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世界に捧ぐ幻想花  作者: にぼし
第8章 弱き者らの導き手
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胡桃の秘密

 そんな私にもう一度微笑みかけると、胡桃さんは自身の机に向かい何かを書き始める。いったい何を書いているのだろう、と横から覗いてみたが、明らかに日本語ではないミミズがのたうち回った文字で書かれていたため断念する。字自体はとても達筆だった。

 私は何をしたらいいかわからないのでずっとそれを見ている。やはり読めないが、紙の右上に数字が書かれているのが見えた。“000”、ページ番号とは違うまた別の数字。この数字が意味するものは何なのだろう。

 考える私を知ってか知らずか、胡桃さんは何かに気がついて椅子を回し、私の方に体を向けた。手には机に置かれていた瓶の内、1つが持たれている。

 瓶の蓋を開け、残り少ない錠剤を一粒取り出すとそれを私に差し出し、

「あなたも一応飲んでおいて」

「解毒薬、ですか」

「保険よ。あの子に飲ませたのと同じ物。何かあってからじゃ遅いから」

 わざと不安を煽る様な言い方に私は戸惑うが、ルカも治ったのだから問題はないのだろう。だが腑に落ちない私は1つ質問をしてみる。

「でも、これって効果あるんですか。別に胡桃さんを信じないなわけではないんだけど、見たこともない、って言ってたから」

 ぬけぬけと失礼な事を言ってしまったが、胡桃さんは気にする様子もなく、すぐに薬師くすしの顔になって返す。

「その点はご心配なく。この世には万能薬と言うものがあってね、…実際はないのだけれど、私の能力を込めて作った薬は基本的になんでも治してくれるわ。心臓病とか、そういうのは無理だけどね」

「え、胡桃さんの能力って…」

 以前シオンに訊いたことがある。この薬草以外に何もなかった森に、どうやって家を建てたのか、と。返ってきた答えは「胡桃さんが薬で作った」、と無茶苦茶だった。もしかしたら能力に関係するのかもしれない、と私は食い気味になって尋ねてみる。

「薬に色々な効果を付与できる、みたいなやつですか」

 そうだとしたらこの人は強い。例え体力や戦闘経験がなくても、薬でそれを補うことができる。それも傷を回復させながらだ。更には自分だけでなく、仲間の支援も可能。全く隙のない能力。

 勝手な想像をしていると、胡桃さんは人差し指を立てて口元に当てる。

「内緒。ごめんなさいね」

 大人っぽく微笑み、能力について教えてくれることはなかった。いつもながらその笑顔が素敵だったから、私も追求はしないでおくが、やはり気になる。そのうち教えてくれるだろう、と謎の安心感に包まれた後、胡桃さんの能力が込められたという薬を飲み下した。変な味はしなかった。

 特に変化はないが、実体験した私は性懲りも無く胡桃さんの能力を考えてみる。答えは出てこないが、ややあってから、おどおどした1人の少女の声が聞こえた。

「く、くく胡桃さん、布団、敷いてきました…」

 そう言って少し開いたふすまから顔だけ出す。美良さんだ。おどおどしているのは、恐らく私のせいだろう。まだ人見知りは直っていないようだ。

「あら、ありがとう。じゃあ運びましょうか」

 胡桃さんが立ち上がり、美良さんと一緒にルカをその部屋まで運ぼうとする。見ているだけでは悪いと思い、私は手伝いを買って出た。

 私が言うと、胡桃さんは微笑み、

「いいのよ。私たちの仕事だから」

「でも…」

「大丈夫。本職に任せときなさい」

 と言って胡桃さんは美良さんと一緒に寝ているルカを連れて行く。

「は、はぁ…そうですか」

 私は自分が情けなくなる。手伝っていないからではなく、胡桃さんの“本職”という言葉にだ。

 多分、胡桃さんにそんなつもりはないのだろう。だが私にはそれがあてつけのように聞こえてしまった。私は本職を全うしている、あなたはどうなのか、と。

「本職…か…」

 世界守、私の本職。

 代々受け継がれてきた、霜月の仕事。

 胡桃さんの仕事は薬作り。彼女はそれを生き甲斐のようにこなしている。

「でも」

 胡桃さんはやりたくて仕事をしているのだ。私は違う。私はこの仕事の中身を嫌っているのだから。戦いは苦手、やりたくない。

 割り切ってしまえば、何かして吹っ切れてしまえば、私は人々が考える理想の世界守となれるのでは。あの子供の言っていたかっこいい世界守とやらに。

 負の思考で頭がいっぱいいっぱいになる。いつも出る溜息もないくらいにだ。カナンのすべての住人に対して、私は謝らなければならない。いつも危険を他人任せに押し付けようとして、自分で何もしようとしない。“本職”なのに。

 私はその本職を嫌いと言う。そして私をこんな境遇にした世界を嫌いと言う。だが本当に嫌いなのは、霜月でも、本職でもない。

「私だって…嫌いだけど、この世界の事は……」

「白花ちゃん。お待たせ…どうかしたの?」

 胡桃さんの声で私は我に帰る。心配そうな彼女の顔を見て、私は自分が泣いていたことに気づいた。

 あわてて涙を指で拭い、不器用に私は笑う。

「いえ、何でもないです」

 胡桃さんは不思議そうな顔をするが、やはり追求はしてこない。

「そう、それなら良いのだけれど。…よかったらちょっと休憩していきなさい。はい、どうぞ」

 そう言って私に直接緑茶を渡す。ひんやりと冷たい湯呑みに入ったそれに違和感を覚えながら、私はどうしても気になり、尋ねた。

「胡桃さん…さっきの話なんですが––––」

「どうしたの? あ、さっきの嫌いってお茶の事かしら?」

 私が最後まで言う前に、胡桃さんは私に問い返す。私の聞きたい事はすでに解決してしまったため、私は答える。

「いえそんな…はい、いただきます」

(聞こえてたんだ)

 心の中でそう呟き、渡されたお茶を一口飲む。

「どう? おいしい?」

「はい、とっても。…でも少し変わった味ですね。今まで味わったことない…」

「そう、よかったわ。入れといたのよ、1週間飲まず食わず、睡眠いらずで働けるとっても危ないお薬」

 笑顔を崩さずに胡桃さんが言う。私はすでにそのお茶を半分以上飲んでおり、現在口に含んでいる。だが吐き出す時も出来ず、衝撃で更にそれを飲み込んでしまった。

「ゲホッゲホッ、変なとこ入った…ゲホッ、な、何入れてるんでゲホッ」

「うふふ、冗談よ。白花ちゃん面白い」

 手を合わせ、胡桃さんは喜ぶ。私には年上を意地悪にさせる力があるのだろうか、真知さんもこんな感じだったことがある。

「い、命に関わる冗談はやめゲホッ、やめてください。冗談に聞こえない…」

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