森の外界人
「それにしてもここは広いわね…かなりの速度で飛んでも全体を探してたらキリがない。『医者いらずの森』なんて滅多に…というか2、3回しか来た事ないから帰り道も心配ね…」
実際は薬草があっても医者がいなければ意味無いので、少々この名前に疑問を抱いているが、昔からこの名前だから誰も気にしない。
「もう夜も遅いのに…まったくモエミのやつは、情報は正確なんでしょうね…」
モエミは正確な場所までは分からなかったらしく、ギリギリまで調べていたらしい。そのせいで私は、暗くて薄気味悪い森の中を飛ばなければならない。憂鬱よ、ほんと。
「本当に薬草ばっかり…なのかしら?植物は詳しくないのよね」
怪しいものは全く見えない。さすが医者いらずの森、広すぎて何も見つからない。…と感心している場合ではない。気は進まないが早く見つけないと健康にわる…もとい風ちゃんに悪い。
10分程飛んだだろうか、やはり何も見つからない。本当にここで合っているのか、そんな考えが頭をよぎる。
「このまま帰ろうかしら、道に迷ってもいけないし…」
(ガサッ…)
「あれっ?」
私が振り返ると音が後ろの方から聞こえてきた。何かいる、世界守としての私の勘がそう言っている。
私は一旦その場に降り、少し考える。
多分つけられている。どうしようか、下手に攻撃して怪我でもさせたら心が痛むし、万が一当たりどころが悪ければ、死なせてしまうかもしれない。でも、尾行中に音を立てるということは多分素人だ。
…仕方ない、やるしかないわね。
思い切り息を吸い込んで…
「誰なの!いるのは知ってるのよ、出てきなさい!」
「ひぃっ…!」
嘘でしょ…まさか立ち上がるなんて、さすがにそこまで大きな声も怖そうな声も出していないのに。
そこにいたのは少女だった。私を尾行していたであろうその人は、異様なほどにおどおどしている。
もしかすると驚いて音を立てるかなと思ったけど、予想以上の効果に少し笑いそうになる。身長は私より高い、多分年上、長くて綺麗な髪が特徴的だった。
「あんた、そこで何やってるの?」
私は笑いをこらえながら作戦通り彼女に迫る。
「あ…あの…わた…わたし…」
やめてよ、そんなに怖がらないでよ…辛い、あぁ本当にごめんなさい。
「あの…その…ご、ごめんなさい!」
謝りながら彼女は自身右手を銃のように構え、一発の魔力で作られた弾を撃ってきた。かなりのスピードだ、結構心配してた私は避けられない。
その弾は見事心臓に当たる。
「暗い…あれ?目が見えない⁉︎なんで…まさかこの人⁉︎」
私の視界を奪われた、死んではいない。それに弾の当たったところも、痛くはないし血すら出ていない。ただ目が見えない、おそらく相手は能力者だ。
このままではまずい。何も見えない状況で戦えば当然不利。
「くそっ…こうなったら私の能力で…!」
…………………………………
辺りは静寂に包まれる、どこからも攻撃がくる気配無し。なんでこんな絶好の機会に…
ややあって目が見えるようになったが辺りに彼女の姿は確認できない。逃げたのだ、せっかく道案内をしてもらおうと思ったのに。
まったく、臆病な外界人だ、私といい勝負かもしれない。
「あっ、やったわ。私にも運が残ってた」
さっきの彼女、少し助走をつけてから飛んで逃げたんだろう。ものすごく焦ってたんだ、おかげで軽く足跡がついている。
これで行く方向がわかったわ、でも…
「予定とは違ったけど、よかった。でも私そんな怖い顔してたかな」
私は独り言を言いながら、残った足跡の続く方へ進む。
さっきの彼女、他人の目を見えなくさせるなんて強力な能力を持ってるのに随分と怯えてたわね。なんか気が合いそうだし、事件が解決したら彼女とだけ仲良くしようかな?
別に反省さえしてくれれば、外界人を殺す意味はないし、そっちの方が私的にもありがたい。今まで私が命を奪ってきたのは、みんな反省なんてしない馬鹿ばかり。もちろん、馬鹿を殺すのも罪悪感はあったけれど…
3分程進んだ、依然として怪しいものはない。あるものといえば、色とりどりの花が、あたり一面に咲いているくらいだ。
本当にこの花のほとんどが毒薬になるのかしら、それが不思議なくらい綺麗なのに…。
「毒草に興味があるんですか?」
「うわ、びっくりした」
男の子だ、私よりも背が低い。いやいやそんな事より、いきなり後ろから話しかけてくるなんて…もし驚きすぎてショック死したらどうするのよ。
「いえ別に、綺麗だなって見てただけよ。それよりあなた、こんな場所で何してるの?」
心では思っていても、知らない人にこんな事は言えない。
「何って、薬草を採りに来たんですよ。あ、そうだ。お姉さんよりちょっと身長の高い女の子見ませんでしたか?さっきはぐれちゃって」
なんだ、さっきの彼女の知り合いか?薬草を採りに来たって事は、彼女は能力を持っているだけで事件には関係ないのか、だったら悪い事をしてしまった。今度会ったら謝っておかなければ。
私は同じくらいの歳であろうその少年に、正直に見た、と言う。
「本当ですか、どこで会いました?実は主人の頼まれごとなもんで、すぐに戻らないといけないんです」
彼が質問をしてきたので条件として私もひとつ質問をする。
「私もひとつ訊きたい事があるのよ。この森の中に最近できた建物とかなんか怪しい物ってない?実は町で起こっている事件の犯人が、この森にいるかもしれないの。どう、何か知らない?」
こんな時間にこんな場所にいるんだもの、何か知ってるんじゃ…
「シオン逃げて!そいつ私たちの命を狙ってる!」
さっきの臆病な人の声、まさか…こいつらが町に毒を撒いた犯人なの?
少女に逃げるように言われた彼は目つきを変える。
「よくわからないけど先に逃げて胡桃さんに伝えてきてください!俺はここで少しでも時間を稼ぎますから!」
シオンと呼ばれたその少年が彼女にそう言うと、すぐに彼女は胡桃さんとやらの元に逃げていく。が…
「そうはさせない!」
体が反射的に動いた、速さなら私の方が上のはず、思い切り地面を蹴って空へと向かう。
「逃しませんよ!」
逃がさないって、あんたそこから動いてないじゃない。そんな奴に何ができるのよ。…あれ?
おかしい、いくら追っても彼女との距離が縮まらない。いやむしろ一方的に離されている。
すぐに気がついた、私は彼女を追えていなかった。
「景色が動いてない…違う、体が動かない…」
「逃がさないって言いましたよね、お姉さん」
彼は不気味にそう言うのだった。