白い雪に黒の2人
「どうしてそれを俺に教えてくれたんですか?」
俺は森に向かう前にそんな事を訊いていた、当然の疑問だと思う。たった2日3日の関係で、いわば心の闇をなぜ俺なんかに……
「そうね、ただの気まぐれよ。それともあの娘と似たあなただったから?その時が来たらまた教えてあげる」
だそうだ。謎に包まれた人、ゆりさんにはこの言葉がよく似合う。
だってそうだ、俺の事を知っているとか、俺と瑠璃さんが似ているとか、よく分からない所しかない。悪い人でないという事は分かっているが。
そういえば夜に俺が美良さんを捜していた時、見つからずに帰ったら、ゆりさんはまだ起きていた。初めてこの屋敷に来た時の俺のように、庭に流れる水を見ていたようだったが、何をしていたのだろう。
それにウラとオモテのバランスを保つ仕事って一体何なんだ?俺の見た限り、ゆりさんはそれっぽい事をしていない。それも時が来れば教えてくれるのだろうか。
「あっ…」
そんな事を考えて移動していたのがまずかった、ウラカナンは左右が反対なのを忘れていた、道を間違えてしまったのだ。
「はぁ…戻らなきゃ…」
「うわっ…すっごい雪」
結局1時間ほどかけて森まで来た、あたりは雪、雪、雪。緑が少しも見えない、雪を払えば何種類も薬草があるのだろうが…これは探すのに苦労しそうだな。
えっと…確かあの辺りに傷薬の素があって、いやいや、左右が反対だからあっちか。えっとじゃああそこが傷薬ゾーンか?
「めんどくさ」
俺は辺り一面の雪を重力でどかす、ふむふむ、やはりここの森にも薬草が沢山ある。中には見た事のないような薬草もある、帰るときにお土産に持って帰ろ……
「そういえば、美良さん見つけた後どうやって帰るんだろう…」
1番大事…いや、1番は美良さんだから2番目に大事な事を忘れていた。ゆりさんに言えば帰る事ができるだろうか、バランスを保っている、としか言っていなかったからもしかしたら…
いや、やめておこう。今は瑠璃さんの薬草が先だ、それが終わったら薬を作って、美良さんを捜して…やる事がいっぱいだ。
しかしここには誰もいないのか?美良さんを捜している時に町を見たのだが、誰も住んでいなかった。ウラには今、俺と美良さん、ゆりさん、瑠璃さん、それと忌々しいマント男の5人しかいないのだろう。
誰も住んでいないのはずっと冬だからだろうか、でも自分の意思でウラとオモテを移動できるわけじゃないし、もしそれだったら俺は帰る心配もしないし、ウラの存在も知ってたはずだ。
っと、あったあった、風邪薬の素の薬草だ。さっきまでうじうじ考えていた事は、これを見つけた時に全て吹き飛んだ。
「じゃあ帰りま…すか…」
何だろう、誰かに見られている気がする。視認できる範囲には誰もいない、もう少し遠くか?
俺は直径200メートル程の重力を弄る、感じるのは木と雪と薬草だけだ、人の形をした物は感じられない。
「気のせいですかね。…寒い、早く帰ろ」
俺は不安要素を残しながら森を後にする、夜はもう少し厚着しよう。俺も風邪をひいては美良さんを捜せないからな。
〜〜金秋山 頂上にて…
「ほぉ…俺の視線に気づいたか、しかしあいつあんな事もできるのか、だったらあいつも連れて来ればよかったな。まあいいか、今の俺にはお前がいるからな、なあ嬢ちゃん?」
「ハイ…朔日様…」
邪悪なオーラを放つ男、そのオーラをまとう少女、2人の会話が雪山の静寂を壊す。
「こっちに来てだいぶ調べたからな…封印、というより源泉はあそこにあったのか。これも全て嬢ちゃんの能力のおかげだ、なあ嬢ちゃん?」
「ハイ…朔日様…」
2人の言葉の1つ1つに、雪の白さを黒に錯覚させる程の闇を含んでいる。
「後は時期を見て行動すべし、兄貴達は俺に任せてくれたからな、しっかりやらねえと。嬢ちゃんにも協力してもらうぜ、嬢ちゃんの能力は俺よりも強い。いや、もしかしたら全世界で1番か…頼りにしてるぜ」
「ハイ…朔日様…」
「ハハッ、嬢ちゃんはそれしか言わねえなぁ」
「ハイ…朔日様…」
その笑いは友情、感謝、趣味、我々の笑いの要素とは違う。冷酷さ、狂気、残忍さの要素が男の笑う素なのだろう。
「…まっ、いいか。おっと、今あいつ森を出たぜ、俺に見られているとも知らないで歩いて帰ってやがる。ずっと見てんだから別に飛んだって構わねえのに、まあない頭脳で考えた結果なんだから、褒めてやらねえとな」
人を馬鹿にする、と言うよりは主人が奴隷を見るような、下衆にも満たないどす黒い言葉だ。子供がアリの巣に水を流し入れるような、悪い事と思わない残酷さを持っている。
「さてさて、そろそろ目が疲れてきた。嬢ちゃん、じゃあ頼むわ」
「ハイ…朔日様…」
黒のオーラをまとった少女は、自身の左手を銃の形に変え男に向ける。その行動は正気の沙汰ではない、その左手から魔力の弾が発射される。
弾は男の心臓にヒット、しかし、血が出る事はなかった。
「ふぅ…戻ったか、あぁ目が痛い。嬢ちゃんの能力は強力だが一長一短、使い方を間違えなければ最強だ。俺がしっかり利用してやるよ」
そう言って男と少女は、男が生み出したであろう黒の渦の中へと消えた。




