クールの信飛子
今回から前回の話を少しだけ入れています。読みやすいかな、と。
私が薬屋「草花」まで行った理由、ルカを連れて行ったからだ。確か全速力の休み無しだった。魔力を大量に消費した。
そして、それは眠らない限り回復はしないのだ。
つまり私は、体力も魔力もギリギリの状態で、それを知らずにカミツレと戦っていたということになるというわけだ。
「我ながらよくここまで…、死んでもおかしくなかったわ…」
私は胸をなでおろし、ほっとため息を吐く。カミツレの能力が逆転でなければ、それかその逆転をされなければ私は負けていたのかもしれない。運が良かった、それに尽きる。
そんな私をよそにカミツレは泣くでもなく、最後の抵抗をするでもなく座り込み、
「はっ、ハハッ…もう、痛みに叫ぶ力もないや…」
そうだ、もうカミツレは手が使えない。最後に斬った腕の痛みは感じているのだ。その痛みは計り知れない。私はゆっくりとカミツレに近づき、
「なんにせよ、やっと勝ったわ。さあ、観念して2人を元に戻して」
「もう戻したさ、ぼくの負けだ」
カミツレは顔を上げずに言う。だが信用ならない、当然だろう。私は薙刀の刃をさっと首に近づけ、
「…本当でしょうね」
「嘘をつく余裕もないよ。体はボロボロ、血だってかなり流した。頭がクラクラする、痛みを感じてたらぼくはどうなっているのか」とカミツレはここまで言うと後ろに倒れ、「ぼく、本当に生きてるのかもわからないや…」
生きている。私は心の中でそう答えた。だから私はまだカミツレに刃を向けている。死んでいないから、まだ憎しみの向ける先があるからだ。
私はまだ聞いていなかったことを、憎しみに乗せて尋ねる。
「それでも私は情けなんてかけないわ。あんたの目的は何だったの」
「目的か…、ぼくを救い出してくれた人たちの力になりたかった、それだけさ…」
「じゃあその人たちはロクな人間じゃないわね、こんな事をさせるんだもの––––」
私が最後まで言う前にカミツレの表情がガラリと変わり、
「あの人たちを馬鹿にするな!」
一瞬、時が止まったかのように思えた。
私の言ったその一言でカミツレが何を思ったのかは分からないが、ただ単に阿呆みたいに大きい声で叫んだのではないのは明らかだ。一体何を感じることがある、私はただ真実を言ったまでで、偽りは何1つ混ぜていない。私の言葉は正しいはずだ。
カミツレの叫びにわずかに気圧された私は、やや間を置いて言葉をひねり出す。
「何よあんた、私は間違いは言ってないわよ」
「違う! あの人たちは、ぼくを世界から救ってくれた。世界の中には汚い世界が多すぎる、そんな世界から他の世界を救うためにあの人たちは––––」
私とカミツレの目の前に不気味なほど真っ黒の渦が現れる。
カミツレは言葉を止め、ただただその黒い渦を見ていた。私も同じだ。だがカミツレの目は私の驚きと違い、何かに怯えているような感じがした。
間も無くして、その渦から1人の男が出てくる。カミツレと同じような服装をし、やはり顔を隠すためにフードを被っており、何やら分厚い本を持っている。歳は分からないが、体つきからして成人だろう。
その男は現れるなり私には目もくれず、ただカミツレだけを見つめる。
「おしゃべりがすぎたようだね、加蜜列」
「の…信飛子さん…?」
カミツレがノブヒコと呼ぶその人、この人もきっと能力者だ。黒い渦から急に現れた、モエミと同じような瞬間移動系の能力に違いない。
名前に“さん”をつけるあたり、この人はカミツレの言っていた「あの人たち」の中の1人だと判断していいだろう。つまりろくでなし、敵だ。
私はノブヒコという奴の隙を窺うが、私に背中を向けていてもなお、そいつには隙が見えない。瞬間移動系の能がいつでも逃げられるという余裕に繋がっているのか。
私の殺気を知ってか知らずか、未だに背を向けたノブヒコはカミツレに近寄るとしゃがみ込み、話し始める。
「ゴメンね加蜜列、許してほしいんだ」
その言葉を受けたカミツレは意外そうな顔をし、
「許すって…一体何をですか。許すも何も、信飛子さんは何もしていないじゃないですか。ぼくが勝手にこの役目を買って出て、勝手に負けただけです…なのに、一体何を…?」
「うん…それはね…」
とノブヒコは言いづらそうに唇を噛む。やや間を置いて、何かを決めたのかノブヒコは話を続ける。
「君はもう用済みなんだ」
「…え……」
その言葉を聞いた瞬間、カミツレの口は開きっぱなしになり、考える事を不可能にした。あまりに衝撃が大きかったのか、カミツレの下は回らなくなる。
「よ、用済みって、ど、どういう事なんですか…」
「そのままだよ。用済み、辞書で引こうか…用の済んだこと。用を果たし終わること。いらなくなること。」
「…そんな……いらなくなるって…」
「そう、いらないの」




