』がどうしたのよ、何か問題でもあるのかしら? 生まれたって言ったわよね、という事は自然物でしょ、よく知らないけど問題ないんじゃない?」
「ええ…まぁそう思うでしょうね。調べたらわかるのだけど、空間の裂け目が表すもの…『最悪の災厄』、世界の終末」
………へ、へーそうなんだ。知らなかったわ、と、という事は私もこれ以上仕事をしなくてすむのね…は、ははは…万々歳だわ。
「……あえて何も言わないわ、今回は大真面目だから。いざとなれば私もやる、それだけ重大なことなの。戦いは嫌いでも死にたくはないでしょう、私も白花ちゃんを死なせたくはない」
「……何をすればいいの…」
「えっ…?」
ったく、2度も言わせないでよ恥ずかしい。
「だから、何をすればいいのかって聞いたの。あんたがここにその話を持ってきたって事は、解決策があるって事でしょ。だったらそれを早く教えなさいよ」
あーあ、柄でもない事言っちゃったわ、馬鹿にされる、絶対に馬鹿にされる。そんな事言うなら今までをちゃんとしろって言われる。
「ありがとう、うれしい」
「…っ!ふ、ふん、モエミからそんな言葉が出るとは思わなかったわ」
はぁ…やっぱり今でも私にとって母親なのね、シオンの時にそれを実感して、昔の事とか思い出しちゃったし。
何考えてんだか、私らしくもない。
「じゃあまずは説明しないとね、空間の裂け目っていうのは世界にかかるストレス…負荷によって生まれるの。その負荷を取り除けば万事解決なんだけど、それを見つけるのが難しいの。とりあえずは裂け目を探す事から始まるわね」
なるほど、場所探しからね、だったら戦闘なんてないじゃない。こういう仕事ばかりなら私だってやる気でるわよ。
「じゃあ早速探しに行くけど…おおよその見当とかついてないの?」
「ええ、ごめんなさいね。でもそんなに見つけにくい場所にはないわよ、噂になるくらいだから。見つけやすいわけでもなく、見つけにくいわけでもない、そういった場所にあると思うわ」
何よそれ、見つけやすいわけでも見つけにくいわけでもない場所? どこにあるのよそんな場所、長年カナンにいるけど覚えがないわ。
「まあいいわ、時間がないんでしょう? なんとかするわよ」
「分かったわ、私も色々と見て回るから」
はいはい、頼りにしてますよ。じゃあこの前行った山でも見てきましょうかしらね。
いつもより飛ばして空へ向かった。なんとなくだけど、私には今回も戦いがありそうに思えた。
「………まさかとは思うけど、あと人が作ったんじゃ……いいえ、そんな事ないわね。だって前に会った時はすでに中に存在を感じられなかったもの……」
「怖い、怖い怖い怖い!」
「何が怖いの? やっぱりシオンおかしいよ、精神安定剤でも飲む?」
怖い怖い怖い…え、精神安定剤? そんなの役に立たないよ。しかしなんでこんな事に……しかも範囲が半端じゃない、わけがわからない。
「世界が……」
「え? 世界がどうしたの?」
「世界が手に取るように分かる! なんで…なんでなんで、世界の全人口、地形、植物、水や風の動き、全部が分かる! 一体何が起こってるっていうんだ……」
「………胡桃さん、精神安定剤ありますか?」
だから違うって、ドMっていった仕返しか? そんな事はいいから、怖いんだよ。人が今何をしているかすら分かる、まるで脳に直接語りかけてくるみたいだ。
「分かる……分かるんだよ…」
「だから何が?」
「美良さんは感じないの? 昔取った杵柄とは違うけど、今この世界には異変が起こってる…」
「分からないよ、具体的にどうなってるの?」
だから…! ……そうか、100と100.1じゃあ変わらないもんな。俺は使っていたから分かるけど、他の人には何も感じられないんだ。
「1.01倍、カナンにかかる重力が1.01倍になってるんだ。こんなの自然に起こるわけがない、誰かが意図的に世界に負荷を与えているんだ…」
「すごいね…そんなのがわかるって、でも気のせいじゃないの? 風邪でもひいてるんじゃない?」
違う、風邪なんてひいてない、むしろ絶好調だ。なんだか嫌な予感がする、まさか俺の能力を奪ったあいつが生きているんじゃ……だとしたら大変な事になる、早くなんとかしないと…!
「ちょっと出かけます、夜までには帰るので…」
「だめ、今日は寝てなさい。風邪ひいてるんだから」
「だから元気だって、急がないと…急がないと大変な事が…!」
「はいはい、わかったから。沙奈ちゃん、手伝って」
俺は2人に無理やり布団に放り込まれた。




