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世界に捧ぐ幻想花  作者: にぼし
第8章 弱き者らの導き手
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心からの綺麗事

「ゴメン、本当にゴメン!」


 俺が薬配達の仕事から戻ると、間もなくずっきーがそう言った。扉を開けて、閉めて、振り返ったら聞こえたその言葉。視界には土下座をしているずっきー、一体何を謝っているのかも分からなかった。

 とりあえず頭を上げさせ、いつもずっきー達が使っている客間に向かわせる。その間もずっきーは暗い顔をしていた。

 むしろ不安になっているのはこちらの方だ。決闘後だったから、もしかしたら負けて謝っているのかもしれないし、帰ってきた後遊んでいて何か俺の物を壊したのかもしれない。だがそのどちらも土下座をするほどではない。もっと深刻な何か、配達用の薬箱を置くのも忘れて俺はずっきーの前を歩く。

 客間に着くと俺とずっきーは向かい合って正座をする。「で、何があったのですか」、とは訊けなかった。威圧をしているような感じで、それが嫌だった。ずっきーから話すのを待つと、その時は程なくしてやってくる。

「あのね…実は––––」

 俺は相槌もうたずにただただ静かに聞く。ずっきーの話は約5分に渡って続いた。それほど長い話でもなく、色々飛ばし飛ばしなのは聞いていて分かったが、途中で詰まったり、泣き出しそうになったりしながらだったため、少し長くなってしまったのだろう。

 謎の少女にチカラをもらったこと、その力で流果さんを殺しかけたこと、白花さんがそれを止めてくれたことと、謝る決心をさせてくれたこと。そして、流果さんが目を覚ましたこと。

 話し終えたずっきーは今にも泣き出しそうだが、その表情にはどこか言ってスッキリした、というようにもとれる気がした。ずっと悩んでいたのだろう、あの時の言葉も表情も、すべて無理に作っていた仮面に過ぎなかったのだ。信頼をなくすのが怖かったから、仕方なく装った仮面、あの時のずっきーの心はおそらく張り裂けそうだったに違いない。

「はぁ、なるほどそういった理由が」

 すべてを聞き終えた俺は言葉に迷った末、一言目は内容に触れなかった。

「うん…言えなかった、裏切っちゃったから…」

「………」

 後ろ頭を掻きながら、俺はまた言葉を探す。言いたい事は決まっているのに、言葉にしづらい。結局、俺は結論を先に言う事にした。

「別に俺は怒ったりしません」

 相手を見てキッパリと言うと、ずっきーは俯いていた顔を上げ、驚きの表情をこちらに向ける。

「え…、なんで…」

「…あまりこの話はしたくないんですけどね…」

 一度、深呼吸をする。ずっきーと目を合わせ、真剣な表情で話す。

「ずっきーは裏切ったことを謝りました。それは自分が悪い事をしたと、自分で理解しているからです。人が怒るのは、間違いを教えるためであって、自分の不満を押し付けるためではないんです。…とか言ってると、綺麗事に聞こえちゃいますよね」

 あはは、と愛想笑いをする。こういう話をするのは、自分が聖人ぶっているような感じがして嫌だった。本心からの言葉でも、相手に届かないこともあるからだ。

 だが、ずっきーなら分かってくれる気がした。俺は続ける。

「でもむしろ、今回の事は良かったと俺は思いますよ。結果的に、ずっきーは復讐のために強くなりたい、というのから、今は弱い自分を超えるためという理由に変わったのですよね。その2つじゃ重みが全然違いますから。最初の理由よりも、今の方がずっと成長できるはずです」

「シオン…」

 ずっきーの目に涙が浮かび、再び俯く。まだ自分の気持ちを伝えていない俺は話を続けた。

「裏切ったとか気にしないでください。俺は裏切られたくらいで友達を嫌いになんかなりませんし、憎むこともないです。ずっとあなたの味方です、また一緒に修行しましょう」

 俺が言い終え、手を差し出すとずっきーはとうとう涙をぽろぽろと流し、うんうんと何度も頷き、片手で涙を拭いながら俺の手を固く握る。

 ややあってずっきーが落ち着き、今度はなずなさんに謝りたいと言うので客間から離れ、2人で廊下を歩く。その途中、俺は思い出したかのように口を開く。

「でも、白花さんがいてくれてよかったですね。流果さんも目を覚まして、…本当に、ずっきーが背負わなくてよかったです…」

 言葉の途中、忌々しい過去を思い出す。自分が人を殺めたあの時の感触と絶望感、2度と言葉にしたくないあの出来事。

「…実は、不本意ですが人を殺めたことがあるんです…」

「えっ…シオンにそんな過去が?」

「ええ。辛いですよ、人を殺めた過去を背負うのは。少々特殊なのですが、最後には憎い相手を殺してしまいたくなるんです…。俺の場合、その憎い相手は自分でした」

 実際、俺は何度も自分を殺した。だが不死の体でなくなった今、自分がこうして生きているのは罪を償うためではなく、無くした時間を取り戻すため。死ぬのはまた今度でいい、次こそはこの人とその大切な人を守りたい。

 この話は暗くなってしまう、と俺は他の話題を探した。昔、能力を持っていると気付いた時の話だ。

「俺たちの持っているこの“能力”というやつは本当に恐ろしいものですね。誰かを殺す最強の剣にもなり得ますし、誰かを守る最強の盾にもなれます。俺は盾がいいです」

「わたしも、わたしも盾がいい」

「あ、でも盾で殴っちゃダメですよね」

「あはは、確かにそうだ」

 真剣な表情のずっきーが俺の冗談を聞いて笑う。俺はホッと安堵のため息を吐き、

「やっと笑いましたね」

「えっ…」

「ずっと元気がなかったですから、ようやく笑ってくれて安心しました」

 俺も自然と微笑み、ずっきーを見ると照れくさそうにする。ずっきーは後ろで手を組み、歩くペースを少し早めた。

「うん…、私嬉しいよ。白花お姉さんやシオン、今いっぱい優しい人に囲まれて生きていけるのが」

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