進んだはずの時間
「シ〜オ〜ン〜、早くしてぇ〜」
何かはそうシオンに訴える。わたしも美良さんも、この場にいる3人は全員その声に聞き覚えがあった。何かの正体は部屋に戻ったはずのなっちゃんだ。
「ど、どこから降ってきたんですか!」
「屋根の上だよ。トントン、って音が聞こえないから見に来たの。そんなことよりさぁ、晩御飯早く早く〜」
「わ、分かりましたって、今すぐ準備しますから、とりあえず降りてください」
そう言うと、なっちゃんはシオンから離れ、シオンは焦りながらすぐに台所へ向かった。心臓に悪いイタズラだ。
「じゃあわたしも戻ろっ」
「あはは…なずなちゃんはいつも元気だね…」
2人はそれぞれ自室に向かう。部屋に戻った頃を見計らい、わたしは変身を解いた。
シオンの代わりにわたしが異変を調査してもいいが、どこに行けばいいかも、何をすればいいかもわからない。おとなしくシオンの作る晩御飯を待った方がいいだろう。
本当に、わたしは無力だ。
静寂。その中にある3枚の札。私の手には1枚、マリの手には2枚。マリのもつ2枚の内、私の札と同じ数字の札は1つ。つまり、確率は2分の1。全精神を札に集中し、私たちは向かい合う。勝つか、負けるか、あるいは取り合いを繰り返すか。
否、ここで勝負をつける。
「………」
「………」
私はマリの持つ札に交互に触れ、表情の変化を見る。右はなんともないが、左を触ると口角がわずかに上がる。私はそれを見過ごさなかった。正解は右だ。
「こっち」
右の札を引き、数字を確認すると私の持っている物と同じだった。その2枚を捨て、勝負は終了になった。
「ああっ、また負けた」
「顔に出てるのよ。あんた正直すぎ」
私が言うと、マリは悲しそうな目をし、
「むぅ…、これで5連敗だよ…」と言って、隠していた奇術師の札を机の上に置き、「わたしが持ってきたゲームなのに…」
「花を売ってるからって、花占いはできないでしょう。それと同じよ」
それでも納得いかないらしいマリは、机の上に散乱しているトランプを集め始める。何度やっても、顔に出る癖を直さなければマリはこの勝負に勝てないだろう。モエミもそれを分かっているから、マリの札を引くときは必ず口元を確認している。
かくいうモエミも癖はある。残り2枚でババに触れると、なぜか1度軽く口を開くのだ。本人はそれを分かっていないため、直ることはないだろう。
「にしても白花ちゃんは強いわね、1回も負けてないじゃない。わたしも初めてだけど、2回ほど負けたもの」
先ほどの勝負、最初にあがったモエミが感心したように言う。そりゃあ、私には癖がないから、とか考えてみるが、本当にそうだろうか。勝負中、常に無表情を貫いてはいるつもりだが、違うところで癖が出ているかもしれない。
「最初は運任せかと思ったけど、結局はいかにババを取らないか、あるいは取らせるかでしょ。なかなか面白い心理戦だわ」
私は体を後ろに倒し、手をついて支えながら言う。
「確かに、揃えたら勝ちって考えがいけなかったのかも…持ってなければ勝ちだものね。…じゃあもう1回やりましょう」
「そろそろマリが泣くんじゃないの」
私がそのままの体勢で言うと、マリは集めた札を混ぜ始める。最初からやる気だったのだろう、札を集めていたのはそのためだ。
「泣かない、勝つまでやる」
「今日は徹夜ね」
「白花ちゃんの意地悪…」
マリが泣きそうな声で言うと、札を配り始めた。わざと負けるのもアリだが、ババ抜きのなんたるかを知った風に語った手前、負けるわけにもいかない。運良くマリが勝つのを待つしかないだろう。
私は体勢を戻し、今なお配られている札を1枚1枚取りながら、
「冗談よ。で、モエミ、今何時くらいなの?」
「そうね、30分くらい経ったんじゃないかしら」
そう言いながらモエミは数字の同じ札を捨てる。私はいつものように溜息を吐き、
「あんたの体感はいいのよ。太陽、何時頃か教えてよ」
「もう、時間ばかり気にしてると大物になれないわよ」
「別になれなくてもいいわ」
私は反論し、モエミの内容のない忠告にうんざりする。
だがモエミも、そんな私に呆れているらしく、手札の揃った札を捨てきるとそれを机に置き、
「やれやれ、白花ちゃんもまだまだお子ちゃまね。何か大きな野望とかないのかしら」
「野望ね…、この世界に危険な事とか、危険な人が入ってこない、そんな風になればいいとは思うわね。そうしたら、もう世界守は必要ないじゃない。やっぱり平和が一番なのよ」
「平和になったら何するの?」
真剣な表情でモエミは私に言う。
「…えっと、それは…その…」
私はすぐに答えられなかった。私はよく普通になりたい、などと考えてはいるが、普通になった後のことを考えたことは一度もない。世界守は普通に憧れているが、普通は何に憧れるのだろう。
結局、私は世界守である方が充実しているのではないか。
「よく、分からないわ」
降参だ。文句を言いながらも、人を殺して世界を守る今が充実しているのも確か。普通になった後の事など考えられないし、充実していると人に言うこともできない。
「うふふ、まあいいわ。時間ね、はいはい」
私をからかうようにモエミは笑い、立ち上がって縁側から空を見上げる。モエミには体感はどうでもいいと言ったが、私の体感では45分とみた。
「…あら?」
空を見上げるモエミが首を傾げ、そう呟く。
「どうしたのよ。まさか雲で見えないとか?」
「いえ、そうじゃないのだけど…に、2時頃…」
「はぁ?」
「2時頃なのよ、太陽の位置が…」
振り返り、私たちにそう告げる。私は立ち上がり、モエミと同じように縁側から空を見上げた。位置で時間は分からないが、太陽が普段東から西へ進んでいるのは分かった。だがモエミの言う通り、今日の太陽は若干東に動いている。
「なんでよ、時間が戻るわけないじゃない。モエミ、あんた適当な言ってるんじゃないでしょうね」
モエミが真実を言っているのは百も承知だ。だが私にはこの不可解な事象を受け止めることができなかった。
「適当を言う理由がないでしょう。わたしも驚いているの」
「まあ…それもそうね」
なぜ太陽が逆向きに、などと考えてもわからない。今はとにかく、正しい時間を知るべきだろう。私は強行手段に出る。
「マリ、そこの目覚まし取ってくれない」
「う、うん…」




