支え
「はぁ…やっぱりいませんね…」
時刻は夜、昼とは違い寒さも厳しくなっている。ウラに来て1週間ほど経っただろうか、毎晩欠かさずに美良さんを捜し続けているが…結果はこのザマだ。
瑠璃さんの風邪が治ってからは剣術も練習している、もし今の状態でクズ野郎にあっても勝てないかもしれないからだ。
しかし、毎日の家事手伝いと練習、捜索を続けていると俺も疲れてきた。寝不足と疲労のダブルパンチだ、最近は変な夢も見るようになった。
第一俺は何を捜しているのだろう、美良さんを捜しているのだろうか、それともクズ野郎を捜しているのだろうか。手がかりもなしに闇雲にうろうろうろうろ…俺は馬鹿だ、この上ない馬鹿だ。
特によく探したのは医者いらずの森だ、なんでかな…いないって分かってるのについついここへ来てしまうんだ。
もしかしたら美良さんは無事で、何気ない顔してここで待ってるんじゃないか。もしかしたらここには胡桃さん達がいて、捜すのを助けてくれるんじゃないか。
もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら…
そればっかりなんだ、俺はここへ来てからというもの、美良さんの事に対して全て希望的観測で動いている。
こんなんじゃダメなんだろう、俺は心の中で諦めているのかもしれない。
諦めている…何を?
手がかりなしに美良さんを見つける事か…いや違う、美良さんはもう生きていないんじゃないか。美良さんはやつに抵抗して…
あの人は強いけど戦闘向きな性格じゃないから、1発くらわせた後に逃げようとしたところを後ろから…
「違う…」
俺は弱い、身体的にも精神的にも弱い。だから美良さんを守れなかった、だから今もこうして美良さんが死んでいるんじゃないかって。
「違う違う…」
本当はウラなんてなかったんじゃないのか。これは幻で、俺は悪い夢を見ているだけなんじゃないのか。目が覚めたらそこには、いつも通りの生活が待ってるんじゃないか。
「違う違う違う…」
夢の中に出てくる優しいあの人、その優しい笑顔で俺に語りかけてくる。
「大丈夫、心配しなくていいから。私は平気、いつだってシオンを信じてる」
「違う……違う違う違う違う‼︎」
こんなものは俺の心が精神を安定させようとした結果だ。美良さんは関係ない、全部俺が勝手に作り出している幻想だ。
許してください、俺はあなたを裏切っている。許してください、俺はあなたが死んだと思っている。
優しいあなたは、俺の事を許してくれるんじゃないか。優しく微笑んで気にしないで、って言ってくれるんじゃないか、そう考えてしまっている。
「そんなわけない、私はあなたを許さない」
「やめろ…」
幻聴まで聞こえてくる、これは美良さんの声か?俺はとうとうおかしくなったのか。酔っ払いのようにふらふらと歩きながら、その原因を捜す。
いや、考えても見れば前からおかしかったんだ。大事な仲間を失ったあの時、そうだあの時だ。あの時、心のなかに穴が開いたような、何か重りがついたような変な感覚があった。
その所為で瑠璃さんに酷い言い方をしてしまった、俺は最低な人間だ。
「そう、あなたは最低。人の心も持たない化け物」
「やめてください…」
調子のいい事を言っては、いつもみんなに迷惑をかけている。俺がいなければ今頃みんなは…
「あなたが全ての元凶、なんであなたは生きているの?生きてていいの?」
「………」
幻聴はそこで止まった、俺の精神はもう再起不能なまでにボロボロだった。疲労のせいだ、睡眠不足のせいだ、全て何かのせいにしている。
「俺の計画に協力しないか?」
あの時、なんであいつに出会ってしまったんだろう、もしそれを受け入れていれば、俺と美良さんはどうなっていたのだろう。
少なくとも一緒にはいられる、1人は寂しい。
俺はあの屋敷では1人なんだ、何日いても結局俺の家族は胡桃さん達なんだ。別に屋敷が苦しいわけじゃない、でも何かが足りなくて、庭の翡翠色の美しい水をずっと見ている。
カナンに来れて幸せだった、これはその代償だとでもいうのか。確かに十分すぎる、でも、俺の代償に仲間が巻き込まれるのが許せない。
「俺って…何の為に生きてんだろ」
そう呟いた時、俺の目の前には屋敷があった。別に帰ってこようと思ったわけではない、いや、考えられる状態じゃなかった。
無意識に帰ってきた、俺の本能がもう休めと言っているのか。確かに今は首の皮一枚(もしくは何もない)でつながっている、疲労はピークだ。ここで休んだほうがいいだろう。
屋敷に入ると見慣れた光景、1週間もここにいるんだ、そりゃ見慣れてくる。
あの時、本当にここに来て良かったんだろうか、もしかしたらここに来た時点で間違っていたんじゃないか?
1人で孤独に探し回っていたほうが良かったのでは、そんな感情が湧いてくる。
「おかえり、早かったね」
誰かが話しかけてきた、瑠璃さんだ。
「あぁはい、ただいま戻りました。瑠璃さんまだ寝てなかったんですか?早く寝ないとダメですよ」
「それはこっちのセリフ、シオンもうふらふらじゃない。それに私はあなたが心配で起きてたの、出かける前、もう限界だ、みたいな顔で行ったんだから」
心配してくれてたのか、少し心が軽くなった気がする。言葉遣いに違和感を感じない、本当の瑠璃さんを見た気がした。
「えぇ大丈夫です、ご心配なく」
俺はそう言っていた、本当は限界だ、今すぐにでも倒れてしまいそうだ。でも迷惑かけちゃいけないから、とそう考えたんだ。
「嘘言わないの、明日は仕事いいから寝てなさい、それと夜も捜しに行っちゃダメ、わかった?」
俺の嘘は瑠璃さんには通じなかった。その申し出はすごくありがたかった、瑠璃さんはまるで母親のような人だ。この人が元犯罪者なんて、実体を持たない魂だなんて信じられない。
「分かりました、そうさせていただきます」
俺は間違っていた、さっきこの屋敷に戻ってきた時、俺はすごく安心していたんだ。家族は胡桃さんたちだけじゃない、ゆりさんも瑠璃さんも俺にとっては大事な家族なんだ。
心が軽くなった、心配事も吹き飛んだ。明日…明後日からまた頑張ろう、大丈夫、美良さんはいつだって元気だ。
心に対して重たい体を引きずりながら、俺は暖かい布団に入った。起きてから気がついたが、足元には湯たんぽがあった。




