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世界に捧ぐ幻想花  作者: にぼし
第5章 『変わったね』と言われたくて
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ある世界のお話

 ある1つの世界があった、その世界は食べ物もまともに食べられない家が10あれば9あった。そんな世界で生まれた子供たち、彼らは生活費を稼ぐ為に、朝から晩まで働いた…

 ある1人の子供が親元から離れて生活していた、住み込みで働いて給料は全部家に送っていた。その生活はひどいものだった。

「おい流果るか!なにをチンタラしてんだ、掃除は済んだのか?」

「すみません…まだです…」

「だったら口より手を動かせ間抜け!」

「はいっ!すみま……はい…」

 こんな子供たちが何十万といた。その子は35歳からその倍の70歳まで、生きた心地がしなかった。

 その子の場合は、罰として薄い毒を吸わされた事もあった、カビたパンを食べさせられた事もあった。

 なんで、なんでぼくがこんな目に会わなくちゃいけないんだ。ぼくが何をしたっていうんだ、でも……でもぼくくらいの歳の子はみんな働いているんだ、だったらそれを受け入れるしか……少年がそう思っていた時…

「その必要はありません…」

「…お姉さん、誰?」

 毎日ほんの少しだけ与えてくれた休憩の時間、その子は1人の女の人に出会った。綿茂わたも つづみ、その人はそう名乗った。

「貴方は、ここの家で働いているのですか?」

 その人は女神のような優しい声で子供に話しかけてきたんだ。その子は少しばかり見惚れていた、汚い性格の人しか見ていなかったとはいえ、あまりに美しすぎた。

「え…ええまぁ、お姉さんは?」

「私はね、旅をしています。貴方のような子供が勉学に励む事もできず、自由さえ与えられない、そんなこの世界を変えたい、そのための旅です」

 その子は最初、いきなり何を言っているんだ、って思った。しかし、その人の顔は光に満ち溢れていた、その人の声は希望に満ち溢れていた。少年はその人に惹かれた、その人の蝶のような柔らかな雰囲気に惹かれた。

「大丈夫、声が聞こえるから。この声を伝えるから…」

 そう言うと彼女は再び歩き出す。どこへ行くの?と聞いた、この街を歩き回るそうだ。何かを伝えながら…


 そしてある日、その子は信じられない体験をした。

その女の人の言った言葉通り、町中に伝えられた言葉でその子は…いや、その地域そのものが苦しい生活から一瞬で抜け出せた。

 それを知ったのは後の事だ、その子は働く必要が無くなり、家に帰った。するとそこには、家族全員がいて、温かい食事と暖かい衣服があった。

 その子は一体何があったのかを母に訊ねた。すると母は…

「声が聞こえてきた、優しい…女神様のような声が」

 それだけだった。でもその子には理解できたんだ、つづみ様がやったんだ、と。

 ぼくの住んでいる地域は変わったんだ。もう子供たちが働く必要はない、そんな場所に…

 何日かして、その子は再び女神に会った。そこで1つの質問をする。

「つづみ様、一体何をしたのですか?たった数日でこんな事に…」

「私は何もしていません、すべては神の声の導き、私はそれをこの世界に伝えただけなのです」

「神の……声……」

 おかしな事とは思わなかった、その子にとってはつづみが神様だったんだから。

 その子は決意した、つづみについて行こうと、この人に自分の一生を捧げようと。

 つづみはそれを受け入れてくれた、そして2人は旅に出た、世界を変える旅に。


 その子の住んでいる地域が変わっても、世界そのものは変わらない。2人は世界中を歩いて旅した。雨の降る日も、雪の降る日も、苦しい時も、辛い時も。2人は歩き続けた、そして言葉を届け続けた。

 世界はどんどん変わっていった、言葉が世界中を包んでいった。世界の半分以上を歩き、ほとんどの家が幸せに暮らせるようになった。

 あと少し、あと少しでこの世界は変わるんだ。


 そんな時だった……

「綿茂 つづみ…だな?」

 旅をしている2人の前に1人の男が現れた。その男はキラキラとした服を着て、少し小太りのいかにも嫌な性格をしていそうな顔のやつだった。

「ええ、綿茂 つづみは私ですが…」

「そうか、ではお前を拘束する」

 男がそう言うと、辺りから兵士のような人たちが大量に出てきた。無駄に100人はいるであろうその兵士は、あっという間に子供とつづみを縄で縛り、2人を牢獄へと連れて行った。

 その子は思った、なぜつづみ様が捕まらなければならないんだ、つづみ様は世界を幸せにしようとした偉大な方、そんな人がなぜ…と。

 その子は考えた、つづみ様は無事なのか、今何をしているのか、この牢獄を脱出する方法はないか、脱出してつづみ様を助けるんだ…と。

 だが、脱獄は不可能、看守に聞いても何も教えてくれない。くれるものは、昔食べていたような固いパンだけ。その子は泣いた、一日中泣いた。

 次の日、その子は解放された。しかし、そこにつづみはいなかった。

「つづみ様は…つづみ様はどこにいるの…」

 その子は留置所の近くの町で、その事を聞いてまわった。しかし誰も知らない、その子はそこである1つの事を知った。

 その子がさっきまで留置所と思っていた建物は城、その世界で1番の金持ちが建てた城だそうだ。そしてその近くの町は城下町であった。

 その子は家に戻ることもできず、城下町で暮らす事にした。いつか城から出てくるであろう、つづみを待つために。

 しかしその城下町は、その子にとって昔の生活を繰り返す場所であった。

 再び奴隷のような生活、固いパンだけを食べ、朝から晩までの労働、泣かない日はなかった。

「懐かしいなぁ……そうだよ、そうだった。確かこんな時につづみ様に出会ったんだよなぁ……は…ははっ……」

 苦しい生活、それが1ヶ月過ぎた時、その子が働いていた家の主人の独り言を聞いた。

「まったく…あの小僧もバカだよなぁ、帰っても来ない女のために苦しい思いして待つなんてよ。あんなやつ、もう既に死んでんのによ…」

「…⁉︎」

 それを聞いた子は黙ってはいなかった、すぐさま主人に詳しい事を聞こうとする。

 その子は主人に怪我をさせた、箒で殴り、無理やり話をさせた。男はたまらず話し出す…

「その女はな…お前を牢獄から出す事と引き換えに自らの命を絶った。いや、絶たされた。城の兵士に殺されたよ、城の王がよ…私の世界だ、私以外が幸福であってはならない、他のものは貧乏な生活を送ればいい…ってな」

「………つづみ………様が…………なんで、なんでぼくなんかのために……」

 その子は城へ行った、せめてつづみの墓参りをしたかった。しかし、つづみの墓はなかった。なんでも死体が消えて無くなったらしい。

 その子はそんな世界に絶望した、つづみに会いたいと世界中を旅した、どこかにいると信じて。

 そして25年後、その子はその世界から姿を消した…

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