馬鹿だな私
恨みっこなしの真剣勝負、チャンスは一回ぽっきり。そういうルールになった。
ここでおれは、1分も経たないうちに人間として最低な事をする。
「おれはパーを出す」
「いいの?そんなこと言っちゃって?」
じゃんけん、橙華さんとやった時は全戦全敗だったけど…そのあと教えてもらったこの作戦なら勝てるはず、だと思う。
ふふふ…白花さんには悪いけど、勝たなくちゃならない。つづみさんに感謝すべきか…いや、未来を見ただけなら感謝する必要なんてないか。
さて、と。おれの中の白花さんは大事な勝負になると結構熱くなるタイプ。おそらく自分の運命を変える為に必死に脳を稼働させるだろう。だが関係ない、勝てる!確率は90パーセント!
「ほら露世様…見てくださいよあの少年少女の目を、完全に狩るものの目ですよ…」
「………怖いね……」
「はっはっはっ!やっぱりあの子たち面白いよ!」
静かにしてくれないかなぁ、こちとら自分の運命背負ってんのに。
「最初はグー!」
自然と気持ちが落ち着く、作戦の所為だろうか。白花さんは真剣だ、なんだかこんな作戦を使うのが申し訳ない気がしてきたけどそんな事は関係ない。勝つためなら汚い手はいくらでも使う、それがおれのやり方…
「ジャンケン…」
「あっ!」
声を張り上げ、空を指差す。我ながら汚い…
「えっ…?」
「ポンッ!」
空に気を取られた白花さんはグーの状態から動いていない、そして宣言通りおれはパーを出した。
「うっし!勝ったぞ!」
「ちょっと!今のはダメでしょ!無効よ無効、もう一回しなさい!」
「チャンスは一回って最初に決めたけど?とにかく勝ちは勝ち!」
なんでよー、と白花さんが泣きそうな声で言っている。さすがに汚すぎたか…いやいや、おれの願いのためだ、止むを得ない。
「勝負はついたの?じゃあ始めましょうか!」
さっきまでうるさいと思っていた人が神様のように見えるから不思議だ、人間って都合で人を見るのかな。…おれだけか。
「じゃあ、おれの願いは…」
「おっと言わなくていい!私には分かってるから…大丈夫、心配しないで任せときなさい!『我に不可能無し』!」
ちょっ…大丈夫なのかな、でも願いを叶える能力を持ってるんだ、おれの願いくらいお見通しなんだろう。露世さんが能力を叫んだ事がなぜかおれを安心させている。
夢にまで見た、優しいあの人を。これで美良さんが…
……………………
「よし!これで君の願いは叶った!おめでとう!」
叶った…のか?それならいいんだけど肝心の美良さんはどこに…
「あのー、で美良さんは?」
「ん?誰それ?」
「誰って…おれの願いで生き返らせてもらった人だよ」
「えっ⁉︎確かに人を生き返らせたけど、生き返らせたのは君だよ?」
「……はぁ⁉︎」
なんだって…おれを生き返らせた?確かにおれは不死で死んだも同じ…えっ、て事はつまり…おれは不死じゃなくなった?
こ、これは喜んでいいのか…確かに不死は厄介だったけど…それじゃあ美良さんは…!
「それじゃあ美良さんはどうなるんだよ!おれの願いは美良さんを生き返らせたいって事なのに!」
「えっ⁉︎えーっと…ご、ごめんごめん!それなら先に言ってよーもー」
「だからおれは先に!……いや、大丈夫、ありがとう…」
ダメだ、期待したおれが馬鹿だった。所詮うるさい人だったんだ…
力が抜ける、あーでもこれで死ねるのか、だったらもうそれでいいや。
「ふん…私を騙した罰よ、いい気味ね」
あぁそうですよ、なんとでも言ったらいい。おれの今までの悪行が祟ったんだよ。
「あー、うん。じゃあ次に君の願いだけど…今度は先に聞くよ。何がいい?」
え?露世さんは白花さんに何を言ってるんだ、だって願いが叶うのは…
「えっ…私?だって願いが叶うのは1人だけなんじゃ?」
「誰がそんな事言ったのさ、願いが叶うのは1人、1つだって言ったじゃないか!」
「露世様、1人、1つと仰るからいけないのです。1人1つ、区切ると区切らないでは意味が違いますぞ」
「………ほんとうだよ……」
嘘だろ…じゃあさっきのジャンケンはなんだったんだよ、見てないで教えてくれればよかったのに。
「いやー、順番決めてるのかと思ったよ!あはは!」
「………えっと…じ、じゃあ私の願いは…」
あぁもういいよ、白花さんだけ願いを叶えて戦いのない生活になれば。はぁ…ふて寝しよう、泥のように眠ろう。
「我に不可能無し!」
はいはい、ふて寝の邪魔しないで。白花さんは無事願いを叶えて戦いのない生活がこれから始まるんだろうな。あぁ…地面が冷たい…
「シオン、シオン!シオン起きて!」
おれを呼ぶ声、誰だろう。白花さん…の声じゃないな。3人組の誰かの声でもない…でもこの声、どこかで聞いた事がある気がする。懐かしい感じ、最近聞いてなかったけど、昔はずっと聞いていた。
ゆっくりと起き上がる、希望が確信に変わっていた。信じられないけど…間違いない、この声は…
「シオン早く!知らない人がいっぱいいる…」
「やっぱり、やっぱり美良さんだ…」
なんで、より先に涙が出る。もしかしておれが生き返ったってのは嘘で、本当はおれを騙すためにみんながやっていた事なのかも。
「美良さんごめんね、俺の所為で…俺の所為で大変な目に合わせて…」
「う、うん…なんかシオン変だよ?それはいいから、知らない人が…」
あぁもうなんでもいいや、目の前に美良さんがいる、それ以上の幸福はない。露世さんありがとう、おれの運命は変わったよ。
「ふん…馬鹿ね、………馬鹿は私か。つづみさん、私の運命は変わらなかったわよ」
「ふーう、今日も楽しかったー!やっぱりみんなでカナンに来てよかったよ!これ以上の願いは他にないね!」
「確かにそうですが…むやみに人の願いを叶えるものではありませんぞ。何があるか、先が見えぬのですから…」
「………そうだよ……」
「いやーごめんごめん!でもさー、今日はお説教は勘弁ね、さすがに3人も生き返らせたら疲れるよ!」
「えっ……3人…?」
「………2人でしょ……」
「いやいや3人だよ、あの心音って少年と、美良って少女と、………あれ?2人?いやでも確かにもう1人……え?」
「何を仰ってるのか分かりませぬが…またまずい事をしたのでは…」
「………ぼくしらない……」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
実は、本当なら白花はここで戦いのない生活を手に入れていました。しかし、心音という存在がその運命を変えた、という感じです。
そして心音、この人の運命も変わりましたが美良のことではありません。それはまた別のお話…
これにて第5章完結です。あの3人は、また活躍する機会がありますので…




