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世界に捧ぐ幻想花  作者: にぼし
第8章 弱き者らの導き手
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全速力で薬屋へ

 腰を抜かし、情けない声を上げてしまう。巨大オオカミはその隙に少女を乗せて逃げてしまった。私はその後ろ姿を見送ることしかできない。

 あまりに色々な事が連続して起こったため、その場にへたり込む。漏らした溜息は安堵か呆れか、それすらも分からない。

「何だったのよ今の…どっか行っちゃった」

 1人そう呟き、とりあえず胸をなでおろす。一安心、といきたいがそんな暇もないことを思い出した。

 私はなんとか立ち上がり、ひとまず武器をしまう。

「そうだっ、ルカ。まさかオオカミに食べられてないかしら」

 洒落にならない事を言いながら、私がさっきもたれかけさせた木の下を確認する。ルカは食べられてはおらず、苦しそうな表情でピクリとも動かないでいた。

 その姿に少しゾッとし、ルカの手首を掴み、親指を軽く置く。触れたら感染、などはさすがにないだろう。そう言い聞かせなければやってられない。

 打って変わって静かになった森の中、脈を感じ取るには簡単すぎる環境だ。ルカの手首はトクン、トクンと脈打つ。

「…よかった、まだ生きてる…間に合うかしら…」

 私は安心していない。脈拍数が異常なまでに遅いのだ。非常に危険な状態、解毒薬を手に入れなければ死は確実に訪れるだろう。

 しかし、解毒薬の手に入る場所は限られている。たった1つの凄い薬屋さん、「草花」だ。距離は離れているが、そこなら恐らく手に入るはずだ。

 それまでルカが生きているか、私は悩み、考える。

 他に方法はないのか。

 町に良い医者がいるのではないか。

 もうどうあがいても間に合わないのではないか。

 様々な考えが頭の中を交差し、グルグル廻る。最善の策は思い浮かばない。

「もうっ、ままよ! この時間がもったいない」

 結局、私もお人好しだ。なんだかんだ言って見捨てられない、肝心な時な冷酷になれない人間は世界守として致命的だが、今はその時ではない。

 ルカを助けたいのは人間、霜月白花としての行動。世界守は関係ない。

 なんとかルカを背負い、全速力で森の上を飛び、草花へと急ぐ。気を抜いたら自分も死ぬ、と謎の緊迫感を与え、速度を下げる事を許さなかった。

「絶対に死なせないんだから…」

 私の独り言はルカには聞こえていないだろう。だから言ったのだが。

 生きていたら何か見返りを求めることにする。ただいい人で終わるのは癪だし、命を助けてあげたのだから高いお茶っ葉くらい安いものだろう。どうせ自分が飲む間もなく、すぐになくなってしまうのでは、というのは考えないことにする。

「ぅ…ぅぅ…」

 力のない声が背中から聞こえてくる。なんとか堪えて、と念を送りながらも速度は緩めない。

 森を抜け、そのまま町の上も飛んで行ってしまうが、緊急事態なので仕方がないと割り切る。今はとにかく、草花に連れていく事が先決だ。町では私は飛べない、という事になっていたが、世間体など知ったことではない。


 医者いらずの森の上空に入ってからは、もう時間の問題だった。全速力、休憩なしで長距離を飛行したのは初めてだったが、身体的にも精神的にもきている。おそらく、というかほぼ確実に魔力を酷使しすぎた所為だろう。最大魔力の7割を既に使い切ってしまった。ぐっすり眠って明日にならねば、これは回復しない。

 自身の体力のなさに呆れつつ、扉を叩くこともせずに勢いよく開き、挨拶もせずに私は店の床へと倒れた。薬の種類が豊富、などという情報は今の私にはなんの得もない。

「お、重い…」

 疲労した体の上に乗っているルカがより重く感じる。なんとかそれを退かし、私は仰向けになって休憩するが、行儀の悪さと胡桃さんを呼んでいないことにやや間を置いてから気づく。呼ぼうにも体も言う事を聞かず、息切れで声も出ないためどうしようもなかったが、気合いで乗り切り、とりあえず座ることに成功した。

 依然、息を切らせる私は胡桃さんを呼べていないが、その息切れに気付いたのか、倒れた時の音に気付いたのか、店の奥から「どちらさま」と語尾を伸ばして言いながら人が出てくる。

 幸いにも、それは胡桃さんだった。

 床に座り込んでいる私に気づくと、小走りをしてこちらに近づいてくる。

「あらあら、これはまた珍しいお客様が。どうしたの血相変えて」

「ちょ…、ちょっと、説明は…後で…」

 疲弊しきった私はすぐに状況を説明できないでいる。どうしたものかと脳に頼るが、疲れの影響は大きく何も思い浮かばない。

 私が悩んでいると、胡桃さんが倒れているルカを見つけた。私とは違う苦しみ方をしているルカを見て、胡桃さんはすぐに察してくれた。

「……どうやらそのようね。お疲れのところ悪いけど、私の部屋まで連れてきてもらえるかしら」

 この疲れ切った体でか、という言葉は吞み込む。時間もない、最後の力を振り絞ってもう一度ルカを背負い、胡桃さんの手も借りながら素早くルカを部屋へと運んだ。


 キョロキョロするのも失礼だが、私はそれを止められない。マリ以外の人の部屋が物珍しいというのもあるが、それは問題ではない。

 胡桃さんの部屋。初めて入ったが、ルカの診察そっちのけで私はあまりの薬の多さに度肝を抜かれていた。だがその割に薬特有の嫌な臭いはせず、むしろどこか落ち着く匂いがする。お香を焚いているのかと間違えてしまうほどだ。

 ようやく息切れも回復してきた頃、胡桃さんの診察が終わり、私に話しかけてくる。

「んー…、見たことない毒だったわ。でも大丈夫。薬は飲ませたし、美良に布団敷かせてるから、そこで寝かせておきましょう」

「そうですか。よかった…」

 一瞬、胡桃さんが深刻な顔をしたのでもしや、とも思ったが、すぐに笑ったので安心した。流石は胡桃さん、といったところだろう。

 安心して気が抜けたのか、私もようやく胸をなでおろす。別に張り詰めていたわけではないが、まあ乗り掛かった船というやつだ。むしろ私がルカを乗せた船だったか、など余計な事を考えてみる。

 思いの外くだらなかったので、私は軽く吹いてしまう。胡桃さんはそれを不思議がったが、特に追求はしないでくれた。

「それにしても女の子が男の子を連れてくるなんて、逆だったら面白かったのにね。物語みたいで」

「そこから何か始まるんですか、面白くありませんよ。こっちはそれどころじゃなかったんですから」

 間髪入れずに言い返すと、胡桃さんは「あはは」と笑いだした。

「冗談よ冗談。ごめんなさいね」

 大人の余裕というやつか、胡桃さんにはよく調子を崩される。私はそれが嫌いではなかった。普段一緒にいる大人と違う雰囲気、シオンが羨ましく思える。

 それを正直に表に出せない私は苦笑いをしてみる。

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