反逆の狼煙
カミツレは一呼吸置き、
「他の2人も強者の匂いがしたけど、一番血の匂いが強いのがおまえだった、だから中途半端なあの人らを追いやって、おまえだけ残した。…とまあ前置きはこのくらいで、一番の理由は、霜月には聞きたいことがあるからだな。ぼくの主人の敵である霜月にね」
言い終えたカミツレは私を右手で指差すと、自身の使う武器であろう針を4本どこかから取り出し、左手にそれを構える。とても細い針、殺傷能力は皆無だろう。
だがあの針、投げるのだとしたら、いつも使っている細身の剣では弾きにくいかもしれない、と考えながら私はニヤリと笑い、
「へぇ、随分と敵が増えたわね、私も。でも、やっぱりあんた馬鹿じゃないのよ。私が一番強いから残した? まともな考えじゃないわね」
私はカミツレに冷たい目線をやり、
「私に勝てるとでも?」
「まともに戦っちゃ勝てないさ。まともに、ね」
「言ってなさい」
もともと何の関係もないが、私は突き放すようにカミツレに言う。こんなにも敵に対して冷酷であった事はない。
怒りとは恐ろしい、人を変えてしまう。さっきのモエミも怒っていた、カミツレの能力は怒りなのか、いや違うだろう。現にマリは怒ってなどいない、心配そうな顔をするか、笑っていただけだった。
カミツレの能力は単純、『性格を逆転させる』、そう仮定していいだろう。
だったらどうにでもなる、すぐに息の根を止めることも…
それではダメだ
わたしが今一番に行うべきは2人の無事を確保すること。特にモエミだ。目的を外れてはいけない、怒りとは本当に恐ろしい。
冷静に考えづらい、濡れた布を額に乗せて頭を冷やしたいが、当然のごとくそんなことは無理だ。落ち着けと自分に言い聞かせても、早くモエミ達を助けなくてはという焦りが出る。
こうなっては仕方がない。半身ほど、怒りに身をまかせるとしよう。
「今はだいぶ虫の居所が悪いの、私を一番に無力化させなかったのがあんたの運の尽きよ」
「ククク…フハハハハ!」
カミツレは不気味に笑い、右手にも針を構えながら、
「もらう、もらうよ。全部で4つ、そのうちの1つは霜月、おまえの命だ!」
「4つ…、何だか知らないけど、既に2つ奪われたわ。さっさと取り返させてもらうわよ」
私は固い地面に手をつけ、土の材質を変えるとそれらをひとつの形に纏め、地面から取り外す。持ち手は木製、刃は当然鉄の薙刀、いつもならわずかについた汚れを気にして、持ち手に紙を巻くところだが、今回はそれをしない。
薙刀は初めて使う。だが自然と使いこなせるような気がした。
「一瞬で終わらせるわ」
「ほざいてろ! くらえ山荒––––」
カミツレが技名を叫び、それを繰り出そうと拳に力を入れた瞬間、私は動いた。6メートルほどあった距離を一瞬にして詰め、私はカミツレの背後に回り、薙刀を大きく振りかぶる。カミツレは私が背後にいることさえ気づいていない。
「遅いわよ」
カミツレの右脇腹めがけ、刃に近い柄をぶつけると思い切り振り抜く。体の小さなそいつは踏ん張ることもなく、勢いよく飛ばされる。
地に打ち付けられ、引きずられ、カミツレはようやく止まる。立ち上がってくるかと思いきや、苦しそうに咳をするだけで私に立ち向かってこない。
「はぁ…、何よ、とんだ拍子抜けじゃない」
弱った作戦でもないだろう、私はゆっくりと歩いてカミツレに近づき、仰向けになって倒れているカミツレの首元に切先を近づける。拍子抜けだったこともあってか、この頃には自然と落ち着いていた。
「ちょっとあんた、まだ喋れるくらいの体力はあるでしょう。私もお子ちゃまをいたぶる趣味はないの、2人を返してもらえさえすればそれでいい、マリはもう元に戻ったの? モエミを元に戻せるの?」
「くっ…くくっ…」
「余裕そうね、弱いくせに。あんた、本当にこの異変の首謀者? ただ逆の性格にさせるだけの能力で、それを使わずに私に勝てるとでも思ってたの?」
「そうさ…、ぼくは弱いさ…」
的外れな回答をするカミツレに、私はわずかにムカつく。
「質問に答えなさい。いたぶる趣味はない、でもあんたを気絶させるくらい、今度の私はなんとも感じないわ」
「ふふ……ふひひ…」
力無い笑い、すでにカミツレの命は私の手の中だ。それなのになぜ笑っていられるのか、私には分からない。
「そうさ…」
カミツレの目つきが変わる。私はその変化を見逃さなかったが、見逃していた方が良かったかもしれないと思った。カミツレの目は死んだ目つきと何ら変わりなかったのだ。
そんな目を空へ向け、カミツレはゆっくりと語り始める。
「そうさ…ぼくは弱い、この世の誰よりも…弱い、弱い自信がある…! 力もない、体力も魔力も貧弱、口だけ達者なゴミ同然の存在さ!」
「あんた…一体何言って…」
「だからって、そんな弱者のぼくは夢を見てはいけないのか、希望を抱いてはいけないのか、おかしいだろう。…あの方達はぼくに夢をくれた、希望をくれた、ぼくに…ぼくにチカラをくれた! 全てをひっくり返せと、あの方達は言った!」
自身の過去か、その死んだ目つきはなぜか輝いている。見えない神を敬うかのような、それを信じて行動しているカミツレ、私は不思議とこの倒れた瀕死の人間を恐れていた。
「性格を逆転させる…? それがぼくのチカラ…? 違う、ぼくにかかれば太陽だって、他人の実力だって、何だって逆さまにできる!」
「太陽って、まさかあれもあんたが––––!」
私が気づいた時にはもう遅く、カミツレは自身の体に人差し指を下に向け親指を立て、
「反逆の狼煙、天国の門!」
と言って人差し指を上に半回転させる。




