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世界に捧ぐ幻想花  作者: にぼし
第4章 表があれば裏がある
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やられて渦の中

「なんですかあなた、薬が必要なんですか?」

 俺は目の前に黒い渦と共に現れた怪しすぎる男にそう言う、もちろん薬が必要ないのは知っている。何というか、こいつからは危険なオーラの様な気迫の様なものが感じられるのだ。

「ふふふ…薬はいらないよ。そうだね、欲しいのは『君たち』かな?」

「あいにくうちの店は『君たち』という名前の薬は売ってないんですよ。用がないのなら消えてください、美良さんが迷惑そうにしてます」

 俺は適当に男の言葉の返事を返す。どうやらこいつは精神も危険な様だ、その精神という泉からは黒い感情が絶え間なく湧いているのだろう。

 美良さんは俺の服をしっかりとつかんで離さない、相当怯えているようだ、早くこの危険人物から遠ざけなくては。

「ふふふ…用があるから君たちに会いに来たんじゃないか、単刀直入に言う、君たちに私の計画の手伝いをしてほしい」

「断る、と言えば?」

「無理矢理連れて行く、私にはそれができる」

 断る、と言いたいがこいつには何か秘策があるそうだ。少しでも違う選択をすれば、俺と美良さんの運命はバッドエンドへと一直線だろう。

「どんな計画が聞いてみたいですね、一つ聞かせていただけませんか?」

 とりあえず相手の様子見と計画の内容を知るためにそう言った、別に聞きたくはないが後で役に立つかもしれないからな。

 男は再び、ふふふ…、と笑う。本当に不気味だ、こいつの精神を理解するのは、10桁のパスワードのついた鍵を開けるよりも難しいだろう。

「計画に協力する、と言えば教えてやろう。それまでは教えられないな、聞いた途端に君たちが逃げ出す可能性はおそらく100%だからな」

 悪者感満載のそのセリフは、何も知らない人が聞けばただの映画のワンシーンとなるだろう。しかし、俺に与える効果は絶大だった。

「だったら断る、俺達が断る可能性が100%だっていう計画がいい話とは思えないですからね。もちろんあなたに無理矢理連れて行かれるつもりもないです」

 誤算だった、俺は断ると言ってしまったのだ。しかし俺には余裕がなかった、大学受験の合格発表の緊張感なんて比ではない、いま俺はこの男に真綿で首をゆっくりと締められているのだ、お前なんかすぐに殺す事ができるんだぞ、という自信に満ちた奴がそこにいるのだ。

 もちろん不死の俺には痛みは感じても死にはしない為、殺られる、生き返る、殺られる、生き返るを繰り返せばいつかはこいつに勝てるかもしれない。しかし問題は美良さんだ、俺の後ろで怖がっているこの人は無事では済まない。

「そうかい、残念だよ。仕方ないが実力行使とさせてもらうよ」

 奴の背後からまた黒い渦の様なものが出てくる、あれにはどんな効果があるのだろうか。

「待ってください、一つ提案があるんですが」

 俺の苦し紛れのその言葉に反応して黒い渦が消える、奴はなんだ、と言い俺の提案を聞いてくれる様だ。

「あなたは『君たち』と言いましたが俺だけ協力する、というのはどうですか?この人は見ての通りの臆病者です、とても戦力になるとは…」

 自分の事はいい、美良さんだけでも助けようとした結果である。美良さんも俺の言葉の意図を理解してくれた様で、突然の悪口を受け入れてくれた。

「残念ですがそれはできない、どちらかというとあなたよりもそっちの彼女が欲しいのです。あなたはついでだ、そっちの彼女の力は事前に調べてある」

 奴は俺の誘いには乗ってこなかった、さらに目的は美良さんだと言い出したのだ。

 とんでもない事になった、実力は俺よりも美良さんの方が上だが今のこの状況では美良さんは戦えない、服を掴む力がより強くなるのを感じる。

「そうですか…どうやらあなたとは話が合わない様です。やはり断らせてもらいます」

 今の俺には迷いも緊張もなかった、あったのは美良さんを守るというただ一つの目的だ。

「美良さん、俺が重力を弄ったら全速力で飛んでください」

 奴に聞こえないように小声で話す、シオンは、と訊かれたが何も言わなかった。俺の考えを伝えると美良さんは逃げなくなると思ったからだ、臆病なくせに友達思いの優しい人なんだよな。

 一度深呼吸をする、なんだか自分がヒロインを守る物語の主人公になったみたいな気がして場合じゃないが少し笑えた。

「逃げて!」

 そのセリフと共に俺は重力を弄る、美良さんに働く重力を小さくし、奴に働く重力を大きくした。違うことを2つ同時に行った為、奴には通常の2倍の重力も働いていないだろう。

 しかしここで1つ誤算があった、美良さんが逃げるのを一瞬だけ躊躇ったのだ。あそこで答えなかったのがいけなかったのか、この優しい人に俺は犠牲になる、と思わせてしまったのだ。

「なまっちょろいぞ!貴様の能力は!」

 奴が本当の自分を見せた、落ち着いた雰囲気から一気に悪役になったのだ。薬は使っていないが、まるで有名なジキルとハイドのようにまるっと変わってしまった。

 今の奴はまるで隠れた悪の化身ハイド(奴からすれば今がジキルで、落ち着いた雰囲気が隠れたハイドなのかもしれないが)だ。

「無理矢理にでも連れて行く、そう言っただろう!そいつに戦う意思があろうとなかろうと、俺の計画に賛成だろうと反対だろうと関係ない!支配すればいい、恐怖と力で支配すればいい!」

 完全に狂っている、何かに取り憑かれているわけでもなく、奴からは狂気しか感じられない。

「美良さん早く逃げて!」

「でも…それじゃあシオンが!」

 こんな時に何を言っているんだ、優しすぎる、本当にこの人は優しすぎる、兵士には一番向かないタイプだ。

「もう遅い!閉じ込めてゆっくりと支配してやる!」

 俺はそう言った奴に魔力の弾丸を撃つ、しかしそいつの言葉通りもう遅かったようだ。俺達のいる上下に黒い渦が発生している、俺の撃った弾は奴に簡単に弾かれた。

 とっさに俺は美良さんに働く重力を小さくしているのを思い出した、今なら俺よりも身長の高い美良さんを担いで逃げることができる。この上下の渦は危険だ、本能がそう言っている。

「逃がさねぇよ…」

 冷たい声でそう言った奴がいつの間にか俺達が逃げた方向にいた、そして俺は腹に重い一撃ももらった。

襲ってくる痛みと吐き気に飛ぶことさえ困難になる、が落ちることはなかった。

 俺は奴に服を掴まれた、まるで子猫が親に背中を咥えられて移動する時のように。

 シオン!シオン!と美良さんの声がうっすらと聞こえていたが俺が気を失ったのか、美良さんが奴に何かをされたのか、すぐに聞こえなくなった。

「さてと、準備は完了か。必要なのはこの嬢ちゃんだが…こいつも連れて行くか、誰かに報告でもされたら厄介だからな、あっちでどこかへ放っておこう」

 霞む視界の中、下から黒い渦が迫ってくるのがわかった、多分上からも渦が迫っていたのだろう。これから何が起こるかわからない、が美良さんだけは…


「さて、裏で鍵を探すか」


 そう聞こえた次の瞬間、目の前が真っ暗になった。

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