不幸宅配便
「昨日はお疲れ様、疲れは残ってないかしら?」
何も無い無の空間から、いきなり人が現れる。
「おうモエミじゃん、久しぶ…痛っ!」
マリが挨拶すると、モエミに軽くたたかれる。理由はおそらくいつもと同じだろう。
「年上には敬語を使うものよ、鞠ちゃん?」
いいじゃんか別に、とマリが言うのを横目に、私はかつての母親代わりにきつくあたる。
「今日は何?私は1人でやっていけてるから心配はいらないわよ」
「相変わらず冷たいのね白花ちゃんは、小さい頃に世話をしてあげたのは誰?昔はもっと可愛かったわよ?」
うるさい、と私が言うとモエミは拗ねた様にこちらを見る。年上とはなんだったのか。大体、こいつが来る時は仕事がある時だ、またか…今日はマリにやってもらおうかな。
「まぁいいわ、そんな事よりお仕事よ。どういうわけか分からないけど、町で人が暴れているの、それをなんとかしてちょうだいね」
やはり仕事だったか、予想通りだ。ならば予定通りマリに行ってもらいましょう。
「言っておくけど、鞠ちゃんに任せて自分はさぼるなんて駄目よ。2人で行ってきなさい、それがあなたの受け継いだ『世界守』の仕事でしょ?」
ちぇっ…ばれてたのか。私が残念そうな顔をすると、やっぱり、とモエミが言う。それを見て、また何か言われるのは気分が悪い、と思い、冷静を装いつつ「そんな事ない」と返した。
「どうだか、早く行ってきなさい」
とモエミが私達に向かい言う、その笑顔が逆に怖い。
「分かったわよ。行こ、マリ」「おう」
そんなやり取りをしてから、私達は空を飛び、町へと向かった。
今日も始まる…夢も希望も無い1日が…
「やっと着いた、結構遠いのよね…」
「飛んできたんだから早かっただろ、歩いたら何分かかるんだよ」
30分くらい?と私は答える、モエミの視線が気になったからかなり急いで来た。約5分で着いただろうか、体感ではそのくらいに感じられた。
私とマリは町を歩いて捜す、さすがに目立つので町では飛ばない。くだらない会話をしながら歩き回る、さながら普通の町娘のように見えるだろう。
歩いていると色々な匂いがした。当然の事として魚屋からは魚のの匂い、八百屋からは野菜の匂い、食事処からは美味しそうな匂い…朝ご飯を食べたばかりだが、飛んで来た為か少し小腹が空く。
しかし妙だ、町の様子はいつもと変わらない、むしろいつもより賑やかだ。
茶屋で一服する人、魔法書を買う魔法使い、人間に化けている妖怪もいる。そして極め付けに、人の間を縫って走る子供達…何か起こっているとは到底思えない。
「本当に暴れている人なんているのかしら?」
「さあ知らね、お前の場合いないんならいないでいいんじゃないのか?」
「よく分かってるわね、その方が助かるわ。あっ、和菓子屋があるわよ、金鍔でも食べない?」
私達も事件なんて忘れたかのような会話をする、あぁ…これが平和なんだな。
会いたくもない犯人さん、ずっと出てこなくていいですよ。すぐに解決してしまったら、昼からまた仕事が入るかもしれないから。もちろんそんな事は稀だけどね。
「んー、金鍔はいいよ。私はさっさと終わらせて『ランチ』にしたいからな」
らんち?また意味の分からない事を…今度は意味を聞かないようにした、聞いたら多分急かされる。
できるだけゆっくりと時間をかけて捜そう、適当な事をマリとだべりながらゆっくり…
「アハハハハハ!」
そう思った矢先、奇妙すぎる笑い声が橋の向こうから聞こえてきた。ちょっと…何よこれ普通じゃないわよ、もしかして…いや、もしかしなくても犯人よね…
「はぁ、もう大体の場所分かっちゃった…」
「何がはぁ、だよ、ほら行くぞ!」
どうしてこんな事に、このままじゃすぐに事件が解決して『ランチ』なる物が始まってしまいそうだ。
仕方ないか、後でモエミに告げ口されても困るし。私とマリは木造の橋を渡り、奇妙な声のする方向へと向かった。
「アハッ…アハハ…アハハハハハ!アハハハハハ!」
どんどん声が近くなる、みみがどうにかなりそうだ。よくもまあさっきまで気が付かなかったものだ。
程なくして、私達はその声の主の元にたどり着いた。
ひどい有様、何人か人が倒れ、蕎麦屋の店先に飾ってあるタヌキの置物が壊されている。他にも板きれが散乱している。
その光景もすごかったが、私は暴れている女の子に目がいった。
「あれ?あの娘って…」
見覚えがある、そうだ間違いない、あの娘は私が仕事を受け継いだ最初の事件で助けた八百屋の娘だ。名前は知らないけど、その縁でたまに野菜を分けてくれるのよね。おかげで食費が助かっている。
でもなんで…なんでその娘が涙を流しながら、まるで何かに怯えるように大声で笑って暴れているの?
「ちょっと、どうしたの!」
かなり大声を出した、でも彼女には届いてないみたいだ。それもそうか、こんな大声で…言葉は悪いが馬鹿みたいに笑いながら暴れているんだもの、聞こえるはずなんてない。
「なんだ知り合いなのか?まぁなんでもいいから、とりあえずなんとかしような」
それもそうだ、でもこの娘は普通の少女、罪人でさえ傷つけるのに罪悪感があるのに…今回は気がひけるなんて問題じゃない。
「あの娘は普通の人間なのよ、魔法使いや妖怪じゃない。どうするつもりなのよ?」
「とりあえずぶっとばせばなんとかなる!それに、今のあいつが普通って言えるのか?」
ぶっとばすって…でも確かに今のあの娘は普通じゃない、明らかにその世界の外側に存在している。
「アハッ……アハハハ!」
あの娘は笑い続ける。…でも。
でも私には知り合いの女の娘を傷つける言葉にできない、ついでに言うと仕事をする気もない。
「じゃあマリがやりなさいよ、私には絶対に無理!」
「だろうと思ったよ。でもこの魔法は私には合わないから、多分魔力がほとんどなくなるぞ。後は頼んだからな」
マリがいつものように意味の分からない言葉を並べ始める、自身の『魔法』を使うために。
「光よ、そなたの力で強き力を鎮めて…」
マリの独り言…もとい詠唱は、少女の笑い声にかき消される。マリの力は分かっているけど…心配だ、特にあの娘の無事が。
私がそう思った時、すでに少女がマリの怪しい行動に気づき襲いかかろうとしていた。
「縛れ、優しい束縛」
マリがついに魔法を唱える。するとあの娘の下に魔法陣が現れ、光の鎖が彼女を軽く縛る。
すると彼女はいきなり膝から崩れ動かなくなった、恐るべしマリの魔法、あの『能力』があってこそ、魔力を大量に使う上級魔法がつかえるのか。
「力が抜ける鎖だ、1日はここでおとなしくしてるだろ」