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世界に捧ぐ幻想花  作者: にぼし
第8章 弱き者らの導き手
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許されない行為

「どうしたの、いきなり」

「いやね、いい事思いついたの」

 そう言って私は少女に近づき、両肩にポンと手を乗せる。

「あんた、その力をくれた子供に変身してくれない?」

「…ふぇ?」

 驚きの表情を見せる少女の顔を見て、疑問を持ちながらも私は続ける。

「だってあんた、顔見たんでしょう?」

「う、うん…」

「なら変身できるわよね。是非お願いしたいの」

「えーっと…そ、それは…」

 私がグイグイ迫るにつれ、少女は驚いた顔からだんだんと困り顔に変わっていく。それに違和感を覚えた私はとりあえず肩から手を退け、半歩さがる。

 私の中で話が勝手に最悪の方向に進んでいく。

「できないの? 今の話、まさか出鱈目だったとかじゃないでしょうね…」

「そ、そんな…わたし嘘なんてついてないよ。…ただ…」

 そこまで言うと、少女は言いづらそうに目線をそらし、指先をツンツンと合わせる仕草をする。顔は半笑いだ。

 ややあって、少女の顔から元々無いに等しかった笑みが完全に消え、ゆっくりと口を開く。

「実はわたしね、見本が無いと変身できないの…」

「…はぁ?」

「ほ、本当だって! 見本が無いと、その…適当になっちゃうんだ…。ほら、こんな感じ–––」

 少女は光を放ち始め、グネグネとその形を変えていく。その変身は時間はほとんどかからず、約5秒を持って終了した。

 私の目の前にさっきまでの姿の少女はいない。代わりにいたのは、服装と身長、体つき、更に当然のように顔と性別、そして声をも変えた少女だ。

「ほら、こんな感じになっちゃう…」

 両手を広げ、自信なさげに少女、もとい少年は先ほどよりもほんの少し低い声で言う。だが、少女の言葉とは裏腹に、私の目にはその変身が完璧なものとして映っており、何の疑いもなく尋ねる。

「何がダメなの、すっかり別人よ。…でも、それはあんたの言う子供じゃないって事?」

「うん」

 私の問いに小さく頷くと、少女は変わった自身の服の首元を引っ張り、それを確認する。少しニヤッとした後、手短に説明する。

「これはわたしの今まで見た事のある男の人のパーツの寄せ集め。目も、鼻も、口も、この声も服も。見本がないと毎回ランダム…まだまだ未熟な証拠だよ…」

「それじゃあさっきの私って…」

 頭を抱え、少女のようにグシャグシャとしたい気持ちを抑え、下を向いたまま大きな溜息を吐いた。

「馬鹿みたいに…ぬか喜びじゃない…」

「ほんとごめんね、力になれなくて…あっ、でも服装は覚えてる。黒いフード着てた」

「ううん、いいのよ。別にそんな期待してなかったから…」

 嘘だ。私は正直、これ以上に確実な方法はないし、不可能なんて事も無いと思っていた。期待を裏切られた、というのはお門違いだが、今私は自分の発言に気を取られて一杯一杯だった。

 咄嗟に出た毒、こんな事を言う気はなかった。私は既にこの娘の本質に触れつつあると感じている。最初に冷たく当たった事、それを今は後悔していた。

「技術は––––」

 心の中で後悔を重ねる私の耳に少女の声が入る。顔を上げ、私はこれ以上何も言うまいと黙ってそれを聞くことにした。少女は続ける。

「技術はわたし自身の問題だからね…、でも、これだけの力があればできるのは時間の問題だと思う…」

 少女は自身の胸ぐらをつかむ。すると再び光が放たれ、元の顔、元の服装の少女へと戻った。声の調子も戻ったが、もう随分と聞き慣れた声に暗さが混じる。

「わたし、悔しいよ…。今のわたしは本当のわたしじゃない。わたしが今見ているのは自分じゃ見られなかった、昔と反対の立場。それが珍しくて、嬉しくて、これ以上ないくらい舞い上がって、ほんと、ほんと馬鹿だ。ずっと自分に言い聞かせてた。いずれ見える高みからの景色、それが少し早まっただけだとか。…見える訳ないじゃん…、わたしなんかがさ…。毎日生きていくのに必死で、自分さえよければそれでいいなんて考え方が当たり前だったこんなわたしがさ!」

 少女はその細い腕を大木に叩きつける。鈍い音と共に僅かに聞こえた呻き声は少女のもので、叩きつけた腕から血が流れていた。おそらく木の皮が刺さったのだろう。

 私はそれを黙って見ている。いや、それは違う。黙って見る事しかできないのだ。少女は声の調子を大きく下げ、続ける。

「…無理なんだよ、…心音たちに出会って、優しさに触れて、そんな感情消えたと思ってたのに…一度ついた汚点はずっと付きまとうんだ、消えないんだ。今回の事も、きっと…。ねえお姉さん、さいごに教えて。あの人…ルカって人は無事なの?」

「えっ…どうして–––」

「お願い、教えて…!」

「…! …一命は取り留めたわ。死ぬことはないでしょう」

 少女の強い言葉に押され、私は『草花』での出来事をそのまま伝えた。するとそれを聞いた少女は表情こそ変えなかったものの、安心したのかほんの少し肩がさがる。

「そう…よかった…」

 私はカチンときた。自身の経験と重ね、イライラが止まらなくなる。遂には感情が抑えられず、それを少女にぶつける。

「…あんた、本当に自分が何したか分かってるの? くだらない復讐で人の命を奪おうとしたのよ」

 自分の言えた事ではないと分かっていたが、言わずにいられなかった。他者の命を奪おうとした、という同じ傷を負うものとして、見て見ぬ振りができなかったのだ。

 もっとも、私は本当に無関係な人間相手で、少女は復讐という明確な違いがあったが、命を奪う事に良し悪しはない。世界守とて、無駄な命は奪ってはならない。

 少女は私の中身のほとんどない言葉を受け止めたのか、妙に真剣な面持ちになり、

「わかってる、わたしの心の弱さが招いたんだ。言い訳する気は元からないよ」

 言い終わると少女は目線をこちらに向け、私と目を合わせる。しかし真剣なはずのその表情かおからはなぜか何も感じられない。まるで少女には先がないように。

「謝っても済まない事をしたのは十分にわかってる。でも、わたしには謝ることしか…ううん、違う。償いが謝るだけなんて、そんなのただ償うのが怖いだけだ。…もう心配事はないもん、心音がいるから…だからお姉さん…お願い、わたしを––––」

 ここまでくると私はすでに察しており、その次の台詞は大体予想がついていた。少女の言った“さいご”の意味、それがずっと気になっていた。

 利き手に無意識に力が入る。少女の唇は最期の一言を紡いだ。

「わたしを殺して」

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