白花の攻撃
「腕を、ね。まあ妥当だな…」
と言うとカミツレは鼻で笑う。私にはその顔が何やら不満げに見えたが、きっと気のせいだろう。
私は腕を切るのなら、と薙刀を短く持ち、持ち手の半分以上を砂に戻して短い薙刀–––槍とも言うのだろうか–––へと武器を変える。長いままでは至近距離で切りづらいが、脚を使えない所為で短さを活かした素早い攻撃は死ぬ。
相手の実力は逆転してもなお私より下、切るのは余裕だが、その前にカミツレが私の力を逆転させないはずがない。
一瞬でも躊躇すれはやられる、私は2人を取り返せない。
切り落とすまでもはいらない、動かせない程度に、絶妙な浅さに刃を入れる、難しいだろう。最悪、少し深くても構わないが、きっと痛みは大きいはずだ。
「いいえ、こいつは2人を、鬼灯ちゃんをも狂わせた。情なんてないわ…」
そう言ってから私は自身を包む紙の鎧に刃を立て、そこからビリビリと破き剥いでいく。私は傷をつけられることを覚悟した。代償を払わずに大義をなす、カミツレ程度の実力なら余裕だが、もうそれもやめた。
私は甘かった。
私はカミツレに対し憎しみを持っていたにもかかわらず、自身の心の安心を求めて気絶を狙ってばかりいたのは、私が甘すぎるからだ。能力者が死ねば能力は消えて無くなる。当たり前の事に嘘をついて、友人や家族を安全に助けるというのを理由にして、肉を切る感覚を遠ざけていたのだ。結果的に叩く感覚も生々しいということがわかったのだが。
ともかく、私は今からカミツレを殺しにかかるつもりで戦う。一瞬、ほんの一瞬だ。その一瞬を超えたらすぐに心に憎しみを塗り、罪悪感を中和させる。なんとも残酷だ。
だがその前に、私はある実験をする。
「…っ! たぁああっ!」
私は叫び、今もなお貫かれたような痛みを感じている足を薙刀の石突で殴りつけた。
「……ふふふ…やっぱりね…」
「霜月、おまえ…!」
カミツレの表情が今までにないほどに怒りに包まれる。私の足の痛みは、追加で殴りつけた痛みを受け、穴が開いたのかと錯覚するほどの激痛が、ものにぶつけた程度の痛みに変わる。
「おかしいと思ったのよ。あんたはさっき魔力を空っぽの状態から逆転させて一杯に満たした。じゃあなんであんたは私に傷をつけたのか、理由は簡単よ、自分の与えた痛みしか逆転できないからでしょう。できるのなら、私がこの空気から受けている摩擦でも逆転させられるはずだものね。じゃあこの痛みをなくす方法はもっと簡単、自分でその傷を上書きすればいい」
この程度の痛みであれば、短くした武器による素早い攻撃は可能となる。
「カミツレ、あんたを始末するわ」
私は薙刀–––むしろ変わった形の刀–––の刃をカミツレに向ける。するとカミツレは薄っぺらな作り笑いを表情を怒りの上から貼り付け、
「…落ち着いてる、静かな殺意という奴だろうか。逆転させるにさせられない、怖いねぇ…」
「もう私は優しくないわよ。諦めなさいなんて言わない、代わりに私はこう言うわ。かかってきなさい!」
「ちっ…上等だ…!」
カミツレは針を構え、怒りの表情をもう一度見せた。焦っているのだろう、私が少し前に言った通り、カミツレが生きているのは私がやらなかっただけで、カミツレ自身の実力が私に近いからではない。
身に迫る危険を感じているのか、針を構える手が震えている。私はもう打撃をやめ、私に痛みの逆転を破られ、性格の逆転は私には無駄に等しい、使えるのは魔力の逆転のみ、私がカミツレなら絶望ものだろう。立っていられるだけ上出来だ。
「あなたの言葉を借りるなら、これは最終ステップよ」
そう言うと私は強く地面を蹴り、低い姿勢でカミツレとの距離を詰め、短い薙刀を腕を狙って振る。
「はあっ!」
「ぐっ…! 魔力全開放ッ!」
「無駄よ!」
カミツレが魔力を開放し、攻撃か逃げるかをされる前に私は薙刀を振るい避けさせることでそれを封じると、隙のできたカミツレを痛みのなくなった足を使い横腹を蹴り飛ばす。
「…っ、がっ……ゲホッ、ゲホッ…」
カミツレは苦しみながらも指を回転させ、痛みを回復させる。蹴り飛ばしたのは間違いだった。隙を作り、切る。最短で成し遂げなければならない。
「はぁ…はぁ…まだ、まだまだだ!」
今度はカミツレが自ら距離を詰めてくる。焦っているのか怒りなのか、体力を逆転させるのを忘れているようで息切れを起こしている。
そんなカミツレをよそに、私は容赦なく追撃を加える。だがカミツレもしぶとく、腕を狙っていることが分かっているからそれを後ろに回し、切られないように体で庇う。私に攻撃は飛んでこない。一方的な命のやりとりだ。
またカミツレの体に傷がつく。
「ぐあっ! うぅっ…! まだ…だ…」
回復の時だけは必ず指を使う、狙い目はそこだと思っていたが、背中で回転させて回復してくる為に隙がない。むしろカミツレ自身は攻撃を受けてばかりなので隙だらけなのだが。
カミツレの逆転は痛みにしか効果がない。切り傷が塞がることはないのだから、このまま続けていると出血量は大変なことになるだろう。
そしてまた1つ、1つとカミツレの体は傷を増やす。
「まだだ…まだなんだ…!! こっちも、攻撃を…!」
痛みを回復させ、カミツレはようやく隠していた腕を出す。手には構えていた針、だがもう針での攻撃は私には通用しない。カミツレも分かっているはずだ。もはやカミツレが戦いを続ける理由は意地だけだろう。
私が薙刀を縦に振ると、カミツレは針でそれを防ごうとするが、所詮は指の間に挟んだだけ、薙刀の威力に負け、その針は呆気なく飛ばされる。
私はその一瞬の隙を逃さず、振り下ろした薙刀で切り上げ、カミツレの右腕を斬った。
「うがぁっ!!! …ちくしょぉ…なんで、なんでなんだよぉ…」
悔しがるカミツレ、だが斬ったのは片方だけだ。もう片方の手で痛みを回復させられれば、使い物にはなる。両方同時にやらねば、そう思っていた。だがカミツレはなぜか頭を抱え、
「なんでだ、なんでだ! ぼくは弱い、だからこそ強いんだ! こんなのって、こんなはずじゃ!!」
カミツレは叫び、息切れを起こして苦しむ傷だらけの姿を私は見ているだけだ。その表情には私と同様の怒りと憎しみがにじみ出ている。もはや狂気だ。
だがこれは好機、あとは片方の腕を切るのみ、勝利は近い。
「……ふふ…」
今、私は笑った。ニヤリとだが、戦いの中で笑った。




