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世界に捧ぐ幻想花  作者: にぼし
第4章 表があれば裏がある
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右も左も分からない

 目を瞑っていても明るさは分かる、外が明るければほんの少し赤が見える、暗ければ本当に真っ黒だ。

 黒から赤に変わり、しばらくしてまた黒に変わった、明るいところから暗いところへ運ばれたのだろう。

「よし、ここらあたりでいいか。悪く思うなよ、この嬢ちゃんは計画のためにしっかり働いてもらうからな」

 奴の声だろうか、そう聞こえてすぐに首に鋭い痛みを感じた。刃物で気管を切られただろうか呼吸がし辛い、視界がはっきりしないため目を擦ろうとするが、手が目に到達する事はなかった。

 手だけじゃない、足も動かない。いや、動かないのではない、動かせないのだ。

 おそらく首から下が切断されたのだろう、鶏は首を切られても少しの間は動き続ける事が出来るらしいが、俺は人間だしさっきまで気絶していた体でそんな事ができるわけがない。

 奴はどこへ行ったのだろう、美良さんは…やめておこう、あんな優しい人が死ななければならないなんてどんな理不尽だ。美良さんが死ぬはずがない。

 と、ここまで考えてから意識が途切れた。


「ふぅ…死ぬかと思った」

 実際死んでいた、4回目の復活だ。しかしあの痛みはもう体験したくないな、限りない命を大切にしよう。

「ここはどこだろう、見覚えのあるような無いような…」

 どこかで見たような暗い洞窟で俺は目を覚ました。過去にもこんな事があったような気がする。とりあえず何か行動しようとか思い、洞窟から出ることにした。

 洞窟から出てすぐに違和感を感じた、どこかで見たことのある木、だがあそことは違いここは木が寂しすぎる、俺の知っている通りの場所だったら赤や黄色の葉がいっぱいのはずなんだ。

金秋山きんしゅうざん…なのかな」

 しかしおかしい、金秋山は一年中秋の山のはずだ、だがここは枯れた葉が木から全て落ちている。さらには気温も金秋山と比べるとかなり低い、どうやら冬の様だ。

「寒っ!なんですかこの寒さは…」

 洞窟の中は暖かかったから気がつかなかったけど、これはどういう事だ。今のカナンの季節は夏の後半だったはず、それなのにこの寒さは異常だ。

 いやいや、そんなことを気にしている場合ではない、早く美良さんを探して助けなくては。寒さがなんだ痛みがなんだ、命をかけて美良さんを守るって言ったんだからな。

 とりあえずこの山から降りよう、それとも思い切り上空へ飛んで上から全体を…だめだ、奴は俺を殺したと思っている、もし見つかったら大変なことになるだろう。

 ゆっくりと身を隠しながら降りよう、そう考えながら1時間近くかけて俺は山を降りた。途中、何度か道に迷ったがなんとか無事だった。


「どうなってるんですか、やっぱりここは金秋山…でも景色が…」

 俺は山を降りてようやく理解した、いや、正確にはまだ完全に理解できていない。間違いなくここはカナンだ、そして間違いなくここはカナンではない。山を降りている途中に感じた違和感、俺は山に1ヶ月もいたんだ、道に迷うわけがないんだ。

 左右が反対なんだ、右が左で左が右、俺は鏡の世界にでも来てしまったのか。いや、そんなわけがない、黒い渦に飲み込まれたらそこは鏡の世界で、夏が冬になっていた、なんて馬鹿げた事があるわけがない。

 そして一番信じられない事がある、降りる途中に見た雪をかぶった医者いらずの森、何も変わらないただの砂丘、桜は咲いていないが花街道と俺の知っている場所がたくさんあった、たくさんあったのに…

「なんですか…あの建物は…」

 遠くからでもわかる程大きな屋敷、あそこは魔力の泉があった場所のはずだ。なぜそこに泉がなく、代わりに大きな屋敷があるのか、季節と左右を除けばそこだけが違う。

「行ってみるしかないですかね」

 そこへ行くしか俺には進むべき道が分からなかった、あの場所が俺に新たに進むべき道を示す灯台になってくれると信じて。


 何時間くらい歩いただろうか、さっきと同じ理由で飛ぶのは控えたがここまで遠いとは、今度から飛んでの移動は控えようか、人間は便利な物に縋りすぎている。

 そんな事はどうでもいい、問題はこの屋敷の大きさだ。こんな大きな建物があったなんて、うちの店の2倍はあるだろうか、掃除が大変そうだな。

「お邪魔しますよ…っと」

 屋敷の門を勝手に開ける、最初に目に止まったのは広い庭、普通とは思えない様な怪しい翡翠色の水が流れている。が、怖くはない、むしろずっと見ていたい、神秘的な水に心を奪われる。

 俺が前いた世界で住んでいた道場、広い庭はあったものの水は流れていなかった。ましてやこんな色の水がなんて見たこともない。

 しばらく俺はその神秘的な水を見ていた、翡翠色のその水に優しい人の影を重ねて。

「お……前、そこ…な……る」

 美良さんは今どこにいるのだろう、計画を手伝ってもらうと言っていたから殺されてはいないはずだ。

「おい……前、そこで……して…る」

 俺が弱いから、精神的にも身体的にも弱いから、三葉さんに偉そうにここはこうすればいい、とかなんとか言ってたのに。

「おいお前聞こえないのか、そこで何をしている」

「ハイっ‼︎」

 背後から突然女の人の声が聞こえてきた、まずいなこの屋敷の人だろうか。それにしても情け無い声を出してしまった、いつもの1オクターブ高い声だ。

「あのえっと…この屋敷の人ですか?」

 質問をしているのはこっちだと言いたそうにその人は言う。

「お前何者だ、そこでなにをしている、答えなければ斬る」

 そう言って腰につけた刀を握る、お前に黙秘権は無い、とこの人は俺に言っているのだろう。別に斬られたところでなんともないが命は大切に、痛いのは嫌だ。

「えっと…く、薬屋です」

 俺は正直に、身分だけを答えた。

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