天国のゾンビ
危険を察知した私は急いで後ろに跳び、カミツレから距離をとる。薙刀は普段使う剣と比べるとなかなか重いので、一旦材質を軽い木材の桐と、軽金属に変化させた。
「あの指の動き…、あれは鬼灯ちゃんの…」
ある程度退がった私は呟き、1人苛立ちを覚える。こいつの所為で鬼灯ちゃんも狂わされたのかと考えると、もう居ても立っても居られない。何の理由があったとしても、こいつは討つべき敵だ。薙刀を握る手にも力が入る。
ややあって、倒れていたカミツレはピンピンした様子で立ち上がり、もう一度どこかから針を取り出して構える。カミツレの傷はほぼ完治、振り出しに戻った。
カミツレは私を見てニヤリと笑い、
「よし、第2ラウンドといこうか」
「さっきまでボロボロだったのに、吐き気はもういいのかしらね」
「ご心配なく。てか、自分の心配をした方がいいよ」
「ええ…そのようね…」
薙刀を構え、私はいつでも動ける態勢をとる。針を投げられたとしても弾き飛ばすことはできるだろう。私は溜息を吐き、
「大体察したわ。前情報もあったし、あんたが馬鹿みたいにぺちゃくちゃしゃべるから。相当厄介ね、その『ざりばあす』っていうのは」
「まあね、あの方達がくれた能力だ。何でも、どんなものでも逆転させる。…まあ、できないものもあるけど、痛みの度合いを逆転させてやわらげるくらいお茶の子さいさいのさい子ちゃんだ」
「へぇ、便利ねぇ。あんたを倒す方法が限られちゃったわ…」
私の台詞にカミツレは不気味な笑みを浮かべ、
「それはぼくを倒せるっていう口ぶりだ、どうかな」
「立場逆転、さっそくあんたの術中にはめられたのかしら。面白くないわね」
思わず私は苦笑する。実際、カミツレは弱いが相当に厄介だし、倒す方法も今の所思いつかない。これほどまでに弱く、これほどまでに面倒な敵は過去に1人もいなかった。
さて、どう倒すか、下手をすれば耐久戦で負けてしまう。
考えているのを悟られない様にしていると、カミツレは構えた針を一旦降ろし、
「それより霜月、おまえ、気づいてないよな?」
「何がよ…」
「足、足だよ」
と言って私の足を指差すので、私はそれを見る。すると、ふくらはぎから赤い液体が僅かに流れ、それが靴下にかかろうとしているところだった。
「血が出てる…、いつの間に…」
「さっきだ。痛いか?」
「全然、これっぽっちも」
私は正直にそう言い、血を指で拭い取り薙刀に触れ、その触れた部分だけを一時的に吸水素材に変化させ、それを吸い取らせる。それが終わると元の木製に戻した。
その様子を見ていたカミツレは鼻で笑い、
「そうか、まあ今はいいよ、後で具合を見ながら、だな」
「あんたに後なんて、ないわ」
私はそう言い、飛び出す。構えを解いた今、最高の狙い目だ。薙刀の材質は軽くしたまま、振り下ろすときに通常に戻すことにする。その方が速度も威力も伴うだろう。
首元を叩く、今度も背後に回り込んで気絶を狙う。
カミツレの側で右から攻撃する振りをし、左から背後に回り込み、その勢いのまま首目がけて思い切り振り下ろす。
人の肌に当たった鈍い感触、だがカミツレは倒れない。それも当然だろう、今度のカミツレは私の攻撃を察知し、右手でしっかりと私の攻撃を受け止めていた。
「いくらでもあるさ、このチカラがあれば」
「くっ…!」
すごい力だ、薙刀はピクリとも動かせない。先ほどとは大違いのこの反応と力、間違いなくカミツレの能力の影響だ。
カミツレはこちらを見ずに言う。
「考えなかったのか、ぼくの身体能力を逆転させる可能性をさっ!」
言い終えたカミツレは咄嗟に薙刀を手放し、姿勢を低くして私の足を払いにくる。私は薙刀に入れていた力の勢いで態勢を崩したが、それを利用して宙に浮き、足払いを避ける。
「もちろん考えたわよ。あんた、通常時、一般人並みに、弱いってことじゃない!」
言いながら連続で薙刀を振る。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。それらを全て避けたカミツレは得意げになり、
「だからこそぼくは、強い」
「複雑ね、でも…」
私は純粋な能力者であり、苦しい経験をしながら今まで戦い抜いてきた。だが所詮、カミツレは話を聞いている限りど素人、能力も最近手に入れたものだ、そんな奴に負けるわけがない。
「それでも私には勝てない」
私は薙刀を横に振る直前、刃を鉛に、持ち手をよく伸びるゴムに変化させる。カミツレはそれを後ろに避けようとしたが、遠心力によってゴムは伸び、薙刀の長さは僅かではあるが長くなったところで、私は元の木製に戻した。カミツレは避けた距離が足りず、また持ち手の部分に飛ばされ、さっき見た光景と同じ物を私は見せられる。
「天国の門! 第3ラウンドだ」
「しつこい……!」
今度は避けられる前にそいつの首を狙う。倒れていたカミツレの首を狙うのは簡単で、今度は見事に当てることができたが、カミツレは気絶をしない。少し躊躇ったか、カミツレはもう一度指をくるりと動かす。
「第4ラウンドだ」
「もはやぞんび…ねっ!」
そう、いつの日か本で読んだ死してなお動き続ける化け物、こいつはそれ同然だ。何度も、何度も立ち上がって、攻撃されて、立ち上がって、また倒される。今度は躊躇わない、全力で頭を叩き、脳震盪が起きれば儲け物だろう。
だが、結果は同じだ。
「第5ラウンド」
「もういい!」
そういえば、なぜこいつを斬ってはいけないのだろう。そうだ、モエミ達を元に戻したのかどうか、それを聞くためだ。次はどこを狙う、お腹か、首か、もう一度頭か。
こいつは何を考えているのだろう。痛みはあるはずなのに、何度も何度も苦しみを受け、なぜもう一度それを受けるために立ち上がるのだろう。私は骨を折る勢いで、再び首元を狙った。
…まただ。
「第6––––」
「いい加減に、あきらめなさい!」




