生きる呪い
「ひっくしゅん‼︎…うぅ…」
鳥の鳴き声…ではなく瑠璃さんのくしゃみが聞こえてきた、謎の決闘から2日経った今日、瑠璃さんは絶賛風邪ひき中だ。
昨日の夜から食欲も無さそうだったからもしやとは思ったが…後で医者いらずに行くか。
「あらあら、瑠璃が風邪をひくなんて珍しいわね。あなたいつもウラにいるから寒さには慣れてるでしょう?」
ゆりさんがそう言う、どうやらウラカナンはカナンと季節が逆ではなく、ずっと冬らしいのだ。
「うぅ…ずみまぜん…」
俺は瑠璃の寝ている布団の側に座り2人のの会話を聞いていた。正座は苦手だがこんな時に胡座はできない、痛いのを我慢して座っている。
「無理な決闘が祟ったんですよ、唐辛子食べた時かなり汗かいてましたし、それで冷えたんでしょう」
「なるほど、じゃあこの風邪は心音の所為ね」
ゆりさんがそう言うと、瑠璃さんはほんの少しだけ怒りを含んだ目で睨んできた。ちょっと、それはないですよ、俺だって良かれと思って…まあでも、俺の所為か。
「そうですね、瑠璃さん食欲はありますか?お粥でも作ってきますよ」
「いい、いらない」
と布団で顔を隠しながら言う。なぜなんだ、ぐぅって聞こえたから言ったのに…なるほど、これが乙女心というやつか。俺は一人で納得する。
「分かりました、じゃあ俺は掃除してきますよ」
俺が部屋を出ようとした時、
「本当にいらないからね、また唐辛子なんて入れられたらたまらないから…」
と言われた。はぁ…俺ってつくづく人に嫌われてるな、やっぱり性格が問題なのだろうか、性格が良くなる薬…ないですかね。
「じゃあね、風邪が治るまで仕事はいいから、ゆっくり休みなさい」
「でも…それじゃあ…」
「大丈夫、今は緊急事態だから、それにあなたは仕事の心配をしている、大丈夫よ」
「そうですか、はい…申し訳ありません」
俺が部屋を出ると同時に、意味ありげな会話を終えてゆりさんも部屋を出た。ずっと一緒にいてあげるという事はしないのか、まあゆりさんは、ウラとオモテのバランスを保たせる仕事をしているから風邪をひいてはいけない、と思えば正しい行動だと思う。
そんな事はいいか、さて…今日も仕事しますかね。えっとまずは掃除して、洗濯して、薬草を採りに行って…
心音、とゆりさんが俺の名前を呼ぶ、落ち着いた…母親のような声だった。
「今日は仕事はいいわ、薬草はお願いするけど…ちょっと話があるのよ」
「話…ですか?」
「ええ、瑠璃についてなんだけど…聞きたい?」
聞きたいって訊かれても…正直に言うと、仕事がいいのなら今すぐにでも薬草を採りに行きたいが、ゆりさんがどうもさっきのように意味ありげに言うので聞きたくなった。
俺はぜひ、と答える。
「そう、後悔しない?」
「いいですよ、でもゆりさんが言ったのに後悔しないは卑怯ですよ」
ふふっ、とゆりさんが笑う。それもそうね、と言って俺たちはゆりさんの部屋に向かった。
「それで、どんな話なんですか?」
2度目のゆりさんの部屋、主人の部屋というのは何度目でも緊張するものだ。くつろげと言われてもくつろげない。
「ええ、瑠璃の事なんだけど…あの娘が、あの娘が私の従者になった理由よ」
理由…ですか、確かにこの広すぎる屋敷で従者が1人だけと言うのはどうも奇妙だ。それに歳もかなり若い、そんな人が一体どうして…
「瑠璃はね、本当は瑠璃じゃないの」
「えっ…それってどういう意味なんですか?」
瑠璃さんであって瑠璃さんじゃない、そんなどこかの物語みたいな事を言われてもよく分からない。
「詳しく言うと、瑠璃は魂だけの存在なの。あの体は私があの娘にあげた物、実際はあの娘がコントロールしてるんだけどね」
わけがわからない、話がぶっ飛びすぎている。魂だけの存在?そんな馬鹿げた事があるのか?しかもそんな事をいきなり言われて、信じろと言う方が無理だ。
しかし、ゆりさんが嘘をつく必要は無い、本当の事なのだろう。
ゆりさんは話を続ける、
「あの娘…魂の事ね、あれは罪人の魂、15歳にして何人も他人の命を奪い、盗みを働き、そうして死んだ哀れな魂なのよ」
ぶっ飛んではいるが、俺にも少し話が見えてきた。
「もしかして瑠璃さんの言ってた生きる為に刀を握ったって…」
「ええそう、いわば辻斬りね。カナンで金品目的でいくつもの命を刀で奪ったのよ、その所為で上手くなったって…そういうわけ」
なるほど、俺の印象は当たっていたのか。いやいやそんなこと考えてる場合ではない、だったら何故瑠璃さんはカナンからウラに来て、そこのバランスを保つ、いわばウラの王に仕えているのか。
俺はそれをゆりさんにぶつけた、思いの外ゆりさんは早く答えてくれた。
「まあ…かわいそうって思ったのよ。カナンで死んだ15歳の名前も知らない娘の魂が、助けてって、ごめんなさいって泣きながら言ってたらどう思うかしら?私はどうにかして助けてあげたいわ」
「はい、それは俺も同感です。でも今は違いますけどそんな悪人にどうやって助けを?」
今回は先ほどのようにあっさりと教えてくれなかった、ここからが本番だと言いたそうな、苦しそうな顔をしている。ゆりさんは1つ、深呼吸をして話してくれた。
「『呪い』をかけたのよ、その魂にね。私も能力者で『呪いをかける』能力が使えるの。生かして殺すって呼んでるわ」
呪いですか、呪いといえば俺にはいい思い出は無いな、俺が死ななくなったのは呪いの所為だ。
「それでどんな呪いなんですか?流れを見ると普通の呪いじゃ無いと思うんですけど」
「ええそう、その通り」
ゆりさんはそう言ってさらに続ける。
「私が瑠璃に…生き返る事と引き換えに罪人の魂にかけたのは『わたしを裏切ると死ぬ』って呪いよ」
裏切ると死ぬ…どういうことだろう。ゆりさんが説明を続ける。
「例えば、瑠璃が心の中で『私の事なんてどうでもいい』って思った瞬間に体が溶ける、って感じかしら?代償、呪いの藁人形は見られると作った人が死ぬ、呪いは代償が付き物なの」
「そんな…それじゃあ瑠璃さんは…」
「大丈夫、こんな縁だけどあの娘はわたしに感謝している、わたしが与えたやり直しの人生をまっとうに生きようとしている、瑠璃は私の事を裏切ることは無いわ。後、私に意見するとかは大丈夫、大体私が間違ってるし、私を思っての発言ですからね」
ゆりさんがそう言う、俺には理解できない次元の話だ。死の呪いを主人にかけられた従者、俺には奴隷のようにも思える。
「それと瑠璃の能力、あれも私が命を与えた時に発現したのよ。あなたと瑠璃はもう仲間ですものね、話しておいてもあの娘は怒らないわ。むしろ話しておくべきかしら、『自分の命を分ける』能力、命を半分に分ける事で自分の分身が生まれるの。その所為で分身中にどちらかが殺されれば戻った時にもう1人の瑠璃も死ぬわ。でも例外もあってね、その辺は実際に見た方がいいわ、面白いから」
面白いからって…まあゆりさんの能力が分かって良かった、あの時俺が重力で動きを制限せずに骨でも折ったら瑠璃さんは今頃大変な事になっていたのか。そう思うと恐ろしい。
「俺、嫌われてるし、何言ったらいいかわからないですけど…あの人と仲良くしたいです」
俺は正直な気持ちをゆりさんにぶつけた、するとゆりさんは優しく微笑み、
「そう、正直ね、私も辛かった。本当に正しいこうどうだったのか、って、誰かに話す事で楽になりたかったのよ。卑怯だけどね、私にはあの娘と1人の友達しかいないの。ごめんなさいね暗くしちゃって、じゃあ薬草をお願いできるかしら?」
と言ってくれた。
「はい、任せてください」
ゆりさんは優しい人だ、自分の行動を再確認できる強い人だ。足取り軽やかに、俺は医者いらずの森へ向かう。




