本当にごめんなさい
これは至上命令だ、逆らう事はできないし、許されない。
俺は命令通り美良さんに重力をかけて浮かせる、そして360度全ての向きから美良さんを潰しにかかる。ゆっくり…ゆっくりと…。
「や……やめろ……‼︎」
俺はそう言えた、自分が残っているからだ。美良さんの様に洗脳されていないからだ。ただ脳と体が自分の思う様に働かない、いまの俺は『心音』を持った『デク』だ。
「知らねぇな、少年…お前はお前以外の何者でもない、だったら自分でやってるんじゃないのか?」
美良さんの口からツーっと血が出てくる、体の中が少しずつ潰れ始めているのだ。しかも美良さんは洗脳された状態、苦しみの表情も浮かべずに、黙って俺の能力に潰され続ける。それが何より辛い。
さらに最悪な事に、美良さんが壊されていくのがハッキリと感じられるのだ。触覚を強化されたからだろうか、それともこれが人を殺すという事……何にしろ気持ちの良いものではない。
まずは足、変な方向に曲がっている。次に腕、こっちも足と同様、ただ違うのは、折れた骨が肉から突き出ていることだ。
美良さんはどんどん潰される、ついには骨が粉々に砕け、体がボールの様に丸くなっていった。もはや人の形はどこにも無い、俺はいま肉と骨の塊を潰している。その感覚が手に取るように感じられる。
「やめろ…‼︎」
心で何も感じないのに、『やめろ』という言葉が俺の口から出る。何をやめてほしいのかも定かでは無い。
そんな俺の意味の無い言葉も御構い無し、脳に命令が送られ続ける。俺はその命令に応え続ける。
「潰せ、殺せ、ゆっくり、確実に」
「やめろ…やめろ…‼︎」
涙を出す事も俺の脳は許さない、すでに美良さんは死んでいるはずなのに、悲しいという感情を脳が作り出してくれない。
しかし、まだ許されない。どんどんどんどん潰す力は強くなっていく、なんで俺はこんな事をしているんだ。ずっと捜していた人に、俺はなんて事をしているんだ。
洗脳してくれ、俺の心を殺してくれ、今すぐに俺を残虐な黒に染めてくれ。そうすれば俺は辛いと感じなくなる……最低だ、自分だけ逃げようなんて。
辛いだって?…違う、本当に辛いのは美良さんの方だ。わけのわからない計画の所為で洗脳され殺される、こんなのって…こんな理不尽があっていいわけがない。
こんなに優しい人がなぜ、なぜ死ななければならないんだ。俺はなぜこんな優しい人を殺さなければならないんだ。
突然ボールから小さなボールが飛び出る、血でコーティングされているがおそらく眼球だろう。飛び出たそれは、1秒もかからずに再びボールと同化する。
「わかるか?これが人の命を奪うという事だ」
「うるさい……やめて…やめてくれ…」
わかっている、人の命を奪う事がどれだけ辛いのかを、今やめたところでもうあの人は戻って来ないことを、そんな事はわかっているんだ。
でもこのままじゃ…このままじゃ形も残さずに死んでしまう。せめて美良さんを、形を残してくれ…
「終わりにするか、それと少年…お前の能力いいな。貰うよ」
その言葉と同時に、何かが外れた様な気がした。
パンッ!!!!!
弾ける音と共に周りの白を赤が染め上げる、それと同時にボテッと落ちた物、毛糸玉のような血で染色された赤い糸の塊。美良さんのあの長い髪か…俺にはすぐにわかった。
「ーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
それがわかった瞬間、俺の脳が考える事、感じる事を許された、そして声と言えない叫びを上げる。
「おっ、これいいねえ。潰す事から持ち上げる事まで可能、…でもまだ封印を解くには足りないな、ついでにこいつの実験もしとくか…ゴクリ…」
崩れ落ち、泣き叫ぶ俺の後ろで朔日がそう言う。もちろん俺には聞こえていない、自分の事で精一杯だ。涙と吐き気が一気に俺を襲う、負の感情に潰されそうだ。
ゆるさない、絶対にゆるさない!1発思い切り殴らないと気が済まない、いや済ませない!
底のない復讐心が噴火する、グツグツと煮えたぎった溶岩を後ろにいる悪魔に向ける。
シューーーーー………
そこには誰もいなかった、あったのは服から昇る煙と小瓶だけ、人の姿も黒い渦も何もなかった。
血が出るほど硬く握った拳の行き先を失う、やるせなさが湧いてくる、俺はそれを地面に向けた。
「なんでだよ…なんでなんだよ!隠れてないで出てこい!殺してやる…殺してやる!なんで…なんで…」
何度も何度も繰り返し地面を殴りつける、狂気の混じった意味のない行動をとり続ける。何度も何度も地面を殴る、殴るたびにやるせなくなる。
「やっと戻ってこれ…た…⁉︎心音、何があったの!あいつらはどこに…」
声が聞こえる、朔日か?そうだ朔日に違いない、俺は立ち上がり近寄ってきた朔日の胸ぐらを掴む。
「ちょっと心音…苦しい…」
拳を強く握る、顔面を1発…1発じゃ済まない、気がすむまで殴って…違う、朔日じゃない、この人は瑠璃さんだ…
「やめて…」
泣きそうな声で言われた為とっさに手を離す、多分俺は…俺こそが悪魔のような顔をしていたのだろう。復讐に燃える悪魔の顔を、再び怒りの行き場がなくなる。
「美良さんが…美良さんを…俺が、俺が……」
瑠璃さんごめんなさい…俺…俺…、本当にごめんなさい…
異常なまでに涙を流す俺を、ゆりさんと瑠璃さんは助けてくれた。ゆりさんは事情をわかってくれた、瑠璃さんはずっと背中をさすってくれた。
だからって救われたわけではない、俺の犯した罪は
永遠に俺の人生につきまとう。
その後、どうやってカナンに戻ったか、俺は覚えていない。覚えているのはさっきまで瑠璃さんがいたという事、朔日と死闘を繰り広げていた事、その悪魔に美良さんを殺された事だ。
いや違う、俺が美良さんを殺したんだ。
朔日が言っていた、「殺人を躊躇うストッパー、それが外れた時、人は殺人鬼に変貌する」と。俺は殺人鬼になってしまったのか、少なくとも俺は関係のない瑠璃さんにあたろうとした。殺意を持った目で。
胡桃さん達は殺人鬼の俺を受け入れてくれるだろうか、美良さんは俺を許してくれるのだろうか。
「いいよ、気にしないで。私こそごめんなさい」
初めて会った時の事を思い出した、俺を能力と言う孤独から救い出してくれた出会いを。
今度はそんな事言ってくれるわけがない、言ってくれる優しい人はもういない。
罪を償わなくては……まっとうに生きるとかそんなんじゃなく、俺自身が…
とりあえず報告に戻ろう、突然いなくなってしまった事、美良さんを手に掛けた事を謝ろう。
そして…『死のう』
今話で第4章終了となります。
最後、「ん?」と思われたかもしれませんが、大丈夫です。第5章は白花さんも登場します…が、またメインではありません。活躍はしますのでお許しください。




