早めの第三
カミツレは言いながら針を構え、どこを傷つけようか品定めをするかのように私の腕や足をジロジロ見る。夏も近く半袖の服を着ているため、簡単に傷はつく。
意識が飛びそうなほどの痛み、こんなものを何箇所も作られてしまっては体が持たない、早期決着が望ましいだろう。幸い痛みに伴って大量に流血するわけでもないし、痛みに耐える自分との勝負になるだろう。
「かすり傷が致命傷って…お先真っ暗じゃない…」
私は勝負の苦しさについつぶやくと、カミツレは何かを気にしたような顔をし、
「んー、それだと語弊があるな」
と私の言葉を否定し、針が刺さらないように気をつけながら腕組みをして続ける。
「致命傷は致命傷だろうけど、それは感覚だけだからな、血が大量に噴き出して失血死にはならない。いわば動きと精神力を削ぐと言ったものだろう」
言い終わったところで腕を下す。軽い論理学者気取りだろうか、私が既に考えておいたことを何も知らない人間に伝えるように言っていた。
少しでも油断をさせるよう、私はあえて安心したフリをし、
「なるほど…それじゃあだいぶ削がれてる今の状況はしてやったりってところかしら…」
「その通り」
「ちぇっ…、こんな面倒なことしないで、さっさと私の実力を逆転させれば楽に勝てるものを…、嫌な性格してるわね…」
足に未だ消えない痛みを存分に感じながらも、私は憎まれ口を叩くのをやめない。感情のぶれが勝負を左右することなど多々ある、私はいつも通りに相手を怒らせ、冷静な判断を欠くことに何より努めた。
だが今の痛々しい私の戯言など、炎の前の紙くずも同じだろう。ゆっくりと、そして確実に消される。
カミツレは自身を馬鹿にしている私の視線に反応し、再び学者のように反論を始めた。
「言っただろうけど、物事には順序というものがある。芸術家が何ヶ月もかけて描いた絵と素人が1日で描いた絵、どちらが素晴らしいかは目に見えている。それと同じだ。中身のない戦いなんてクールじゃないさ」
ここまで言ってカミツレはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、
「もちろん、おまえの実力くらいいつでも逆転できる。でもそれはもう少し段階を置いてから、そうだな…あとふたつくらいかな」
私はそれを聞いて反射的に笑い、なんとも言えないカミツレの馬鹿さ加減に呆れてしまった。
「はんっ、まだふたつも逆転させないと私に勝てないってことでしょ。その前に終わらせる…!」
「ふっふっふ…、いつまでもつかな」
「こっちの台詞よ」
私は深呼吸をする。吸って吐くのを2回繰り返してから、わたしは溜息を吐いた。
「できれば使いたくなかったけど、そんなこと言ってる場合じゃないわね…」
1人ぼやき、薙刀を地面に刺してから私はロール状にしておいた紙を取り出し、それを自身の魔力を使って素早く腕や足に巻きつけていく。
肌を露出した部分全てを紙で覆い終わり、私は差し詰め木乃伊か何かのようだろう。
「薄い鎧、動きにくいったらありゃしない…」
そう、これは包帯ではなく紙で、さらには防御のために変化させればカチコチになり、その姿勢から動けなくなる。速さが大分下がる技だが、どうせ足が使えないのだから変わったものでもないだろうか。
私の技で最高の防御技、それを見たカミツレはいきなり噴き出し、声を出して笑った後、
「そんな文字通りの紙装甲、針で十分切り裂ける!」
と叫んで突撃に来る。
確かに私の使っている紙は本当に普通の紙、針で刺せば簡単に穴は開く。しかし、なんでも武器、防具にできるのが私の能力だ。
カミツレの攻撃は私の腕をめがけて行われた。私はその攻撃を腕で防ぐため、サッと攻撃線状にそれを入れた。
もちろん、攻撃を受ける直前で紙を金属に変えて。
「なっ…!? か、硬い…!」と、カミツレは何かに気づいたような顔をして、「そうか、触れて変化させるのなら手じゃなくてもできるはず…!」
「そういうことよッ!」
私は巻きつけた紙を一旦金属から戻し、自由に動かせるようにする。金属や何やらにした後、素材を元に戻さないと動かせないのが弱点だが、触れている面積が大きい分反応は早い。そして近接格闘も可能となるのだ。
針の攻撃を弾き、足に負担をかけないよう私は上半身の回転を利用してカミツレの首元に裏拳を食らわせる。当然のように気絶はしないのだ。カミツレは動き回れるのを自慢するかのようにそそくさと後退していく。
「…っ! そういうあんたも固すぎなのよ、気絶くらいしなさいよ!」
「へんっ、バーカ。自分のチカラの弱点くらい理解してるさ。急所に強烈な打撃を食らうと気絶する、それを気絶しないように逆転させておくのは当然だ!」
「いやらしいわね…痛っ…くぅぅ…、もう最悪…」
上半身の回転を使ったとはいえ、体の一部分のみに力を加えることは難しい。自然と足にも余計な力が入り、より痛みを引き起こす。
言葉にも出した通り、最悪だ。でも––––
「負けられない、負けられないのよ!」
「こちらとて同じこと!」
カミツレの声を合図に私は薙刀を地面から抜き取り、もう一度構える。奴は何かを仕掛けてくる、そんな予感がしてならない。
「死の行軍がほぼ封じられた、早いが次のステップだ。温存してた力、今こそ解き放つ。魔力全開放ッ!!」
カミツレはそう叫び、自身の体から大量の魔力を溢れさせ始める。貧弱な魔力も、逆転の所為でそこらの能力者の限界所有魔力は軽く超えているだろう。何度も何度も考える、本当に厄介極まりない。
溢れた魔力はカミツレの足元に溜まり、重心を低くしたかと思うとその溜まった魔力を爆発させ、ものすごい速度でこちらに突撃してくる。先ほどと違うのはただまっすぐ突撃するのではなく、魔力を操ることで複雑に道筋を変えていることだ。
だが、ただ速度が速いだけなら金属に変えるだけでいい。私はある程度カミツレが攻撃を仕掛けそうな場所を特定し、その部分を特別硬い金属に変化させた。
「そんな細い針、速さを上げただけじゃこの守りは貫けないわ」
「いいや、これでいい!」
カミツレは自信満々に叫ぶ。強がりか、はたまた開き直りかとも思ったが、声の調子は何やら勝利を確信しているようなものだった。
「防御のために全身を金属で包んだのが失敗だったな! その瞬間、逃しはしない!」
限界まで近づいてきたカミツレ、その手に針は構えられておらず、代わりに金属に変えた所為で動かせない私の腕を掴むと悪魔のような笑いを浮かべる。
その不気味な笑い顔を見た時、私はカミツレの髪の毛が逆立ち始めているのに気がついた。
バチバチと音を立てるチカラを纏い、カミツレは叫ぶ–––––
「終わりだッ! 悪魔の人間発電!」
「っ…!! しまっ––––」




