私の能力とシオンの能力
「なにしてるのマリ、魔法の勉強してるの?」
「ああ、私の能力を最大限活かすためには魔法しかないんだよな。私が能力を持っているって事は、一般人よりも魔力は多いはず。それに加えてこの能力だ、上級魔法を連発出来るぞ」
「ふーん…頑張るのね」
「そりゃそうだよ。せっかく能力があるんだ、有効的に使わなきゃな。ハクも召喚術か魔術か勉強したらどうだ?」
「嫌よ、だって私の能力は…」
昔の事を思い出していた、別に走馬灯ではない。体が動かないだけ、死にかけてなんていない。
私を能力で拘束している彼…シオンだったかしら、一体どんな能力を持っているんだろう。
見えない何かに締め付けられている、というより何かに押さえつけられている、という感覚だ。そういった感じの能力かしら?
「逃がさないってどういう事?」
私は空中で動きを封じられながら彼に聞く。知らない人が見れば異様な光景だ。だって変な格好でとめられているんだもの。
「そのままの意味です。あなたが胡桃さんに危害を加えようとしているのなら逃すわけにはいきません」
「へぇ、随分と強気ね。あなた達がした事について、何か私に言いたい事はないの?」
反省する気があるか、と遠回しに訊いてみる。
「何もないですよ。なぜそんな事を?」
「いや、ね?あんたの摘んでいるその花、それ毒草よね?」
「ええそうです。よくわかりましたね。胡桃さんに頼まれたんですよ」
会話が続くにつれ、少しずつ怒りが湧いてきた。丁寧な口調が、余計に私の神経を逆なでする。
自ら主人に頼まれ毒草を摘んでいる、と言った彼は無表情。一体何を考えてるんだ?しかし、その思考は怒りを超えて働く事はなかった。
「もういいわ、あんた達のその毒で、町の人がどれだけ苦しんでいるかわからないでしょうね」
「何ですかそれ?知りませんよ、そんな事。まあそのために毒草を摘んでいるのは間違いないですけど」
なっ…!もう切れた、何がって堪忍袋の緒が切れた。もう許せないし許さない、自分の罪を堂々と告白し、自分には関係ないですって?こんなクズは初めて、こいつを傷つけるのに罪悪感はないわ。
「いい加減にしなさい、綺麗な水にするにはろ過しなければいけない。カナンはお前みたいな害悪を嫌い、通さない。どうやってカナンに着いたかは知らないけど、今痛い目を見てもらうわ!」
無理に体を動かそうとする。やはり縛られてはいない、押さえつけられているだけだ。頑張れば少しだが動く。
ポケットを探る…あった。持ってきた何の変哲もない紙をくしゃくしゃに丸め、あいつに向かいそれを力一杯投げる。
当然紙を投げたくらいで奴は動じない、彼は自身の能力に集中している。それが命取りだ。
紙は彼の右肩に当たる、私の能力をかけられた紙がだ。
「痛っ⁉︎なんですかこの紙⁉︎」
よし、能力を解かれたわ、体が思うように動く。ふふっ、いい気味。それにしても間抜けね、紙を拾って眺めてるわ。
おそらく彼の予想の何百倍もの痛みが肩にかかっただろう。それはそうだ、今くしゃくしゃにして投げた紙は、私の手から離れる瞬間、鉄に変えておいた。
鉄に変えられた紙は、重さとくしゃくしゃにした時の小さな凹凸で、彼の右肩にかなりのダメージを負わせたはずだ。
「くっ、なんで紙がこんなに重いんですか…」
間抜けかこいつは、私が能力者という事に気がついていないのか。いや、もしかすると私を油断させる作戦かも…
「あんた、私と同じ能力者でしょ。これが私の能力…『変えられるなら』、触れた物の材質を変える。さあ、かかってきなさいよ。この紙であんたの首を貫いてあげるわ」
挑発と同時に、ある程度の大きさの紙を細身の剣のように丸める。外界の武器、レイピアだっただろうか、そんな感じだ。
「…俺、まだ能力うまく使えないんですよね。しかしなんでこんな事に…」
またふざけたことを、あんたが悪いんでしょう。
「何寝ぼけたこと言ってんの、あんた達が人の道を外れた事をしているからでしょ?さあ早く来なさいよっ!」
鉄に変えた紙を三枚ほど投げる。避けないと鉄の紙が包丁のように彼の体に刺さるだろう。
しかし、彼は避けなかった。
「なっ…!」
かなりのスピードで飛んでいた紙が、急に減速して地面に落ちた。間違いない、彼の能力だ、一体どうやって…
「わけがわかりませんね。みんなの為にやってる事の何が悪いんですか?」
彼がついに無表情をやめる。表情に怒りを浮かべ、私を見て言う。
「みんなの為?なぜ毒草を使って、町に混乱を与えることがみんなの為なの?あんたの主人は、相当頭がいかれているようね」
いかれた主人にはいかれた部下がいる、よくわかる例ね。
だがこれがまずかった。この言葉が、彼の逆鱗に触れたのだ。
「おいあんた…今、胡桃さんのことなんて言った?聞き間違いかな、いかれてるって聞こえたんですが?」
少しだけど彼の丁寧な口調が乱れている。明らかに怒っている。
でも私もイライラしている、その所為で売り言葉に買い言葉で話は進む。
「ええ、そう言ったのよ。何か間違ってるかしら?」
そうだ、毒で町に混乱を与えることがみんなの為なんて、頭のおかしなやつが考え付くことだ。
しかし、またしてもこの言葉が彼の怒りを掻き立てた。
「そうですか…じゃあ俺があなたを半殺しにしても文句はないですよね?あなたは俺の恩人を侮辱したんですから…『強く弱く、重く軽く』」
嘘…体が重い、立っているだけで疲れる。だいたい分かった、こいつの能力は重力だ。重力を操っているんだ。
「あなたにはとりあえず気絶してもらいます、胡桃さんの仕事が終わるまでは…」
そんなことはさせない。町の人たちにはなにかとお世話になっている。これはこの世界のためじゃない、町のみんなの為の仕事よ。
「じゃあ私も久しぶりに能力全開で行くわよ!覚悟しなさい、この腐れ外道!」
私の体はすでに動いていた。彼の能力で素早くは動けないけど、早くこいつを倒して親玉の元へ行かないと、もう一人の少女の摘んだ毒草で町がさらに大変なことになる。それは避けなければ。
さっき作った紙の剣でこの外道を突こうとする。
「遅いですよ、こっちは体が軽くて仕方ないですが」
この外道はなかなか素早い動きをする、ひょいひょい避けられてなかなか攻撃が当たらない。生身でこの動きはなかなかできない、こいつの能力以外に何か秘密があるのか。
考えながらも私は攻撃の手を休めない。
「どうしたのよ、攻撃してこないの?避けるだけじゃ私は倒せないわよ!」
挑発を混ぜつつ、隙を伺う。
「分かってますよそんなこと、ただ俺にはいい攻撃手段が無くてですね、こうも攻撃され続けると何もできないんですよ。しかしよく2倍の重力の中でこんなに素早く動けますね」
避けながらよくしゃべるわね、舌噛むわよ?でもそのおかげで確信に変わったわ。
やはり彼の能力は重力、自分から能力をばらすなんてとんだ間抜けだわ。それに対して、まだこいつは私の能力の全容を把握していない。圧倒的に私が有利だ。
「ええ、かなり無理しているわよ。そろそろ能力解除して死んでくれない?」
自分でもかなり物騒な事を言っていると思う、普段ならこんな事本心から言わない。
当然彼は嫌です、と答える。まあいい、どうせ勝つのは私だ。
「でも確かに攻撃しないとダメですよね、えっと…こうだったかな」
「ごちゃごちゃうるさいわよ、くらいなさい!」
私は油断して突撃する、彼がいい攻撃手段がないと言ったことと、完全に優勢だった為、攻撃が来ることはないと思っていた。
「それっ!」
彼の銃のように構えた指から、魔力で作られた弾がぴったり10発飛んでくる。魚を獲る網のように隙間と範囲が完璧だ、とっさの行動では避けられない。
(まず…っ!)