感覚が狂っちゃう
机の端に置いてあった目覚ましを、マリは手を伸ばして取り、それを私に手渡した。
「何するの?」
マリは不思議そうに首を傾げる。鈍いやつだ。
「無理やり動かすの。正確な時間が知りたいわ」
そう言って私は、壊れた目覚ましの中に未だに入っている電池を取り出す。両極にそれぞれ人差し指と親指を当て、ゆっくりと魔力を流し始める。
「……新しいの買わなきゃ」
バチバチという音を立て、電池はゆっくりと魔力を貯めていく。もともと電池は最近変えた物、壊れた目覚ましは普通の力では動くはずもない。
私はすでに満タンになったであろう電池にさらに魔力を送る。ゆっくり、ゆっくり。もう電池は魔力を受け付けることをしていない。さしずめ空気のパンパンに入った風船のようだろう。
私はまだまだ送る。これでは動くはずもない、ゆっくりではもう入らないだろう。強行手段その2、ギリギリ限界の量に達する魔力を、私は一気に電池に送り、すぐさま目覚ましにそれをはめ込む。
電池をはめ込んだ瞬間、目覚ましの針は勢いよく動き出し、時間を自動的にあわせ始める。空気中に漂う魔力、それによって時間はあわせられる。
ややあって、針の動きは緩やかになり、長針と短針は止まり、秒針だけが動くようになった。私は目覚ましの示す時間を読み取る。
「6時過ぎ…もう暗くなってきてもいい時間だわ…」
私は驚きもしなかった。そもそもモエミの言った“3時”がそれほど信じられなかったし、お腹の虫もわずかに鳴いているからだ。時計が壊れていなければこんな事にはならなかったから、全ては時計が悪いのだが。
その恨みを込めて、私は開いた襖から外に目覚ましを投げ捨てる。それを見たマリは驚き、
「あっ、何で投げるの」
「爆発するからだけど」
私が言った数秒後から、外に投げ捨てた目覚ましはガタガタと震え始め、やや大きめの爆発音とともに煙を上げて散る。私はそれを背に向けていたが、まともに見ていたマリは爆発音に怯え、耳を塞いで縮こまる。
「経験者は語るのよ」
以前、他の機械を無理やり動かした時も爆発した。その時のことは思い出したくもない。
「でも、なんで太陽が逆戻りしてるの」
縮こまるマリを無視し、私はモエミに尋ねる。
「わからないわよ、わたし太陽じゃないもの」
「当たり前のこと言わないで。…ったく、性格が逆になったり太陽が反抗期だったり、今日は厄日なのかしら…」
私は少々不満を漏らす。過去に事件が重なる事はあったが、それはこんな面倒な事件ではなかった。せいぜい能力の試し撃ちをしたやつと、能力者同士の争い程度だ。世界全体を巻き込む異変ではない。
それを聞いたモエミは呆れ気味になり、
「厄日で太陽が反対方向に動くわけないでしょう。これはもう、誰かが意図的にやってるとしか考えられないわね…」
「何の為に」
愚問だった。なんと返されるかは分かっていたが、聞かざるをえなかった。
「それを調べて解決するのが白花ちゃんでしょ」
「そうだけど…、時間は進んでるのよ。お腹も空いたし、眠いし、明日じゃだめ…よね、生活に関わるもの」
言いながら私は町の住民の事を思い出す。今回はみんなに影響する事件だ。裂け目事件は実害はなく、知らなければ何の問題もなかったが、太陽という生活に欠かせない物を弄られては、皆に影響が出るのも確かだ。
「そうよ、今頃町は大混乱よ」
私は自分に言い聞かせる。これはもう私たち能力者の、ごく一部の問題ではない。性格逆転も含め、世界全体を蝕む大事件になるだろう。
「感覚というか、生活リズムが崩れちゃうわね」
そうモエミが言うと、真剣な表情を私に向け、
「白花ちゃん」
「…なによ」
「今日中に解決できる?」
表情を変えずにモエミが尋ねる。私の答えはもちろん“できない”だ。
「無理ね。馬鹿なことやってるやつがどこにいるのかわからないもの」
「そうよね…でも––––」
「やらなきゃいけないって、そう言いたいんでしょ」
モエミの言葉を途中で引き継ぐ。分かっている、分かっているから私は目覚ましを犠牲にしたのだ。
そんな私にモエミは感動したような眼差しを向け、
「白花ちゃん…」
「これは世界の問題以前に、私たちの問題でもある。お日様が昇れば起きるし、沈めば眠るわ。それが自然なの。生活を脅かされてたまるもんですか」
私は逆を言う。本来、世界は私たちで、私たちは世界だが、建前を私は言った。この2人の前で、まだ私は世界を嫌う世界守でいたいと、そう思ったからだ。
「そうね…、その通りよ」
「でも、本当に今日中の解決は無理。砂漠で米粒を探すようなもの、私の能力じゃできないわ」
私は自分の能力に不満を漏らす。なぜかモエミはそれを聞いて悲しそうな目をしたが、私は気にしないでおく。
やや間を置いて、モエミが口を開いた。
「わたしも、各地に瞬間移動できるとはいえ、カナンは広すぎるわ。それに、能力者だって人間、おとなしくしてれば普通の人間と変わらないもの」
「はぁ…、私たちってさ、つくづく戦闘向きな能力者の集まりよね」
私は溜息を吐く。臨機応変に戦闘をこなせる材質変化、攻撃しかできない魔力貯蓄、自分にしか使えない瞬間移動と、私たちの能力は特定の人探しに全く活かせない。犯人が自ら動きを見せねば、私は対応できないのだ。
部屋の中を重い空気が流れる。この時間が無駄なのかもしれないが、無闇に世界中を飛び回ることも無駄なのだ。
「ね、ねえ…」
先ほどまで怯えて縮こまっていたマリが口を開き、重苦しい空気を破る。
「どうしたのよマリ、ババ抜きの続きならしないわよ」
「そうじゃなくて」
私の冗談交じりの言葉を否定し、マリは続ける。
「わたし、できるかも」
「できるかも、って何が」
「その、悪い人を捜すこと」




