三十路を越えた人の台詞
止まった秒針を見てつぶやく。試しに斜め45度から叩いてみるが、やはり動く様子はない。
「今朝はちゃんと動いてたのに、寿命かしら」
「電池じゃないの?」
「最近変えたのよ。…魔力で無理やり動かしてやろうかしら」
言いながら私は電池を取り出し、両極にそれぞれ指を当てて魔力を流すフリをする。以前、使えなくなった電池に魔力を流し、もう一度使えるようにした事があった。その後、電池が爆発したのは言うまでもない。
その事を知ってか知らずか、モエミが私を止めるように私から電池を奪いとる。
「そうやって壊すんだから、やめときなさい。他に時計はないのよね。大丈夫よ。太陽の位置を見る限り、今はまだ3時頃のはずだから」
「あら、あんたにそんな知識あったのね、ちょっと意外だわ」
モエミが自信満々に言うものだから、私も咄嗟に毒を吐いてしまう。だがこのくらいまだマシな方だ、と気にしないことにした。
しかし、時間がわからないのは厄介だ。夜に事件のない時は10時に寝る事にしている。そこから逆算して晩御飯やお風呂と、時間を決めて動いているが、今日はそれができない。
モエミの知識に頼るしかないだろう。
「そう、ならいいわ。5時ごろから始めれば充分だし、…お昼寝でもしようかしらね」
「お客様がいる前でお昼寝とは、随分な主人ね」
「あんたらがいつ客になったって? ほぼ毎日いるじゃない。…親より長い付き合いなのに、気を使うこともないでしょう」
「そうね…、私も由藍とは1、2年あるかないかの付き合いだったから、白花ちゃんの方が長いわ。あなたが生まれた時から一緒だもの」
そこまで言うとモエミは「そういえばあの時」、と手を合わせる。こういう時のモエミは昔の私の事を話し始める事が多い。私は途端に恥ずかしくなり、間髪入れずに話を変える。
「そりゃあそうでしょう。私より長かったらあんた、一体何歳になるのよ」
「もちろん、永遠のじゅ–––」
「その発言は大体三十路を超えた人が言うのよ」
我ながら的確なツッコミだと思う。それを言われたモエミは顔を真っ赤にし、話し方がしどろもどろになっている。いい気味だ。
ややあってモエミのあたふたは収まり、恥ずかしそうな顔で深呼吸をした後、
「まだ20代です! 29でもありません!」
と大声で言い切る。
私はその発言に驚きを隠せなかった。さっきの私のツッコミは冗談ではなく、本当にモエミは30を超えていると思っていたからだ。
だが別に老けて見えるという訳でもない。私が生まれた時から一緒というのと、話し方が落ち着きすぎているから、そう感じてしまっていた。たまに見せる子供っぽい部分、それも少し無理があると思っていたが、なるほど理解した。
しかし、それに伴い新たな疑問も残る。
「えっ、じゃああんた何歳なのよ。さすがに20前半はありえないでしょ、私が17だから…28くらい?」
「女性に歳を尋ねるものじゃありません」
モエミが拗ねたように言うのが面白くて、前のめりになって畳み掛けるように歳を訪ねる。
「教えてくれたらもう訊かないわよ。知っている事を訊くほど馬鹿じゃないわ」
「世の中には知らなくていい事もあるの、その1つが女の歳、分かるかしら?」
「分からないわ」
いつもなら私が溜息を吐くのだが、今回はモエミがその役目を負う。モエミは一口お茶を啜り、遠い目をしてつぶやく。
「…白花ちゃんもいずれ気づく瞬間があるわよ…」
「ふーん…、で、結局いくつなの?」
「…もうっ、分かりました、お昼寝を許可します」
とどめの一撃といったところか、とうとうモエミが折れるが、私の予想とは違う方向に折れた。あくまで歳を聞きたかったが、上手く逃げられたようで癪だ。
「別にお昼寝の許しを得るために聞いてたんじゃないわよ。それに、あんたに許可されなくてもするんだけど…、まあいいわ。じゃあ5時前に起こしてくれる?」
言葉の途中で立ち上がり、モエミにそう頼む。モエミはもう一度お茶を啜ると長い息を吐き、
「はいはいわかりました、晩御飯期待して待ってるわよ。わたしに恥をかかせたんですから」
「ふぁ〜あ…さぁて、ご期待に添えるかしらね」
大きなあくびの後そう言い残し、身体を伸ばして寝室に向かおうとするが、私が襖に手をかけるよりも先に、それは勝手に開く。開いた襖の向こうには紙を切り終えたのであろうマリの姿があった。
「白花ちゃんお昼寝するの? わたしが布団敷きましょうか? それとも子守唄とか?」
「………」
予期せぬマリの登場に私の眠気は一気に覚める。そんなに世話を焼かなくてもいい、子守唄などむしろ迷惑だ、などと今の純真無垢なマリに言えるわけもなく、1つの結論に至った。
「いや、お昼寝やめとく」
振り返り、さっきまで座っていた場所に戻る。既に温くなった飲みかけのお茶を飲み干し、何も言わずスッとモエミの方に差し出す。
「ほんっと、調子狂う」
私がつぶやくと扉を閉めたマリが私の隣に座り、自身の服から何かを取り出して言う。
「じゃあ外の世界のゲームしよっ。ほらこれ、うちのお店で売ってるんだけど、トランプっていうの。これでババ抜きしましょ」
ババ抜き、当然ながら初めて聞く遊びだ。
「それってモエミはできるの? ババ、抜きなんでしょう?」
「白花ちゃんっ!」
私の質問にモエミが食いつく。至って真面目な私はなぜモエミが怒っているのかが理解できない。戸惑っていると、マリが1枚の道化師の描かれた札を取り出す。
「違うよ、このカードがババで、最後までこれを持ってたら負けなの」
「へぇ、そうなの。婆は抜きでやるものだと思ったわ」
納得した私の言葉がまた刺さったのだろう、モエミは机に伏すようになり、涙声で訴え始める。
「泣くわよ、そろそろわたしも泣くわよ…」
「ごめんごめん、わざとじゃないのよ。もう言わないから…」
「確かにね、2人から見ればわたしはおばさんかもしれないわよ。でもわたしだってまだ20代だもん。だけど白花ちゃんの親代わりとしてしっかりしなきゃって…」
まるで酔っ払いのようにぼそぼそと独り言を始めたモエミの扱いに戸惑う私たちだが、マリは苦笑いをして強引に話を進める。
「じゃ、じゃあルールはやりながら説明するから、とりあえずカード配るね」
「やるとは言ってないけど…、暇だからやるわ」
あ、次回はトランプ回ではないです。




