表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界に捧ぐ幻想花  作者: にぼし
第8章 弱き者らの導き手
164/180

進んだはずの時間

「シ〜オ〜ン〜、早くしてぇ〜」

 何かはそうシオンに訴える。わたしも美良さんも、この場にいる3人は全員その声に聞き覚えがあった。何かの正体は部屋に戻ったはずのなっちゃんだ。

「ど、どこから降ってきたんですか!」

「屋根の上だよ。トントン、って音が聞こえないから見に来たの。そんなことよりさぁ、晩御飯早く早く〜」

「わ、分かりましたって、今すぐ準備しますから、とりあえず降りてください」

 そう言うと、なっちゃんはシオンから離れ、シオンは焦りながらすぐに台所へ向かった。心臓に悪いイタズラだ。

「じゃあわたしも戻ろっ」

「あはは…なずなちゃんはいつも元気だね…」

 2人はそれぞれ自室に向かう。部屋に戻った頃を見計らい、わたしは変身を解いた。

 シオンの代わりにわたしが異変を調査してもいいが、どこに行けばいいかも、何をすればいいかもわからない。おとなしくシオンの作る晩御飯を待った方がいいだろう。

 本当に、わたしは無力だ。




 静寂。その中にある3枚の札。私の手には1枚、マリの手には2枚。マリのもつ2枚の内、私の札と同じ数字の札は1つ。つまり、確率は2分の1。全精神を札に集中し、私たちは向かい合う。勝つか、負けるか、あるいは取り合いを繰り返すか。

 否、ここで勝負をつける。

「………」

「………」

 私はマリの持つ札に交互に触れ、表情の変化を見る。右はなんともないが、左を触ると口角がわずかに上がる。私はそれを見過ごさなかった。正解は右だ。

「こっち」

 右の札を引き、数字を確認すると私の持っている物と同じだった。その2枚を捨て、勝負は終了になった。

「ああっ、また負けた」

「顔に出てるのよ。あんた正直すぎ」

 私が言うと、マリは悲しそうな目をし、

「むぅ…、これで5連敗だよ…」と言って、隠していた奇術師の札を机の上に置き、「わたしが持ってきたゲームなのに…」

「花を売ってるからって、花占いはできないでしょう。それと同じよ」

 それでも納得いかないらしいマリは、机の上に散乱しているトランプを集め始める。何度やっても、顔に出る癖を直さなければマリはこの勝負に勝てないだろう。モエミもそれを分かっているから、マリの札を引くときは必ず口元を確認している。

 かくいうモエミも癖はある。残り2枚でババに触れると、なぜか1度軽く口を開くのだ。本人はそれを分かっていないため、直ることはないだろう。

「にしても白花ちゃんは強いわね、1回も負けてないじゃない。わたしも初めてだけど、2回ほど負けたもの」

 先ほどの勝負、最初にあがったモエミが感心したように言う。そりゃあ、私には癖がないから、とか考えてみるが、本当にそうだろうか。勝負中、常に無表情を貫いてはいるつもりだが、違うところで癖が出ているかもしれない。

「最初は運任せかと思ったけど、結局はいかにババを取らないか、あるいは取らせるかでしょ。なかなか面白い心理戦だわ」

 私は体を後ろに倒し、手をついて支えながら言う。

「確かに、揃えたら勝ちって考えがいけなかったのかも…持ってなければ勝ちだものね。…じゃあもう1回やりましょう」

「そろそろマリが泣くんじゃないの」

 私がそのままの体勢で言うと、マリは集めた札を混ぜ始める。最初からやる気だったのだろう、札を集めていたのはそのためだ。

「泣かない、勝つまでやる」

「今日は徹夜ね」

「白花ちゃんの意地悪…」

 マリが泣きそうな声で言うと、札を配り始めた。わざと負けるのもアリだが、ババ抜きのなんたるかを知った風に語った手前、負けるわけにもいかない。運良くマリが勝つのを待つしかないだろう。

 私は体勢を戻し、今なお配られている札を1枚1枚取りながら、

「冗談よ。で、モエミ、今何時くらいなの?」

「そうね、30分くらい経ったんじゃないかしら」

 そう言いながらモエミは数字の同じ札を捨てる。私はいつものように溜息を吐き、

「あんたの体感はいいのよ。太陽、何時頃か教えてよ」

「もう、時間ばかり気にしてると大物になれないわよ」

「別になれなくてもいいわ」

 私は反論し、モエミの内容のない忠告にうんざりする。

 だがモエミも、そんな私に呆れているらしく、手札の揃った札を捨てきるとそれを机に置き、

「やれやれ、白花ちゃんもまだまだお子ちゃまね。何か大きな野望とかないのかしら」

「野望ね…、この世界に危険な事とか、危険な人が入ってこない、そんな風になればいいとは思うわね。そうしたら、もう世界守わたしは必要ないじゃない。やっぱり平和が一番なのよ」

「平和になったら何するの?」

 真剣な表情でモエミは私に言う。

「…えっと、それは…その…」

 私はすぐに答えられなかった。私はよく普通になりたい、などと考えてはいるが、普通になった後のことを考えたことは一度もない。世界守わたしは普通に憧れているが、普通わたしは何に憧れるのだろう。

 結局、私は世界守わたしである方が充実しているのではないか。

「よく、分からないわ」

 降参だ。文句を言いながらも、人を殺して世界を守る今が充実しているのも確か。普通になった後の事など考えられないし、充実していると人に言うこともできない。

「うふふ、まあいいわ。時間ね、はいはい」

 私をからかうようにモエミは笑い、立ち上がって縁側から空を見上げる。モエミには体感はどうでもいいと言ったが、私の体感では45分とみた。

「…あら?」

 空を見上げるモエミが首を傾げ、そう呟く。

「どうしたのよ。まさか雲で見えないとか?」

「いえ、そうじゃないのだけど…に、2時頃…」

「はぁ?」

「2時頃なのよ、太陽の位置が…」

 振り返り、私たちにそう告げる。私は立ち上がり、モエミと同じように縁側から空を見上げた。位置で時間は分からないが、太陽が普段東から西へ進んでいるのは分かった。だがモエミの言う通り、今日の太陽は若干東に動いている。

「なんでよ、時間が戻るわけないじゃない。モエミ、あんた適当な言ってるんじゃないでしょうね」

 モエミが真実を言っているのは百も承知だ。だが私にはこの不可解な事象を受け止めることができなかった。

「適当を言う理由がないでしょう。わたしも驚いているの」

「まあ…それもそうね」

 なぜ太陽が逆向きに、などと考えてもわからない。今はとにかく、正しい時間を知るべきだろう。私は強行手段に出る。

「マリ、そこの目覚まし取ってくれない」

「う、うん…」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ