確かに…
「チェックメイト…です」
俺は瑠璃さんに向けた刀を首の近くにやる、もちろん触れないように。
放り投げた刀は俺の後方にガチャンと落ちる。この刀は練習用というかそんなにいい刀ではない、名のある名刀なら貧乏性の俺にこんな事はできない。
「ゆりさん、もういいでしょう?終わりの合図をお願いします」
ゆりさんを見るとお茶は無くなっていた、なぜ分かったかというと湯気が出ていなかったからだ。そんな事はいい、早くそこまでと言ってください。
「あら?まだ終わってないわよ?」
不思議そうな顔でこちらを見る、まだ終わっていない?そんな事はない。俺は今、瑠璃さんの命の行方を握っている、奪うつもりは無いが本当の戦いならこの時点で首は無くなっている。
「ええそう、まだ終わってない」
刀を向けられた瑠璃さんは不敵に笑いながらそう言う、偽りのチェックメイト宣言は気持ちよかったか?と言いたそうだ。
「まだ終わってない…ですか、なぜそう言えるんですか。あなたの命は俺の掌の上です、あなたの首をはねる事は俺にとって雑草を引き抜くのと同じくらい簡単な事です」
「ふふふ…この決闘のルール、覚えてる?」
瑠璃さんが訊いてくる、ルール?なぜそんな事を今更出してくるんだ?もちろん覚えている。
「確か…遠距離攻撃なしの一騎打ち、でした。それが何か?」
「そう当たり、ゆりさんはそう言ったわ。それがどういう意味が分かる?」
俺の頭の中に疑問符が浮かぶ、意味って言われてもそのままの意味だろう。それ以上でもそれ以下でもない、シンプルすぎるルールだ。
「ふふふ…ゆりさんはそう言った、禁止事項は遠距離攻撃のみ、能力の使用は禁止されてない!」
そう言った瑠璃さんの体から何か半透明の物が飛び出る、瑠璃さんも能力者だったのか、謎の物体は落ちた刀の元にいる。
半透明の謎の物体が、だんだんとはっきりとした色を持ち出した。謎の物体なのに見覚えがある、それはそうだ、俺はさっきまでこの物体と戦っていたのだから。
「瑠璃さんが2人⁉︎」
間違いない、あの物体は瑠璃さんになった。身長、服装、体格、すべて俺が刀を向けている瑠璃さんと全く同じだ。
「ちょっとゆりさん!能力の使用は…」
「使っていいわよ?なんで今まで使わなかったの?」
えっ…そんなあっさり…俺はてっきり能力無しの真剣勝負だと思っていたのに、俺はゆりさんをなんとも言えないなんだそれは顔で見る。
しかし、この行動がまずかった、瑠璃さんから目を離してしまったのだ。俺が刀を向けていた場所にもう瑠璃さんはいない、どこだ…どこに行った。
「こっちよ…」
後ろから掴まれる、今の俺は十字架にかけられたキリストのようだ。あまりにもいきなりだった為、俺は刀を手放してしまった。
「まずいですねこれは…」
「へへっ、ついでだから私の能力…唯一の私たちの説明しましょうか?」
「いいえ、遠慮しておきますよ。聞いたところで俺にはいい事なんてないですから」
「そう、冷たいのね」
刀の近くの瑠璃さんがそう言った、もう1人の瑠璃さんは刀を鞘から抜き、構える。
「さて、首だと私も危ないからこめかみの辺りを貫通させるとするよ」
瑠璃さんが近づいてくる、ゆっくりゆっくりと歩いてくる。
「チェックメイトよ、薬屋」
10メートルほど離れたところで瑠璃さんが走り出した、勢いをつけて俺の頭を串団子のようにする気だ。
9メートル、8メートル、この間1秒もない。このまま串団子になるのを待つだけ…とはいかない。
「えっ…⁉︎」
刀を持った瑠璃さんが俺に頭のてっぺんを見せる、別に瑠璃さんが自ら見せているわけではないし、前かがみになっているわけでもない。
「能力使っていいんですよね?」
瑠璃さんは今、地面に対して平行に立っている、空中に立っているのだ。
通常、重力というものは地面が我々を引っ張っている。そして上からの重力と同じ量の力が地面から働く、その結果力はプラスマイナス0、我々は地面に立つ事ができる。
だったら空中の重力をプラスマイナス0にすれば、まるで浮いているようになる。
更に、その地点に360度重力が0地点に向かい働く、その所為で動いてもクルクル回るだけになる。例えるなら、空に浮いたバランスボールの上を歩くようなものだ。
「くそっ!くそっ!」
瑠璃さんはクルクルクルクル走り回っている、それを見るのは自分の尻尾を追いかける犬とはまた違う面白さがある。
「ちょっと何したのよ!早くやめなさいよ!」
言葉遣いが元に戻る、よほどテンパっているのだろう。もう1人の瑠璃さんは走り回り、俺をしっかりと押さえている瑠璃さんは「ちょっと何してるの」ともう1人の自分に言っている。異様な光景だ。
「そこまで、心音の勝ちよ」
ようやくゆりさんがそう言ってくれた、長い意味の無い戦いは終わったのだ。
瑠璃さんは俺を離してくれた、こんな事を言うのはなんだが、能力を使って良かったのなら一瞬で勝つ事ができた。
まあいいか、疲れた。
「久しぶりに面白いものが見れたわ、ありがとうね」
「主人にこんな事を言うのはなんですが、人の戦いを面白いなんて趣味悪いですよ」
そう言うゆりさんに瑠璃さんが言った、全くその通りだと思う。
「いいじゃないの、本当は瑠璃も楽しかったんでしょう?」
「そ、そんな事は…」
なんだ、楽しかったのか。俺にとっては意味のない事してたから楽しくはなかった。性格悪いな、うん。
「じゃあ心音、こっち来て」
ゆりさんにそう言われたので、俺は黙ってついていく。着いた先はゆりさんの部屋だった。
「はいこれ、プレゼント」
「これって…刀じゃないですか、いいんですかこんな良い物をいただいちゃって?」
そう思うのも無理はない、ゆりさんが俺にくれると言ったのは部屋に大事そうに飾ってあった物だ。そんな物をもらってはいけないと思うだろう。
「良いのよ、瑠璃にも同じ価値のものはあげてるから。それに、まだ少しだけどあなたには仕事をしてもらったもの、お礼はしなくちゃいけないわ」
ゆりさんごめんなさい、趣味悪いとか思っちゃって。
「はい!ありがたく使わせていただきます!」
その後、俺は瑠璃さんに言われたお菓子を作った。




