後ろめたい部分
「でもなんかおかしいよ、さっきとスピードが違う」
スピード…速度の事かしら。こいつもマリみたいに意味のわからない事を…
言われた通り暴力男を見てみる。
本当だ、さっきまでが走る速さとすれば、今のあいつは自転車だ。それくらい速度が違う。
「何か分かったのかしら、どうする?何を聞かれたか訊く?」
「別にいいんじゃない。見失ってもいけないし、何がしたいのかなんてやっつけた後に聞けばいい」
「そ、それは…そうね…」
私とシオンは再び空を飛び、どこかへ向かう歴史さんもとい、暴力男を追う。
そこでふと、ある考えが頭に浮かぶ。運動をしている時は脳が活性化するというのは本当なのだろか。
「でも本当にあの人は外界人なのかしら、もしかしたら違う、って可能性もいくらかあるわよ」
「まあそうだけど、その時は脅して自分は外界人だ、って言わせるさ。言わせる意味ないけど」
すごい、すごいキツイ事言ってる。シオンってこんなチンピラみたいだったかしら、なんにしろ言葉だけじゃない、性格も変わってる。
性格悪いかもしれないけど、私は人の後ろめたい部分が好きだ。何があったか聞きたい、でもマリが訊いた時は何もない、って言ってたし。…そうだ、
「ねえシオン、美良さん元気?今何してるかしら」
あくまで自然に、日常の会話の調子で聞く。美良さんに教えてもらおう、あの人なら絶対に知ってるはず。それと友達の件も頼んでみよう。
「美良さんはもういない、死んじゃったから」
「えっ…そ、そうなの…」
嘘でしょ、そんなあっさり言える?私には衝撃すぎて大声で驚いていいのやら、空気を読んで黙ってればいいのやらまったくわからない。
それにしてもいつの間に、確かに会う事はなかったけど町で話くらいは聞いたのに。
「………」
「………」
気まずい。なんだろうこの感じ、友達の飼い犬が亡くなったの知らないで、「そういえばポチは?」って聞いた時の気まずさそのものだわ。
そうか、美良さん死んじゃったんだ、あの人は第一印象だけだったけど結構好きだったし、仲良くしたかったのに。
「そっか、美良さん死んじゃったんだ」
言葉が浮かばなかったから、自分がこころで思った事をそのまま伝える。なんでいきなりそんな事を訊くのか、とか言われるかと思ったけど…シオン元気ない。色々とおかしかったのはこれが理由なのか?
「ごめんなさい、いきなり変な事聞いちゃって。今聞いたことは忘れるし…そうだ!今日は私も仕事するから、ね?元気出して!」
「仕事をするのは当たり前なんじゃ…それに変な事じゃないよ。死んだ人は人の心でしか生きられない、って言うでしょ?だったら覚えていてよ、おれは覚えているから」
なんか、この言葉は私に向けて言っている気がする。もちろん違うはずなのに、どうしても私の後ろめたい部分とか、思い出さないようにしている部分に響いてくる。
私が人の後ろめたい部分が好きなのは、自分と同じと思いたいからなのかもしれない。自分と比べて、そして私の方が不幸と思いたいのかも。
死んだ人は人のこころでしか生きられない、か…お父さんとお母さんを覚えているのは何人いるだろう、もう17年も経つ、みんな忘れてるのかな。私も顔は知らないけど…
「大丈夫、私は覚えているから…」
「そう、ありがとう」
今のはどっちに対してだろう、いや…どっちもという事にしておこう。
でもこんな話を飛びながら、もっと言うと暴力男を追いながら話していると思うとおかしな話だ。まあ私は嫌いじゃないけど。
「あっ、あいつ地上に降りたよ。あそこって…」
「砂丘ね」
何もない砂丘で何をするつもりなのだろう、もしかしたら私達に気づいて迎え撃つために…
あいつの能力は見てないけど、キアレみたいな能力かしら。だとしたらまたシオンのやつ…でもさっきあんな事言っちゃったし、仕方ないかしら。
「どうするの?あんたの事だし隠れて遠くから…」
「おいっすー、やっと追いついた」
シオンが隠れもせずに真正面から出ていく、確かに隠れる場所のない砂丘ならそうするのが1番潔いんだろうけど、いやらしいシオンの性格上意外だったわ。
「もう…隠れてた私が馬鹿みたいじゃない」
シオンが出ていくなら私も出るしかない、相変わらずここは暑い。
「ついて来たのか…まあ観客なら歓迎するよ」
暴力男が盛り上がった砂の上に立っている、どこか余裕が感じられるから不気味だ。
「何の観客か知らないけどさ、とりあえず1発殴らないと気が済まないんよ。子供に怪我させる最低な大人はいらないよ」
うーん…シオンが殴る理由がよくわからないけど、まあ仕返し代行みたいな感じなのかしら。なんにしろよかった、シオンやる気満々だ。これなら代われって言われないで済むわね。
「白花さんは何もしなくていいから、下がってて」
よしっ!心の中で大いに喜ぶ。
「そう、気をつけなさいよ」
危ない危ない、そうとはいえ露骨に喜んじゃダメよね。
「お前か…わたしの能力を知ったつもりだろうが、あれはまだまだ能力の一部でね。じわじわと苦しんで死ぬ事になるよ」
「おーおーそれは怖いね。…あんたが蹴りつけた女の子が何したんだよ…」
シオンの声の音程が少し下がる、初めて会った時に似ていた。
「さあな、準備は整った。あとはお前を生贄とする」
「何のかは知らないけど、おれでいいのかね?受け入れられないんじゃないの?」
「それは確かめてから考えるさ」




